資源物「持ち去り」抑止に対峙したある職員の奮闘
資源ごみの持ち去りを条例で取り締まる自治体もあります *写真はイメージ(写真:よっしー / PIXTA)
筆者は健康維持のため毎朝ランニングをしているのだが先日、不燃ごみ排出の日に走っていると不審なトラックを見かけた。
そのトラックはごみの集積所前だけ低速で走り、左に曲がるウインカーを点滅させたと思いきやすぐさま右に曲がった。少し追いかけてみようと後を追ったら、中年男性が家の前に排出された不燃ごみの袋を開け、なにやら金属製のものを抜き取って平ボディのトラックに積んでいた。
トラックには事業所や事業者名等は特に書かれておらず、一般廃棄物処理業許可業者ではない者だと判断できた。荷台には複数の金属製の排出物が積まれていた。
そもそもごみとして排出されているのだから、持ち去っても問題ないと思う人もいるかもしれない。だが、居住する自治体が定める条例や抜き取った排出場所によっては、資源物を集積所から持ち出すと罪に問われてしまう。
本稿では排出された資源物の持ち去りに関するルールを概観したうえで、持ち去り行為と対峙した行政職員の実践について述べ、資源物の持ち去りを撲滅していく意義について考えてみたい。
民法上の取り扱いと条例による持ち去りの抑止
ごみとして排出したものを着服する行為は法律的にどのように解釈されるのであろうか。
民法上、所有者がいないものは「無主物」(むしゅぶつ)という。そして民法239条には「所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する」として、「無主物の帰属」が定められている。
この条文を解釈すると、ごみの集積所に排出されたごみは「所有者のない動産」であり、所有権はごみを出した人ではなく、それを取得した者にある、となる。
よって、排出したごみから有価物を抜き取る行為は、民法上では窃盗罪にあたらないと解釈できるだろう。
しかし窃盗罪に問われないのであれば、排出されたごみからの抜き取りが横行する。排出者側からすると、ごみを漁られるのは当然、気持ちの良いものではない。
また、資源物を抜き取られると、その売却収入を見込んで収集体制を構築している自治体にとっては算段がつかなくなる。
(出所:環境省/令和4年度 「資源ごみ」の持ち去りに関する調査報告書を参照し、東洋経済作成)
そこで自治体は、「廃棄物の処理及び再利用に関する条例」や「清掃・リサイクル条例」「資源ごみ等の持ち去り防止に関する条例」といった条例を制定・改正。
「集積所に排出された資源ごみの所有権は自治体に帰属する」としたり、「首長等が指定する者以外の者が収集・運搬してはならない」と規定したりし、抜き取りがなされないように抑止している。
また、条例の中には罰則を規定しているものもあり、そこでは20万円以下の罰金、5万円以下の過料、氏名公表等が定められている。罰則の中には世田谷区のように、持ち去り行為自体を禁止し、禁止命令に違反した者に罰金を科す間接罰の方式をとる形もある。
これは、持ち去り行為を窃盗罪とすると被害額が少額となり不起訴処分となる可能性が高くなるため、このような工夫がなされているのである。
(出所:環境省/令和4年度 「資源ごみ」の持ち去りに関する調査報告書を参照し、東洋経済作成)
なお、環境省が公表した「令和4年度『資源ごみ』の持ち去りに関する調査報告書」によれば、「資源ごみ」の持ち去りを規制する条例の制定状況として、全国に1,700近くある地方自治体のうち411市区町村が「制定済み」、1,263市区町村は「制定予定なし」と示されている。
持ち去り者と対峙した行政職員
筆者が懇意にしている廃棄物関係者の中には、実際に資源ごみの持ち去りと対峙した人物がいる。現在は退職されたが、神奈川県座間市・資源対策課に勤務されていた依田玄基氏(58)から係長当時の話をお伺いできた。
2012年に依田氏が資源対策課に勤務していた当時は、古紙や金属類の買値が高く、自動販売機横のリサイクルボックス内の空き缶はもとより、行政回収に出された古紙(新聞)や金属、小型家電などを狙って収集日の前夜からさまざまな連中が市内を徘徊して奪取していた。
市民からの苦情は届いていたが、職員の勤務時間や安全確保の関係から、年1回1週間程度、朝7時半から大通りを中心にパトロールを行っている程度であった。
そこで当時の上司から対策を命じられた依田氏は、毎日朝6時から資源物の収集対象地区の隅々まで、収集車が来る時間帯までパトロールすることにした。
そこでは、何者かが市民から資源物を奪い取るように持ち去ってしまう光景を見たり、声をかけて注意をしても無視されたり、外国語で反発されたりしていた。
本来すべき仕事はパトロール後にしかできず、フォロー体制も構築されなかったため依田氏は行き詰まってしまった。結局、「座間市廃棄物の減量化、資源化及び適正処理等に関する条例」に資源の持ち去り禁止が規定されたため、1カ月程度でパトロールは中止となった。
市民からの切実な苦情に立ち上がる
その後、半年ぐらいたったころ、市民から問い合わせの電話があった。
「マンションの集積所に毎日のように“持ち去り”が来ている。子どもら家族が彼らから危険な目に遭っている。自分たちで彼らを排除したい。どうすればいいか教えてほしい」とのことだった。
様子を詳細に伺うと「ごみ集積所に閉じ込められた」「子どもが突き飛ばされた」「持っているものを渡すように脅迫された」「子どもの通学時間帯にものすごいスピードで走り去る」とのことで、市民生活の安全までもが資源物の持ち去りにより脅かされている状況だった。
依田氏は本来ならご近所さん同士が仲良く挨拶を交わす場所であるはずのごみの集積所が危険な無法地帯と化している点に憤りを覚え、「体制が整わなくても俺一人でもやる」と決意し、早朝パトロールを再開した。
そして、持ち去り現場を押さえた際には条例で禁止されていることを伝えていった。外国語でまくし立てる連中には「ここは日本だ。日本のルール、文化を守れ」と日本語で反撃した。
このような依田氏の住民のために立ち向かう姿に同僚や後輩たちは心を打たれ、「僕らも手伝います」と言って一緒にパトロールをするようになった。最大時には6人で3班体制とし、1日当たり約700カ所のごみ集積所をパトロールした。
警察からは「条例違反で告訴するには4回以上の命令違反が必要」と助言された。また、排出された資源物の抜き取りが、集積所の排出エリアとして明示されている場所で行われている必要があるという。これに照らし合わせれば、告訴できるケースは1件もなかった。
一方で依田氏はパトロールを行っているうちに、条例違反での告訴を行うのではなく、「市の職員として市民の生活を守る。さわやかで安心な集積所を提供する」ことが目標となっていった。
依田氏は「時間とガソリンを使っても収穫無しにすれば、座間市には近寄ってこなくなる」と考え、自称「嫌がらせ大作戦」を展開していった。
持ち去りを見かけたら、運転席のドアの前に立ち、くどいぐらいに注意を与えた。このときの様子は密着取材され、テレビ朝日の報道番組で放送されている。
そこでは依田氏が資源物を持ち去ろうとしている者に、車に積んだ資源物を元の場所に戻させるシーンがある。市民生活を守るための気迫に満ちた仕事ぶりに依田氏の決意の表れが見て取れた。
この作戦は功を奏し、市内での持ち去りは減少していった。
資源の持ち去りが減り、夜間や早朝に集積所で脅される被害に遭う人はいなくなった。それだけでも成果であるが、それ以外にもさまざまな点が改善され、市民からは次のような声が届くようになった。
「子どもの通学時間帯の交通安全が守られるようになった」「公園で持ち去った空き缶を潰している人がいなくなったので、小さな子どもを連れて行きやすくなった」「市内の路上生活者が格段に減った」「市の職員は私たちの生活を守ってくれているという実感が湧いた」といった声であった。
依田氏をはじめとする座間市のパトロール隊の方々の思いはしっかりと市民に届いていた。安心・安全な暮らしを市民に提供し、市内の治安維持に大きく貢献していたのだ。
現場で奮闘する職員が提供する安心・安全な生活
資源物の持ち去りを抑止するために、一部の地方自治体は条例を制定して対応している。筆者の居住する自治体でも資源物の所有権は自治体に帰属するとし、自治体や首長が指定する事業者以外は資源物を収集してはならないと定めている。
筆者は当初、条例等のルールを作れば、違反行為はある程度は抑止できると考えていた。しかし、目の前で資源物の抜き取りを見たり、依田氏からのお話をお伺いしたりし、現実は甘くないと痛感した。
悪意の違反者や反抗者と対峙していくには、その者たちと向かい合う確固とした覚悟や度胸が必要であり、時には住民のために危険を顧みずに対応していく気概が必要不可欠となる。
違反行為の撲滅には、条例制定といったルールの制定や施行は出発点にすぎないのであろう。ルールを実質化させていくには、組織的な重点的取り組みにおける現場スタッフの気概やチームワークが伴う必要がある。
現在、違反行為を見かけない地域では、依田氏のような気概を持った担当者の方々が現場で活躍しているのかもしれない。その結果、安心・安全な暮らしが住民に提供されているのではないか、と思いを馳せた。
(藤井 誠一郎 : 立教大学コミュニティ福祉学部准教授)