インタビューに応じた日浦氏

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 将棋の対局中に“鼻マスク”をしていたことが理由で反則負けになり、3カ月の出場停止処分を受けた日浦市郎八段(58)が日本将棋連盟に約380万円の損害賠償を求めた裁判で、10月18日、東京地方裁判所は日浦氏の訴えを退けた。日浦氏が提訴前、「デイリー新潮」の独占インタビューで語っていた主張を振り返る。

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(2023年2月17日に配信した記事を再構成しました)

【写真をみる】実際に将棋連盟が公表した「処分理由」の画像 “宣戦布告”した日浦氏の様子も

「連盟から連絡が来て今回の処分を聞いた時は、やはり軽くない内容だったので深刻に受け止めました。対局禁止は5月12日まで続きますが、棋士にとって4月と5月は試合数が最も少ない時期のため、ある程度の配慮はあったのかもしれない。ただし“今回の処分が不当である”との私の思いは揺らいでいません」

インタビューに応じた日浦氏

 冷静な口調でこう淡々と話すのは日浦氏本人である。

 2月13日、日本将棋連盟は「立会人の裁定や処置に従わず、実質的な対局放棄を繰り返した」として、日浦氏を「対局停止3か月」の処分にしたと発表。それを受けて「たかがマスクで厳しすぎるのでは」や「ルールを守らない者が一人でもいれば、公平な試合環境が担保されないので当然だ」など、ネット上を中心に様々な声が飛び交っている。

「誤解している方も多いのでハッキリと申し上げておきますと、私はルールを破ったから、今回の処分を受けたわけではありません。ルールに従っていたにもかかわらず“ルール違反”のように捉えられ、処分に付された。これまでの経緯を説明すれば、私の話すことに理解いただける部分もあると考えています」(日浦氏)

昨年までは“鼻出しマスク”で対局

 将棋連盟が処分の根拠としたのは、新型コロナウイルス対策として2022年2月に施行された「臨時対局規定」である。同規定第1条には〈対局者は、対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない。但し、健康上やむを得ない理由があり、かつ、予め届け出て、常務会の承認を得た場合は、この限りではない〉とあり、同第3条で〈第1条の規定に反したときは(中略)反則負けとする〉と明記。

「実は私はこの規定ができるまではマスクを着けずに対局を行い、立会人などに注意された際にはマスクを着用して将棋を指していました。同規定の施行後は、ずっと“鼻出しマスク”で対局に臨んでいましたが、特に問題視されたことはなかった。実際、規定には“鼻出しは禁ずる”といった言葉はありませんから、違反行為と見なされていなかった証左と考えています」(日浦氏)

 ところが今年に入って、事態は一変。1月10日、名人戦C級1組順位戦の対局に臨んだ日浦氏は“鼻出しマスクが規定違反”だとして反則負けとなったのだ。

「これから規定に盛り込むつもりだ」

 日浦氏が当時を振り返る。

「対局が始まってすぐ、相手から“マスクを鼻まで上げてもらえますか?”との申し入れがあったのですが、私は“そんなルールはないです”と言って断りました。すると相手は対局室から出て行き、その後、立会人が来て再び“マスクを鼻まで上げるよう”に要請しましたが、私は“ルールにない”との理由でやはり拒否。次に立会人は別のフロアにある事務局まで来るよう言うので行くと、そこに連盟理事の一人がいた。その理事が私に“鼻を出しているのはマスクをしていないのと同じことだ。われわれ理事会はこれから『マスクで鼻までふさぐ』といった規定も盛り込むつもりだ”と言ったのです」

 それでも拒否した日浦氏に対し、対局開始から48分後、反則負けの裁定が下されたという。

「この理事の言葉からも分かるとおり、そもそも同規定は細かな部分は何も明文化しておらず、きちんとしたガイドラインの体をなしていません。色々な解釈の余地が入り込むルールでは恣意的な運用が行われる可能性があり、棋士に厳罰を科す規定としては大いに問題です。私はこの時の反則負けを“このまま受け入れるような形で終わりにするのは間違っている”と強く感じたので、その後の対局でも“鼻出しマスク”で臨みました」(日浦氏)

 その結果、2月1日の棋王戦予選、同7日の名人戦順位戦でも反則負けとなり、今回の日浦氏の懲戒処分へと繋がった。

強権発動か、正当な裁きか

「私がなぜ“鼻出しマスク”で対局に臨むかといえば、マスクに感染予防効果はないと考えているためです。もともと私は科学的なことを調べるのが好きで、コロナ禍が始まってから関連する文献や論文などを読み込んできました。そのうち、エアロゾル感染するコロナに対してマスクの感染予防効果がどれほどあるかについて懐疑的な研究結果を目にするようになった。あるいは長時間のマスク着用が酸素欠乏症を招き、脳に良くない影響を与える可能性を指摘した論文や記事なども読みました。要はマスク着用のメリット・デメリットについて、自分なりに勉強して科学的な根拠を調べたのです」(日浦氏)

 日浦氏は自分が収集した論文などの資料を連盟理事会に持って行き、規定の妥当性について話し合おうとしたこともあったというが、相手にされなかったという。

「理事会側は私を“反マスクの陰謀論者”のように扱って、まともな議論は叶いませんでした。将棋の対局時間は長ければ12時間にも及び、その間、棋士はずっとマスクの着用を義務付けられる。これは私にはかなりの苦痛で、実際にマスクを着け続けることで集中力も途切れやすくなりました。だからこそ科学的根拠の薄弱な規定であれば、もう少し柔軟な運用や改定を行うべき。でも理事会側は私の問いに何ら答えず、懲戒処分という強権を発動して、この問題に終止符を打とうとした――と私の目には映るのです」(日浦氏)

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 このインタビュー後の23年6月、日浦氏は日本将棋連盟に約380万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしたが、24年10月18日、東京地裁は日浦氏の請求を退ける判決を言い渡した。

デイリー新潮編集部