シンワル氏の殺害がイスラエルとハマスの戦争に及ぼす影響は/Mohammed Salem/REUTERS/REUTERS

(CNN)イスラエルから「死刑囚」と呼ばれていた人物が死亡した。

イスラム組織ハマスの最高幹部、シンワル政治局長をパレスチナ自治区ガザ地区で殺害したことは、イスラエルにとっての重要な勝利だ。1年間追跡の対象となっていたシンワル氏は、イスラエル史上最悪の死者を出したテロ攻撃の黒幕と目されている。

さらにシンワル氏の死により、ガザでの泥沼の戦闘が終わりに近づく可能性があるとも専門家らは指摘する。イスラエルとその友好国とが好機を捉えるならという条件付きだが。

テルアビブ大学のモシェ・ダヤン中東アフリカ研究センターで上級研究員を務めるハレル・チョレブ氏はCNNの取材に答え、シンワル氏の死がハマスにとって致命傷になる可能性があると指摘。その理由はシンワル氏による組織運営の手法にあるとした。

今回の戦闘が起こる前、ハマスの権力は分散していた。チョレブ氏によると、ガザにおける政治部門のトップだったシンワル氏は、多数いるリーダーの一人に過ぎなかった。

しかし、この1年で状況は変わった。

「シンワル氏は唯一の意志決定者となり、当然ながら権力は強まる一方だった。イスラエルが(ハマス軍事部門トップの)ムハンマド・デイフ氏など重要人物を次々に殺害していったからだ」と、チョレブ氏は説明する。

1年にわたるイスラエルの猛攻撃でガザは壊滅。膨大な数の民間人が死亡した。ハマスも著しく弱体化し、今回のシンワル氏殺害で大きな権力の空白が生じるだろう。イスラエルとその友好国が現状を最大限に利用しようとするのは間違いない。

自分が死亡した場合に何をするべきかについて、シンワル氏が何らかの指示を言い残していたのかどうかは不明だ。

後継者候補には複数の名前が浮上している。シンワル氏の兄弟で同じく強硬派のムハンマド氏や、カイロでの停戦協議でハマス側の交渉責任者を務めるハリル・ハヤ氏などだ。ただいずれもシンワル氏ほどガザで知られた存在ではない。

「イスラエルはこの状況に付け入らなくてはならない。恐らくハマスのメンバーの間では大変な混乱が広がっている」(チョレブ氏)

ネタニヤフ氏の「政治的計算」

イスラエルのネタニヤフ首相はハマスの完全な殲滅(せんめつ)を自らの目標に掲げるが、専門家の多くはかねて、それが達成できない可能性について警告している。

ハマスは著しく弱体化したとはいえ、依然としてイスラエルへ向けてロケット砲を撃ち込むだけの戦力を有する。一方でイスラエル軍は最近、ハマスが再び勢いづいたとしてガザ北部に改めて侵攻している。

ダイアン・アンド・ギルフォード・グレイザー・ファウンデーションで政治研究のシニアディレクターを務めるシラ・エフロン氏は、シンワル氏殺害によりネタニヤフ氏が勝利を主張する機会を得たと指摘。戦争での勝利を宣言し、ガザでの戦闘を段階的に縮小しつつ、現状とは別の現実に向けて進むことが可能だとの見方を示した。

しかしエフロン氏によれば、ネタニヤフ氏がシンワル氏の死を紛争激化の合図と位置づける恐れもあるという。

「全てはネタニヤフ氏とその同調者による政治的計算によって決まるはず」(エフロン氏)

シンワル氏の殺害が、人質と停戦の合意に道を開く可能性もある。同氏が合意の阻止を主導する人物の一人と考えられていたからだ。

本人がイスラエルにとっての第一の標的であることを考えれば、シンワル氏には交渉に応じる個人的な動機がほとんど無かった。

人質の家族からはネタニヤフ氏に対し、合意に向けて圧力をかけるよう強く迫る声も上がる。ある家族は、もしネタニヤフ氏がこの状況を利用しないのであれば、それは同氏が人質を見捨て、戦争の長期化と自身の支配の強化を図っていることを意味すると指摘。シンワル氏が死亡した今、人質の奪還は以前より若干容易になったかもしれないと見る向きもある。

次に何が起きるか?

次に何が起きるのかは、ほぼネタニヤフ氏次第となるだろう。

長期にわたり首相の座に就く同氏は、極右の連立相手から寄せられる要求の調整に余念が無い。米国をはじめとする友好国からは、停戦合意を結び、ガザにおける民間人の犠牲を最小限にするよう圧力がかかる。

同時に国内では、複数の刑事捜査と辞任を求める大規模なデモにも直面する。

米国のバイデン大統領など批判的な人々は、かねてネタニヤフ氏がガザでの戦争を長引かせ、権力にしがみつこうとしているのではないかと懸念を表明してきた。本人はそのような意図を否定している。

依然としてイスラエル社会の大部分では非常に不人気ながら、ネタニヤフ氏を取り巻く状況はこの一年で目を見張るほど好転。過去数年の間に失った支持者の一部を取り戻した。

ネタニヤフ氏は以前、直近の紛争終了後もイスラエル軍の一部は引き続きガザに駐留するべきだと主張した。連立相手の中からはさらに踏み込んで、ユダヤ人の入植地をガザの中に創設するべきだと示唆する声も上がる。

イスラエルのガラント国防相は以前、ガザにおけるイスラエル軍の支配を継続するとのネタニヤフ氏の計画を代償が大きいとして批判した。

ただ前出のエフロン氏とチョレブ氏が示唆するところによれば、シンワル氏殺害という結果が出たことでネタニヤフ氏は自らの判断を正当化できるという。

イスラエル人の多くは、昨年10月7日のハマスによる奇襲を巡ってネタニヤフ氏を非難している。2011年の人質交換でイスラエルの刑務所からシンワル氏を釈放することに同意したのもネタニヤフ氏だった。

そうした過去を持つネタニヤフ氏にとって、今回のシンワル氏殺害は大きな成果だとチョレブ氏は分析。「彼が賢明なら、この後で首相職を退くだろう」と述べた。

しかし、シンワル氏殺害によってハマスがかつてないほど弱体化した可能性はあるものの、ハマスの壊滅それ自体が平和な未来を保証するわけではない。

1年にわたるイスラエル軍の激しい爆撃と地上作戦で、ガザは荒廃した。数千人の子どもたちが孤児となり、手足を失い、心身に傷を負った。

イスラエルに今必要なのは、自分たちがよりよい未来をもたらせるとの確約に他ならない。さもなければ、過激化しかねない新たな世代が生まれるリスクを背負うことになる。

本稿はCNNのイバナ・コッタソバ記者による分析記事です。