丸亀製麺CM「うどん"すする音"」で炎上の世知辛さ
丸亀製麺が発表した、秋の新商品CM(画像:丸亀製麺公式YouTubeより)
女優の上戸彩さんが出演する丸亀製麺のCMが、“ヌーハラ(ヌードルハラスメント)”だと炎上している。10月24日、「週刊女性PRIME」がそんなニュースを配信した。上戸彩さんのうどんをすする音が「うるさい」と批判の声が殺到している――とのことだ。
同日、その内容に対して賛否両論が巻き起こり、“ヌーハラ”がXでトレンド入りするに至った。
それに対して、「モデルプレス」が「丸亀製麺CMのすする音『ヌーハラ』と炎上も… 『だれが言ってんだ』『バカなの?』疑問の声」という記事を配信。「週刊女性PRIME」の記事に対するSNS上の違和感の声を紹介して、さらに火に油を注いだ。
実態はどうだったのだろうか。
そもそも、どうして“ヌーハラ”が議論になるのだろう?
丸亀製麺CMは“炎上”とは言えない
“ヌーハラ”、すなわち“ヌードルハラスメント”という言葉はいつ出てきたのだろうか。ネットで調べる限りは、2016年からのようで、Twitter(現X)をきっかけに話題が広がったようだ。
外国人や猫舌の人などを中心に、「麺をすする音が不快」「マナーに反する」と思う人がいるという反面、「(麺をすするのは)日本の食文化だ」、「何でもかんでもハラスメントにするのはいかがなものか?」といった意見も出ており、当時から賛否両論を呼んだネタだった。このたび、丸亀製麺のCMによって、同じ議論が再来していると言えるだろう。
2017年には、日清食品がヌーハラ対策のための商品、麺すすり音をカモフラージュする機能が搭載されたフォーク「音彦」を、クラウドファンディングで販売することを発表している。なお、同商品の予約数は目標の5000個に届かず、商品化が見送られている。
もっとも、これは“ネタ”として企画されたものだと思うが……。
今回のCMに関するSNS上の投稿を調べてみたが、丸亀製麺のCMが“ヌーハラだ”とする声は少数派で、「これが問題にされるほうがおかしい」という意見が圧倒的に優勢だった。
やはり、これは少数意見をメディアが取り上げて、SNSユーザーがそれに乗って話題を増幅させて論争するという、いわば「作られた炎上」だったと言えるだろう。筆者はこのような「作られた炎上」について何度も記事を書いてきたのだが、特に2024年は多くの“炎上”がつくり出されてしまっている。
確かに麺をすする音はするが、一瞬のことだ(画像:丸亀製麺公式YouTubeより)
麺をすすって美味しそうな顔をする上戸さん(画像:丸亀製麺公式YouTubeより)
永谷園「ただいまお茶づけ中」のCMは許された
「音を立てて食事をするCM」で思い出させられるのが、1997年の永谷園・お茶漬け海苔の「ただいまお茶づけ中」のCMだ。
男性が、電話の音が鳴る中で、一心不乱にお茶づけを食べ続けるという、シンプルなCMだったのだが、大きな評判を生んだ。CM効果で売り上げも好調だったようだ。
このCMが放映された頃、筆者は広告会社の新入社員だったのだが、本CMの出演者がタレントではなく、広告会社の社員であったことも、業界内で話題になっていたことを記憶している。
このCMの中で、お茶漬けを食べる音は大きいのだが、当時「マナーが悪い」「不快だ」といった批判が出ていた記憶はない。
なお、このCMは「お茶づけ海苔」発売70周年を記念して、2022年にそのままリバイバル放送されている。このときも“炎上”は起きていないし、批判的な意見は少数派だったように思う。
放映当時、話題になった永谷園のCM(画像:永谷園のプレスリリースより)
黒電話の音がするのも特徴的だった(画像:永谷園のプレスリリースより)
さらに、永谷園は今年の1月〜2月に「#ただいまお茶づけ中」のハッシュタグを付けて、TikTokに動画を投稿するコンテストを開催している。こちらも炎上はしていない。
食品や飲食店の広告では、「おいしそうに食べるシーン」が非常に重要で、その描き方によって売り上げが変わることも多い。一方で、飲食シーンが入る広告は、食べ方、マナーについて批判が起きることもあり、表現が行き過ぎると、逆効果になってしまうこともある。
今年、動画投稿コンテストを行なった永谷園(画像:永谷園公式サイトより)
なぜ丸亀製麺のCMは物議を醸したのか
同じCMでも、丸亀製麺のものは永谷園とどう違うのだろう? 考えられる点としては、
1. 食べているものが麺であること
2. 放映時期が異なること
3. 出演者が女性であること
といったところだろう。
“ヌーハラ”という言葉が話題になっているから、SNSでネタにされてしまったというのも大きいように思える。
また、「作られた炎上」は数年前から見られたが、そのトレンドはここ1年くらいで加速している。
丸亀製麺のCMが2016年以前に放映されていたら、問題にはされなかっただろう。永谷園「ただいまお茶づけ中」のCMがリバイバル放映されたのと同じ2022年だったとしても、物議を醸すことはなかったのではないかと思う。
3点目についてだが、近年「性別による役割分担」は批判されやすくなっているし、性別の境界線自体が曖昧になっている。広告表現においても「男性らしさ」「女性らしさ」のステレオタイプは避けるようになってきている。
一方で、視聴者の潜在意識は容易には変わらないところもある。あからさまには言われていないが、「若い女性が音を立ててうどんを食べている」と違和感を抱いた人もいるのではないだろうか? 例えば、上戸彩さんが運動系部活の男子高校生に入れ替わったとしたら、同じような批判を集めただろうか。
今回の件を見ていて思い出したのが、1985年に公開された伊丹十三監督の『タンポポ』という映画だ。本作は「食」をテーマにした、異色映画だが、この作品の中に、レストランでのマナー講座のシーンがある。
講師が音を立てずパスタを食べる方法を伝授しているが、その横では外国人が音を立ててパスタを食べている。それに影響されて、全員が音を立ててすすり出す。このシーンは、形式にとらわれがちな日本人、外国人に同調しやすい日本人を風刺したものだ。
しかしながら、「パスタはフォークで巻いて、すすらずに音を立てないで食べる」というのがマナーであり、一般的でもある。なお、日本ではスプーンを添えてパスタを巻くのは一般的だが、海外ではそうではないようだ。
一方で、日本では、そばやうどんを音を立てながらすすって食べることはマナー違反ではなかった。落語を見ていると、大きな音を立てて麺類を食べるしぐさをするシーンはよく出てくる。
何度も批判された「クックドゥ」のCM
筆者が日本茶の広告の仕事をしていたときに、勉強も兼ねて茶道教室に通っていたことがある。そこで、「最後の一口は音を立てて吸い切るように」と教えられて、驚いた記憶がある。「おいしくいただきました」という合図の意味があるとのことだが、「音を立てて飲むのがお作法」というのは、違和感があった。
お作法やマナーは文化によって違うし、グローバル化が進んでいるからといって、無理に標準化する必要もないのではないか。
「郷に入っては郷に従え」で、パスタを食べる際にはフォークで巻いて食べるように気を付けるべきだと思うが、日本で和食の麺類を食べるときは、音を立ててすすってもよいだろう。
CMの話題に戻ると、味の素の「クックドゥ」のCMシリーズは、おいしそうな食事のシーンが出てくるが、過去に何度も批判を浴びている。食べる音だけでなく、他の批判を受けることもある。
たとえば、2011年のCM。家族で麻婆茄子を食べている際に、子役の杉咲花さんの手元にあるケータイの着信音が鳴る。杉咲さんがそれをちょっと確認して音を止め、食事を続けるシーンがあった。
これは、ケータイに出るよりも食べることを優先するくらい美味しい、というシーンだが、「食事中にケータイをいじるのはいかがなものか」という批判が出ていた。
中国の大学で講演をした際に、この話をしたのだが、学生は「(食事中にケータイをいじることが)なぜ批判されるのか理解できない」という反応をしていた。
「いただきます」の省略が批判材料に
2018年に竹内涼真さんがお兄さん役を務めたCMでは、「待て待て待て、いただきますしてから!」という竹内さんの言葉に対し、子どもたちが「省略」「同じく省略」と言って食事をするシーンが批判を浴びた。
批判を受けてか、このCMは、子どもたちが「いただきます」と言ってから食べる表現に修正されている。
食べる前に「いただきます」というのは素晴らしい日本文化であるし、味の素が表現を修正したのも妥当な判断であったと思う一方で、「そこまで批判する必要があったのだろうか?」とも思う。
多くの人が目にする広告は、表現に細心の配慮をすることは必要だが、ご飯くらいもう少し自由に食べられないものか――と疑問に思わざるをえない。
【写真を見る】上戸彩さんが美味しそうに「音を立てて麺をすすった」“炎上”シーン(7枚)
(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)