「スタジアムまで最長で90分で到着すると言われていたが、実際には2時間15分かかった。理想的な状況ではなかったが、それを言い訳にするわけにはいかない。選手とスタッフは見事だったよ。ウォームアップは10分ほどしかできなかったが、選手たちは最善を尽くし、ファンタスティックなパフォーマンスを見せてくれた」

 10月15日に行なわれた日本とのW杯予選が1−1の引き分けに終わった後、オーストラリアのトニー・ポポビッチ監督は記者会見でそう話した。現役時代にサンフレッチェ広島やクリスタルパレスでプレーした元代表DFが、辞任したグレアム・アーノルド前監督の後を引き継いだのは9月23日。それから約3週間後に迎えた敵地での日本戦で、渋滞に巻き込まれるアクシデントに見舞われながらも、勝ち点1を手にした。日本のホームでオーストラリアがポイントを獲得したのは、2013年6月以来のことだ。


守備を固めて日本代表と引き分け、勝ち点1を持ち帰ったオーストラリア代表phot by Sano Miki

「敵地での日本戦で勝ち点1を奪えたのだから、よしとしないとね。いや、実にすばらしい結果と言ってもいい」と笑顔で話したのは、FWミッチェル・デュークだ。

 FC町田ゼルビアに所属する33歳のアタッカーは、限られた時間で試合への準備を強いられた時の心境をこう語った。
 
「ものすごく難しい状況だったのは確かだ。なにしろ、相手はアジア最強のチームのひとつだからね。でも僕らはメンタルを高く保ち、困難なシチュエーションに飲み込まれないようにした。準備が足りなかったことをネガティブに捉えず、誰もがやるべきことをやり、言い訳を用意しなかった。先制点を奪えたので、もちろんそのまま試合を終わらせることができればよかったけど、日本のクオリティーを考慮すれば、1失点は仕方なかったと言える。2つのオウンゴールでドロー。仕事は果たせたと思う」

 またサッカールーズ(オーストラリア代表の愛称)は、10月10日に行なわれたホームでの中国戦で、3−1の逆転勝利を収めている。最終予選の初戦でバーレーンに敗れ、次にインドネシアと引き分けたときは、オーストラリアの6大会連続のW杯本大会出場に黄信号が灯ったが、監督交代の劇薬が効いたのか、今回の2試合では1勝1分。グループCで4試合を終え、2位に浮上した。

 このポジティブな変化について、キャプテンのジャクソン・アーバインは次のように話した。

「まず、グループ全体のメンタリティーがすばらしかった。最初の2試合を終え、苦しい状況に陥ったときも、自信を失わなかった。そして新たな監督を迎え、新しいシステムが導入されると、選手たちは素早く適応したんだ。新しい物事を的確に伝えてくれたコーチングスタッフにも感謝しないとね」

 前指揮官は主に4バックを用いていたが、ポポビッチ監督は3枚とも5枚とも捉えられる最終ラインを採用。この日は5バックの中央に198センチの上背を誇るハリー・スッターを配し、ハイクロスをことごとく弾き返していた。

「守備のストラクチャーが変わったけど、意図と指導が明確なので、この短期間にしっかりと形にすることができたと思う」とアーバインは続ける。

「またマイボールの時には、先週の中国戦で見せたように、これまでよりも多くのパスの選択肢を見つけられるようになった。僕らはとにかく前を向かなければならなかったので、この変更をポジティブに捉えている」

 髭をたくわえた31歳のリーダーは、ドイツのザンクトパウリでも主将を務めている。昨シーズン、ブンデスリーガ2部でチームをリーグ優勝に導き、今季から初のブンデスリーガを経験しているが、それまでは3シーズンにわたって2部でプレー。つまり、この日に中盤で対峙した田中碧(元フォルトゥナ・デュッセルドルフ/現リーズ・ユナイテッド)とは、同時期に同じリーグに在籍していたわけだ。

「アオとはドイツで何度も対戦したよ」と言ってアーバインは微笑んだ。

「彼はあらゆることができる選手だね。ボールをキープしているときはなかなか奪われず、ドリブルで運ぶこともでき、いいタイミングで駆け上がってゴールを決めたりもする。そんな選手と直接やり合うだけでも大変なのに、今日はそのパートナーがモリタだった。彼は間違いなくワールドクラス。真のトップレベルに足を踏み入れているよ。

 自分もセントラルMFなので、常に彼らを追っていた。今日の相手でもっとも印象に残ったのは、このふたりだ。どちらもトッププレーヤーだから、本当に手を焼いた。実にタフな相手だったよ」

 最後に、そんな厳しい相手のホームからポイントを持ち帰れた最大の要因について、こう話した。

「集中力がもっとも重要な要素だったと思う。引いて構えて、特に逆足の両ウイングバックへの対応を注意した。彼らは中にも入ってくるし、切り返してからクロスを上げてきたりもする。ただ我々は要所を締め、ほぼ試合を通して、フォーカスし続けることができた。強豪を向こうに回すとき、研ぎ澄まされた集中力が不可欠になる」

 後ろに人数をかけ、引いて守る戦術をどう捉えるか──。日本在住のあるオーストラリア人ジャーナリストは、「結果は手にしたが、これではつまらないし、先が思いやられる」と試合後に言っていたが、自身も現役時代はタフなセンターバックで鳴らしたポポビッチ監督は、就任会見で「どんなときも、醜く勝っていいのだ」と宣言していた。実際、記録したシュート数は1(日本は12)。それでも、ピッチ上で戦っていた選手たちは、新監督の手法を歓迎しているようだった。

(つづく)