美食大国ニッポンの源流と進化

まぐろの解体ショー(によるからの画像)


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世界のツーリストが日本に集まる理由

 ここにきて、急速に「ガストロノミーツーリズム」*1が注目されてきた背景にインバウンドの急激な増加があることには、異論がないだろう。

*1=「ガストロノミーツーリズムの夜明け、世界の食通が日本の田舎に殺到中」参照

 もともと日本は2006年に成立した「観光立国推進法」により、2008年に観光庁が発足。2012年に836万人だった訪日外国人数は、2015年には2倍以上の約2000万人に達した。

 そこで政府は、2020年に4000万人到達を目標にした。

 数字は右肩上がりに順調に推移し、コロナ前の2019年度は3188万人と過去最高、しかも世界12位(アジアで3位)となった。

 訪日外国人旅行者による消費額も2012年は約1兆円だったのが、2019年には5兆円近くになった。

 このままいけば2020年に予定されていた東京オリンピックの底支えも期待できるため、目標達成できるのではないかと思われていた。

 そこを襲ったのがコロナ禍だった。コロナ真最中の2021年度は24万人と、ほぼセロまで落ち込んだのである。

 だが、2022年末からのコロナ対策が緩和されたことから、急速にインバンドは回復。

 2023年度は、福島第一原子力発電所の処理水問題や中国の不景気、団体客解禁が遅れたことで中国からの観光客が回復しなかったため、2500万人とコロナ前の19年の80%にとどまった。

 しかし、今年はすでにコロナ前以上の勢いとなっている。

今年中に4000万人突破の可能性も

 9月の訪日外客数は287万人で、1月からの累計で2688万人と昨年の数字を突破。

 このペースでいけば、年間3500万人を超え、うまくいけば4000万人も夢ではないとされている。

 岸田文雄前総理は2022年秋の所信表明演説で、2023年度のインバウンド消費額目標を5兆円と想定したが、フタをあけたら5兆3000億円と3000億円も増加した。

 通常、総理の目標というのはかなり上に設定されていると思うのだが、あっけなくそれを突破したのだ。

 しかも、今年の1月から9月までの消費額はすでに5.8兆円となり、このままいけば8兆円を超えてもおかしくない。

 ちなみに昨年の観光消費額は国内客、訪日客(インバウンド)を合わせて約27兆円。その5分の1がインバウンドによるものだ。

訪日客の消費額の推移(グラフ:共同通信社)


 残念ながら今後、国内観光消費(22兆円)は増えないと予想されるので、仮に今年の国内観光消費の総額が同じだとしたら、2024年度は総額30兆円で、その4分の1以上がインバウンドによる消費額になる計算。

 少し古い数字だが、2021年の自動車製造業の製造品出荷額等は56兆3679億円(日本自動車工業会)だから、半分以上になるかもしれないのだ。

 日本政府観光局(JNTO)蒲生篤実理事長が「2024年はインバウンド観光、飛躍の年に」と鼻息が荒いのも当然といえるかもしれない。

 そうした環境の下、インバウンドの消費額を少しでも地元に落としてもらいたいと考える地方自治体が近年、展開しているのが「ガストロノミーツーリズム」なのである。

 だが、数あるツーリズム(観光)のなかでも、特に「食」のツーリズムに積極的なのはなぜか。

日本に来たい最大の理由は「食」

 ここに興味深い調査がある。

 2021年10月に実施された「アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」(日本交通公社・政策投資銀行開催)は、世界12地域6000人あまりに「次に海外旅行したい国・地域」をアンケートしたもの。

 2021年といえばコロナ禍で世界中が閉ざされ、誰もが「早く回復して一番好きな国に旅行に行きたい」と思っていた時期である。

 そのアンケートで、アジア対象・欧米豪対象でともに日本が1位、しかもその理由は「食事が美味しいから」だったのである。

 コロナ禍を脱した2023年1〜3月に日本政府観光局(JNTO)が世界22市場を対象とした訪日旅行に関する調査結果を発表した。

 これも「今後、行きたい旅行先」として、東アジア・東南アジア地域では10市場中9市場で日本が1位。

 欧米豪・インド・中東地域でも、大半の市場で日本が上位5位以内となっており、そのなかでも日本の地方に行きたいと答えている旅行者が半分以上。

 しかも全22市場の合計では、旅の目的として「ガストロノミー・美食」を1位にあげている。

 電通が2024年、世界15の国・地域の20〜59歳 7460人を対象に調査した「ジャパンブランド調査2024」でも、「観光目的で再訪したい国・地域」の1位は日本(34.6%)。

 2位シンガポール(14.7%)とは圧倒的な差だ。

 しかも日本に期待していることの1位は「多彩なグルメ」(28.6%)である。

 アメリカン・エキスプレスが日本を含む世界7か国の世帯年収が7万ドル以上の人を対象にした2023年2月実施の調査でも、訪れたいアジアの国の1位は日本(40%)。

 そして調査対象者の81%が「旅行中に最も楽しみなことは地元の食べ物や料理を味わうこと」だと言っている。

 つまり、コロナ禍からアフターコロナを通じて、世界中の旅行が大好きな人々はずっと「まずは日本に美味しいものを食べに行きたい」と思っているのである。

 もちろん日本が「安全・安心・清潔」であることも背景にあるだろうが、彼らが日本に期待する一番大きなものが食であることは明らかだ。

旅行する前にレストランを予約

 さらにアメックスの調査に興味深い数字がある。

 先述のアンケート回答者の81%は、旅行中に最も楽しみなことは地元の料理を味わうことと言っているのだが、そのなかでも特定のレストランを訪れることを目的に旅行を計画する観光客が37%もいる。

 そのうち64%は旅行前に、自分たちが行きたいレストランへ予約を入れているのだという。

 かつては旅行や観光といえば、絶景やスポーツ、神社仏閣に代表されるその土地の風土を楽しむために出かけるものだと私は思っていた。

 そして食の重要度は、せっかく地方に出かけたのだから、一緒にその土地の美味しいものも味わおうという程度だったろう。

 しかし、いまや主従は逆転。

 地方の美味しいレストランに行きたいがために旅行を計画し、せっかく行くのだからその地方の風土も一緒に楽しもうという旅行者が増えているのである。

 この連載の第1回で言及した、10月22日放送のNHK「クローズアップ現代 『美食』が日本を救う!? ガストロノミーツーリズム」に登場した中国系女性のジョスリン・チェンさんも番組中で、「私たちは食のために旅をします。食事は私たちの旅の一部ではなく、目的です」と話していた。

 彼女は「もう日本には100回以上来ている」と答えるフーディー(食いしん坊)だから、一般的な文脈で語るわけにはいかないかもしれないが、こうした傾向は、特に「新富裕層」と言われている若い世代に強いと言われている。

 彼らは団体旅行ではなく、個人客として自分の行きたいところを旅し、そのためには情報収集に余念がない。

 そして「いままで誰も行ったことがないようなところに、いち早く行く」ことに価値を求めている。

 だから、地方自治体は豊かな地方の食材に注目してもらい、インバウンドの、特に富裕層に来てもらいたいから、こぞって「ガストロノミーツーリズム」に力を入れているのである。

 だが、豊かな食材があれば地方にインバウンドが訪れるほど一筋縄ではないことも、数字に現れている。

 それについては次回に触れたい。

筆者:柏原 光太郎