10月1日朝刊に掲載されたNHKBSの番組表。夕方以降「選」が並んだ

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 「これ、前にもやってなかった?」――。

 最近のNHKの番組を見て、そう感じる人も少なくないのでは。ドラマなどは再放送要望が多く、膨大なアーカイブ(過去番組)を活用しない手はないらしいが、周辺を取材すると、「事業支出1000億円削減」の基本方針が制作現場に重くのしかかり、新番組はおろか、レギュラー番組でさえ新作が打ち出しにくい厳しい台所事情が見えてきた。(文化部 旗本浩二)

 番組の初回放送を見逃すケースはよくあり、NHKは多くの番組で再放送枠を用意している。それでもなお、見逃し番組や秀作を改めて見たいという要望が一定数寄せられている。視聴者対応報告によれば、放送・番組に関して寄せられた意見や問い合わせのうち、ここ数年は5〜8%が再放送に関するものとなっている。

 これらを踏まえ、たとえば往年の連続テレビ小説が総合テレビで昼に、NHKBSでは朝に過去作が放送されている。現在は「ちゅらさん」(2001年)、「カーネーション」(11〜12年)がそれぞれ放送中だ。ドラマではほかに、名作と言われる「坂の上の雲」(09〜11年、いずれも年末に89分版を放送)も、総合で44分版が再放送中だ。昔の番組を通して今の時代を見直すという意味もあり、視聴者が強く望んでいるのなら、こうした取り組みも評価される。

「保有する映像資産を最大限活用」とは言うものの

 でも、とりわけ最近のNHKBSはそうとも言い切れないのではないか。昨年12月、BS1とBSプレミアムという2K(ハイビジョン画質)チャンネルが一本化された。“凝縮”がアピールされ、再放送比率も増えていないというが、それでも見覚えのある番組にお目にかかるケースが多く、あまり凝縮感は感じられない。

 それは「選」とつく過去番組の放送が多いからかもしれない。10月1日のNHKBSの番組表を見ると、「美の壺 選」(午後5時30分)、「鉄オタ選手権 選」(同6時)、「世界ふれあい街歩き 選」(同7時)、「新日本風土記 選」(同8時)と、視聴者の多い夕方以降の時間帯に実に3時間半にわたって「選」がついていた。「選」は次回作に視聴者を誘導することなどを目的に編成する番組のことだそうで、新聞の番組表にも再放送を示す「再」マークは記されない。

 地上波番組がNHKBSで放送されることもある。たとえば、「アナザーストーリーズ」では、総合で今年2月に「これでいいのだ!天才バカボン誕生」が放送されたが、同じものが9月にNHKBSで放送されている。こちらも「再」マークはついていなかった。利用者が限られる4Kや8Kの番組を2KのNHKBSや総合、Eテレで流すなら理解できるが、これは明らかに再放送では? 広報局に疑問を投げかけると、「地上と衛星で、放送波をまたがる番組を放送する場合は、再放送マークはつけていない」との回答があった。

 稲葉延雄会長は9月18日の定例記者会見で視聴者から再放送の要望が多いとした上で、「保有する映像資産を最大限活用し、期待に応えていきたい」と述べた。しかし職員の間からは「カネがないから新番組が作れないんですよ」との声も漏れる。24〜26年度の経営計画では、昨年10月からの受信料1割値下げによる収入減を踏まえ、支出を大幅に抑制。27年度には、23年度予算の約15%にあたる1000億円を削減して公共放送事業を運営する目標を立てている。この目標が実際の番組制作に影を落としているのは事実のようだ。

「一日中、目標達成度報告の会議ばかり」

 管理職の一人が明かす。「1000億円削減に向けた個別の目標が細かく設定され、一日中、その達成度合いを報告する会議ばかり。いかにしてダウンサイジングを成功させるかが悲願となっている」。もしそうなら番組制作の最前線では何が起きているのか。

 「来年度も番組を継続させるためには、予算が今のままでは通りにくい。まず予算を少し削減しないと」

 実際の番組作りを担う外部の製作会社によると、彼らと向き合うNHK側の担当者の発言だという。番組内容や制作手法について議論するのでなく、初めに“予算ありき”で提案してきたようだ。

 NHKは今年8月、公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に基づき、発注者として労務費の上昇分を適切に価格に転嫁させるよう対応する方針を明らかにしている。この方針も踏まえ、記者会見で稲葉会長は「『内容はともかくカネ次第だ』みたいな議論をしている人はいないと私は信じている」と述べたが、実際には末端まではなかなか浸透していないようだ。

 また、たとえ番組が来年度、継続するとしても、それまで年間20本制作していたのが6本に減らされたケースもあった。新規提案が通りにくくなったとの声も聞かれたので、記者会見で尋ねると、担当者から「プロダクションからの提案については、その内容をきちんと見て、募集している番組内容と合うなら、きちんと採用して制作してもらうことに変わりない」との基本方針が改めて示された。

 日本のテレビ番組の多くは、大小様々な製作会社が制作しており、ドラマから情報番組、バラエティーに至るまで放送史に残る秀作を生み出してきた。NHKは番組の幅を広げる意味もあり、外部制作を増やすよう求められており、NHKBSに関しては、製作会社が権利(一部も含む)を持つ番組が放送時間比で15%以上になるよう努力目標が設定されている。コロナ禍や制作コストの上昇などにより、小規模事業者の倒産が相次いでいるだけに、製作会社はこの努力目標が達成され、さらに向上していくよう注視している。

 ただ、番組制作時の契約で再放送が前提とされており“15%”には再放送番組も含まれているというから、製作会社には納得し難いルールだろう。しかも再放送が増えれば増えるほど、新しい番組が視聴者の目に触れる余地が奪われる。

「ここまで多くなるとは」製作会社の経営にも影響

 こうした状況を業界団体はどう捉えているのだろう。全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)の松村俊二理事が語る。「ここまで再放送が多くなってしまっているというのは、想像もしなかったし、各社の経営にも影響する。往年の名作を有効活用するのはいいが、その面積がどんどん大きくなっていくと『今の時代』の切り口のようなものがなくなってしまい、時代に合わなくなってしまうのではないか。(過去番組を配信する)NHKオンデマンドもあるのに、放送の方で再放送が幅をきかせてくるのは、ちょっと違うと思う」

 過去番組の増殖で最も影響を受けるのは、民放では放送されにくい長尺ドキュメンタリーだろう。国内外、硬軟を問わず、製作会社のディレクターやカメラマンたちがじっくりと取材した成果は、NHKの真骨頂として、ファンも多く、放送文化基金賞やギャラクシー賞、ATP賞テレビグランプリなどを受賞してきた。BSでの放送枠はそれらの受け皿としても長年、活用されてきた経緯がある。

 「やはり新しいものを作っていかないと、製作会社の経営だけでなく、コンテンツ産業や放送文化の発展にも影響が出てくる」と松村理事は顔を曇らせる。「それぞれの製作会社には得意分野があり、優れた企画を採用して新しいものを作れば『NHKって面白い番組作るよね』と評価され、文化も発展し、海外展開にもつながるのではないでしょうか」

NHK離れのさらなる要因にも

 NHKは国民の受信料で運営されており、BSが映るテレビがあれば、地上契約よりも高額の衛星契約の締結義務がある。番組がつまらないからといって契約を逃れることはできないのだ。だからこそ契約者からすれば、支払う料金に見合うサービスを期待するはずだ。過去番組の再利用ばかりが番組表を埋めるようでは、衛星契約を結ぶだけの価値は薄いだろう。

 コロナ禍や物価高もあり、19年度以降、受信契約総数の減少が続き、23年度末時点で4107万件。4年間で100万件以上減っている。もちろん人口減で受信契約の対象となる世帯数自体が減少していることもあろうが、今年度も減少傾向に歯止めがかからず、8月末現在、4082万件となっている。

 インターネットとSNSの広がりで、NHKの番組に頼らずとも、ニュースや娯楽・教養情報に触れられるのが今の社会。さらにネットフリックスやTVerといった動画配信サービスも人気で、「テレビがあれば受信契約」との決まりに抵抗感を覚え、テレビを持たない人も増えている。その意味では、目新しい番組を打ち出せない今のNHKの状況は、往年の番組を懐かしむ視聴者には受け入れられても、そうでない人にとってはNHK離れに拍車をかける要因となるだろう。

 経営計画で打ち出した「1000億円削減」にこだわるあまり、良質な放送文化がないがしろにされ、その結果、視聴者にそっぽを向かれるのは、稲葉会長も本意ではないだろう。