ここ最近、MVNOが異業種のサービスと連携して新たなビジネス開拓につなげようとする動きが目立ってきている。そこに大きく影響しているのは、やはりMVNOの強みとなる価格の安さであるようだ。

携帯電話の料金プラン契約には「価値がない」

携帯大手からネットワークを借りてモバイル通信サービスを提供しているMVNO。「格安スマホ」という名称で知られたように、サービスやサポートを最小限に絞り、低価格でサービスを提供することで成長を遂げてきたが、一方で携帯大手がサブブランドやオンライン専用プランなどで低価格の領域を拡大してきたことから、近年は苦戦傾向にある。

そうしたことからMVNOの側もさまざまな戦略を打ち出し携帯大手への対抗を続けているのだが、月額料金の安さがMVNOの大きな価値であることに変わりはない。それゆえ最近では、MVNOならではの安さを異業種のサービスと組み合わせ、従来とは異なる形でのビジネス拡大につなげようとする動きが増えつつある。

2024年9月5日に新料金プラン「自由自在2.0プラン」を発表したH.I.S. Mobile(HISモバイル)もその1つだ。同社はMVNOの日本通信と、旅行代理店大手のエイチ・アイ・エス(HIS)が合弁で設立した企業であり、日本通信がMVNE(Mobile Virtual Network Enabler)として支援する形でモバイル通信サービスを提供している。

HISモバイルは2024年9月5日、新しい料金プラン「自由自在2.0プラン」を発表。料金の最適化に重きを置き、AIを活用してお勧めの料金プランを提案する仕組みも用意されるという

その同社が発表した自由自在 2.0プランは、ユーザーのデータ通信量の増加などに対応するべく、料金プランを6つに細分化。最も容量が少ないプランでは、通信料が100MB以下であれば280円で利用できる仕組みを設けて安さをアピールする一方、通信量が多い20、30GBのプランには、「5分かけ放題」では収まらない通話が多いことを受けて「6分かけ放題」が付属するなど、実態に即した変更が加えられている。

それに加えてこの料金プランには、新たにAI技術を活用した料金コンシェルジュも提供。ユーザーの利用状況を分析して顧客に最適なプランを提案する仕組みも用意されるというのだが、より注目されるのはHISグループとの連携だ。

HISモバイルの代表取締役社長である猪越英知氏は、携帯電話の料金プラン契約は消費者にとって心が躍らない、価値がないものだと言い切る。その一方で、HISはグループで旅行をはじめとした多くの“心躍る”価値のあるサービスを提供しているという。そこで同社ではグループのシナジーを生かし、HISモバイルの契約者に対して海外旅行などで使える優待得点サービスの提供や、ハワイ旅行が当たるキャンペーンなどを展開するとしている。

HISモバイルの利用者が旅行関連のサービス特典を期待する声が多いことを受け、今後海外旅行などで利用できる特典の提供やキャンペーン施策を積極化するとのこと

HISモバイルでは当初、HISの店舗網を活用してHISモバイルの契約を拡大することを狙っていたようだが、その狙いは顧客層とマッチせず、うまく機能しなかった。だがHISモバイルのユーザーが、HISが得意とする旅行関連のサービスに期待する声は多いという。そこで低価格による節約などを目当てにHISモバイルを契約した人に対し、HISグループが持つ強みを生かして本業である旅行サービスの利用を促進し、グループ全体でのビジネスを拡大する戦略を切り替えたといえそうだ。

通信料ではない「ドン・キホーテ」らの参入意図

そしてもう1つ、異業種とMVNOによる新たな価値提供に向けた取り組みとなるのが、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の事例である。PPIHはディスカウントストアの「ドン・キホーテ」や、スーパーマーケットの「アピタ」「ピアゴ」などを運営する、流通小売りの大手企業だ。

そのPPIHが2024年9月12日、MVNOとしてモバイル通信サービスを提供することを発表している。同社は2つのサービスを提供するとしており、1つがスマートフォン向けのモバイル通信サービス「マジモバ」で通信量3GBで月額770円の「驚安プラン」や、15GBから50GBと中・大容量のデータ通信を安価に利用できる「最驚プラン」を提供するとしている。

「ドン・キホーテ」などを運営する小売り大手のPPIHは2024年9月12日、MVNOとしてモバイル通信サービス「マジモバ」「最驚Wi-Fi」を提供することを発表している

そしてもう1つが「最驚Wi-Fi」だ。こちらはSIMではなくWi-Fiルーターによるモバイル通信サービスで、月額4180円で1日10GBの通信量が利用できることから、同社では月当たり実質300GBの通信量が利用できるとしている。

そしてマジモバ、最驚Wi-Fiともに、契約すると「#今月のおごり」が得られる点が大きな特徴として打ち出されている。これはPPIHグループの電子マネーサービス「majica」の会員になることで、majica加盟店で毎月商品と交換できるクーポンがもらえる仕組み。グループのキャラクター「ドンペン」「アピタン」「ド情ちゃん」といったキャラクターの特徴に沿った対象商品をもらえるというのは、他のMVNOにはない大きな特色といえるだろう。

マジモバと最驚Wi-Fiの契約者はPPIHの電子マネー「majica」の会員となることで、月に1度majica加盟店で特定の商品と交換できるクーポンがもらえるという

なぜPPIHが通信サービスにこのような特典を付けたのかといえば、顧客との継続的な接点を作るためだと、PPIHの上席執行役員である森谷健史氏は話している。携帯大手より通信料を打ち出して継続利用が求められるモバイル通信サービスを契約してもらい、クーポンで顧客を継続的に店舗に訪問させる、マーケティング要素が強いサービスとなっている訳だ。

それだけにPPIHは、同じ流通小売業であるイオンリテールの「イオンモバイル」のように、自ら通信事業に参入してサービスを本格提供したい訳ではなかったようだ。そこで今回のサービス実現に大きく貢献しているのがエックスモバイルの存在だ。

実はマジモバなどのサービスは、エックスモバイルがPPIHのブランドを用いてサービスを提供する形が取られている。それゆえ実際に消費者が契約し、サービスを運営するのはエックスモバイルとなる。

エックスモバイルは特徴的なサービスを提供するMVNOとして知られ、最近では実業家の堀江貴文氏と「ホリエモバイル」を提供して話題になるなど、著名人や企業の“裏方”となってモバイル通信サービスを提供することに力を入れている。それゆえ今回のサービスで、顧客に商品を提供するなどのアイデアを実現できたのも、ホリエモバイルなどでそうした実績を持ち、他のサービスにはない柔軟な対応ができるエックスモバイルの存在があったからこそだろう。

双方の事例を見ても、異業種の企業やグループが、通信料が安いというMVNOの特徴に、自社のリソースを活用して通信だけによらないビジネス拡大につなげようとしている様子を見て取ることができるのではないだろうか。MVNOが正面を切って携帯各社に挑むことは難しいだけに、今後はMVNOの特性を生かしながら、他の事業に生かしてトータルで収益を上げる取り組みが増えていくことになるのではないだろうか。