「戻ってよかった」"出戻り転職"がうまくいくコツ
かつての職場に戻ってくる「出戻り転職」が増えてきています(写真:polkadot / PIXTA)
「やっぱり戻ってきてよかった」
50代の男性が、満面の笑みで語った。彼は7年前に退職した会社に再び戻り、今では重要なポジションで活躍している。一方、出戻り社員の中には早々に「再退職」してしまう人もいる。なぜこのような違いが生まれるのだろうか?
今回は「出戻り転職」のメリット・デメリット、そして成功事例について解説する。特に50代での転職を考えている人や、そのようなベテラン社員を出戻り採用したい人事担当者に参考にしてもらいたい。
50代にとって出戻り転職は魅力的な選択肢
近年、一度退職した社員を再び雇用する「出戻り採用」が注目を集めている。卒業生や同窓生などの意味がある英語の「アルムナイ(alumni)」を使い、「アルムナイ採用」とも言われる。
もちろんこの背景には深刻な人手不足がある。超少子化時代となり労働力人口が減少する中、即戦力となる人材の確保は企業にとって重要課題だ。また転職が当たり前となった現代社会では、一度退職した社員の再雇用に対する抵抗感も薄れてきた。
出戻り転職をする人の中心は30代〜40代。50代以上の社員も少数だが、着実に増えつつあるようだ。
出戻り採用には、「即戦力としての期待」「採用・育成コスト削減」といった会社側のメリットがある。一方、出戻り転職する本人にとってはどうか? 以下、3つのメリットが考えられるだろう。
(1)環境への適応が容易
(2)経験を生かしたキャリアアップ
(3)信頼関係の再構築が容易
一つ一つ解説していきたい。
第1に、環境への適応が比較的容易であることだ。
離職期間が比較的短ければ、慣れ親しんだ環境に戻ることになる。そのため新しい職場に比べて適応ストレスが少ない。業務内容や社内の人間関係をある程度把握しているのは強い。「遺恨を残さない」退職をしていれば、スムーズに仕事を始められるだろう。
第2に、経験を生かしたキャリアアップができることだ。
他社での経験を生かして、以前より高いポジションや新しい役割を得られることがある。外部での経験が評価されれば、新たな視点を持つ人材として重用されるケースも多い。
例えばあるIT企業のシステムエンジニアは、CIO(最高情報責任者)として招かれて別のスタートアップ企業へ転職。従業員が10人程度の企業だったため、転職によって経営やマーケティングに関しても経験を積んだ。
その後、再び前職のIT企業に戻ったが、転職先での経験から経営視点での助言を求められるようになり、強いやりがいを覚えたという。
第3に、信頼関係の再構築が容易なこと。これも大きなメリットだ。
出戻り転職者にとっては、これが最もわかりやすいメリットといえるだろう。
ベテランであればあるほど、新天地で信頼関係を築くことは骨が折れる。そのため、出戻った職場であれば以前の同僚や上司との関係を基盤に、より強固な信頼関係を築きやすい。過去の実績や人柄を知る人々に囲まれることで、心理的な安心感も得られる。
このようなメリットは、50代以上の転職者にとって大きな意味を持つだろう。残された仕事人生を有意義に過ごすうえで、出戻り転職は魅力的な選択肢となりえるのだ。
もちろん出戻り転職にはデメリットも…
もちろん出戻り転職にもデメリットがあるので、しっかり頭に入れておこう。
(1)期待と現実のギャップ
(2)職場環境の変化への不適応
(3)人間関係の変化
出戻り社員にとって、最も危惧すべきは「期待と現実のギャップ」だろう。
出戻り社員は、以前より成長した自分を示したいと考えるが、企業側は「以前と同じように働いてほしい」もしくは「実力が落ちていないか、しばらくは様子見する」と思っているケースが多い。私が責任者であれば、出戻り社員にはそのように接する。
いくら鳴り物入りで戻ってきたとしても、である。出戻り社員は、このギャップを覚悟しておいたほうがいいだろう。
また、長期間職場から離れていた場合は、変化に適応できないことがある。特にデジタル化が進む現代では、数年で業務環境が劇的に変わることも珍しくない。
「その業務はRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)が代わりにやってくれるから」
「そんな単純作業はやらなくていい。もっと付加価値の高い仕事をしてください」
と元後輩に指摘されると、居心地が悪くなるかもしれない。転職していた先が最新のITツールを導入していなかったら、環境変化についていけない可能性が余計に高い。
出戻り転職に限らず、デジタルリテラシーを高めておくことは必須なので、謙虚な気持ちで新しいシステムやツールに慣れ、使い方を覚えるようにしよう。
中でも、出戻り社員が最も面食らうのは「人間関係の変化」かもしれない。以前と同じような人間関係を期待する人もいるが、あまり期待しないほうがいい。4年、5年も離れていれば、以前の部下や同期が上司になっているケースも多い。
「おい、お前が課長かよ! 出世したなあ! 昔は俺が面倒を見てやったのに」
などとマウントをとるようなことはご法度。新入社員と同じとは言わないが、過剰なほど謙虚な姿勢で出戻るぐらいでちょうどいい。頭角を現すのは、職場に馴染んでからでいいのだ。
50代の出戻り社員が大成功した事例
ここで、50代で出戻り転職し、大成功を収めたDさんの事例を紹介しよう。
Dさん(52歳)は大手製造業で24年勤務したあと、47歳で退職。ベンチャー企業で5年間、新規事業の立ち上げに携わった。その経験を買われ、52歳で元の会社に出戻った。
「50歳を超えたら、一気に転職先の幅が縮まる。まさか出戻りさせてもらえるとは思わなかった」
とDさんは胸をなでおろす。「出戻り採用」を決めたのは、以前の部下だ。この部下はDさんに仕事を教えられ、部長にまで上りつめた。いつか恩返ししたいと心に決めていたため、
「可能なら、前の職場に戻りたい」
とDさんから申し出があったとき、二つ返事でOKを出した。それどころか、彼自身もかねての念願がかなったと喜んだ。このケースは、まさにウィンウィンだったといえよう。
Dさんの成功の秘訣は以下の3点だ。
(1)良好な人間関係の維持
出戻り転職には、何よりこれが最も大事だ。Dさんは退職後もずっと前職の人間関係を大切にしてきた。かつての後輩から「相談があります」と言われたら喜んで駆けつけた。忘年会には呼ばれなくても、
「今から2次会があります。顔を出しませんか?」
と誘われたら、遅い時間でも足を運んだ。家族ぐるみで休日を過ごしたこともある。離職していた5年間、1年に2〜3回のペースでコンタクトをとり続けた。このように、関係を維持し続けたことがとても大きいだろう。
(2)明確な目的意識
Dさんが会社を離れたのは、「スタートアップ企業を立ち上げた知人の社長を助けたい」という気持ちがあったからだ。もちろん長年お世話になった会社を離れるのはつらかったが、それ以上に社長の信念に心を打たれた。
単なる「居場所探し」ではなく、強い意志を持っていたことは、当時の仲間たちも理解していた。何度も話し合いの場を持ったからだ。
そして転職した企業を離れると決意した理由もまた明確だった。転職先は社長をはじめ、ほとんどの社員が20〜30代で構成されていた。事業が順調に拡大し、技術の承継も十分に果たせたと考えたタイミングで、50歳を過ぎた自分がここにいてはいけないと判断したのだ。
この明確な目的意識が、周囲の理解を得ることにつながった。
(3)柔軟な姿勢
出戻り転職してからのDさんは、以前の地位や人間関係にこだわらず、新しい環境に適応しようと努めた。先輩面することなく現場に入って汗をかいた。若手社員にも積極的に声をかけた。とりわけ若手社員から感謝されたのは、スタートアップ企業で働く若者たちの考え方を伝授したときだ。
同世代の20代の若者たちが、どのように事業を成長させようと日夜努力したのか。その姿勢をランチ時などに、よく話して聞かせた。同じ職場の部課長たちからは、「大変刺激になる」「生々しい話が聞けてすごくよかった」と喜ばれた。
個人と企業の双方にメリットがある「出戻り」
私は経営者なので、会社側の人間として考えたら「出戻り」は基本的に大歓迎。一般的な採用よりも抵抗がない。
一方、自分が出戻り転職する側だったらどう感じるだろうか。どんなに技術力、経験値があっても、55歳という年齢を思うと正直なところ抵抗がある。やはり前職との関係性次第だろうか。
この考え方、受け止め方のギャップを埋めることができれば、さらに「出戻り採用/出戻り転職」は脚光を浴び、当たり前のものとなっていくだろう。個人と企業の双方にとって、大きなメリットがあるからだ。
もちろん、この転職を成功させるには慎重な準備と柔軟な姿勢が不可欠だ。特に50代以上の社員にとっては、謙虚で柔軟な姿勢を取り戻せるか、新しい価値を提供できるか、がカギとなるだろう。
キャリアに迷いを感じている50代の方々、そして人材確保に悩む企業の採用担当の方々。まだ「出戻り転職/出戻り採用」の経験がないのなら、その選択肢を前向きに検討してみてもいいかもしれない。
(横山 信弘 : 経営コラムニスト)