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 24日に開催されたプロ野球の新人選択会議(ドラフト会議)から一夜明けた25日、各球団は恒例の指名あいさつを行った。阪神からドラフト2位で指名された報徳学園・今朝丸裕喜投手(18)はテレビの番組収録のため同校を訪れた阪神OBの鳥谷敬氏(43)と初対面。遊撃手歴代最多667試合連続フルイニング出場の記録も持つ鉄人のように猛虎の“顔”になることを誓った。

 夢への扉が開いた。意中の球団だった阪神から2位で指名を受けてから一夜。プロ入りという第一関門を突破した今朝丸は早くも次の目標へ向けて動き出していた。報徳学園のグラウンドで自主トレを開始。その一挙手一投足に熱視線を送っていたのが鳥谷氏だった。

 テレビ番組の収録で対談が実現。入団前に虎のレジェンドと初対面した最速151キロ右腕には新たな感情が芽生えていた。「内野手と投手、ポジションは違うけど鳥谷さんは目標の選手。自分も長く活躍して、将来は阪神のエースになりたい」。チームを背負う“虎の顔”になる決意を示した。

 鳥谷氏は現役時代に遊撃手歴代最多667試合連続フルイニング出場の金字塔を打ち立てた。17年には顔面に死球を受けて鼻骨骨折もフェースガードを装着し出場。三宅秀史氏、金本知憲氏(本紙評論家)、鳥谷氏と続いた鉄人魂だ。この系譜を継ぐ覚悟を示した。

 「小さい頃から決めていたプロ野球選手にはなる夢はかなってホッとしている。それでもここがゴールではない。ここからがスタートなので、どう頑張っていくかが大事」

 前日には名球会入りの条件となる「200勝」も大きな目標として掲げた。マウンドに立ち続け、結果を残し続けることが目標達成への近道となる。既に甲子園での“実績”は十分。高校時代は、2年春、3年春と2年連続準優勝に貢献した。「もう(甲子園で)一回プレーできると考えたら本当にうれしい。観客が多くて、本当に投げやすいマウンド。恵まれた良い球場です」。赤い糸で結ばれた甲子園で将来はチームの大黒柱になる。

 既に胆力も兼ね備えていた。名球会の会員でもある球界の大先輩を前にしても物おじしなかった。「緊張はなかったです。スタイルが凄く良かった」。そう笑い飛ばすなど早くも大器ぶりも発揮した。

 「今までと違う環境でやっていくことになる。ケガがないように、一年間ベストコンディションでやるのが目標」

 わずかの対談時間では鳥谷氏から長寿の秘けつを吸収した。鉄人の先には「鉄腕」の二文字も見えてくる。鉄人継承を誓った高校No・1右腕はしっかりと未来予想図を描いていた。(杉原 瑠夏)

 ◇今朝丸 裕喜(けさまる・ゆうき)2006年(平18)6月2日生まれ、兵庫県神戸市出身の18歳。小3に横屋川井少年野球部で野球を始めて投手。中学では関メディベースボール学院に所属。報徳学園では3年夏に背番号1。2年春から2年連続で選抜大会準優勝。50メートル走6秒5、遠投100メートル。1メートル87、77キロ。右投げ右打ち。

 ≪対談の様子は「せやねん!」で放送≫今朝丸と鳥谷氏が対談した様子は、26日に毎日放送の人気番組「せやねん!」(午前9時25分〜)で放送される。鳥谷氏が報徳学園を訪れ、練習を視察。対談では自身が厳しいプロの世界で大切にしてきたことや意識してきたことなどを伝えた。未来のエース候補がレジェンドに逆質問するなど虎党必見の内容となっている。

 ≪阪神最年長登板は下柳の43歳0カ月≫阪神投手の最年長登板は下柳剛の43歳0カ月で11年6月6日のオリックス戦で記録。最年長勝利も下柳で42歳3カ月。10年9月1日の横浜戦で記録している。生え抜き投手の最年長記録は1リーグ時代49年の若林忠志で、出場が41歳8カ月(11月16日、阪急戦)、勝利が41歳7カ月(10月8日、巨人戦)。2リーグ制以降では能見篤史が41歳シーズンの20年に34試合で1勝0敗1セーブ4ホールド。チーム最年長セーブとホールドを記録している。