人類は原子時計よりもはるかに正確な「核時計」を近い未来に手に入れられるかもしれない
標準時の測定やGPSの計算に使われる原子時計は、誤差が数十万年に1秒と非常に高い精度を誇ります。コロラド大学ボルダー校やアメリカ国立標準技術研究所(NIST)、スイス連邦工科大学ローザンヌ校、ウィーン工科大学、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン、IMRA Americaの研究者が連名で、原子時計よりもさらに正確な「核時計(nuclear clock)」を開発できる可能性を発表しました。
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07839-6
‘Nuclear clock’ breakthrough paves the way for super-precise timekeeping
https://www.nature.com/articles/d41586-024-02865-w
The First Nuclear Clock Will Test if Fundamental Constants Change | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/the-first-nuclear-clock-will-test-if-fundamental-constants-change-20240904/
What Is an Atomic Clock? - NASA
https://www.nasa.gov/missions/tech-demonstration/deep-space-atomic-clock/what-is-an-atomic-clock/
古来、時間は地球の自転や公転といった基準で定義されていました。しかし、この天文学的な基準で正確に時間を定義するためにはかなり長期的な観測が必要となります。そこで、人類は時間の定義を「天体の動き」から「原子の性質」に求めるようになりました。
原子は電子と中性子から成る原子核と、その周りを飛び交う電子で構成されています。この電子の軌道はエネルギーの状態によって異なることがわかっており、電子の軌道が変化すると原子は特定の周波数で光を吸収したり放出したりします。この光の周波数は原子固有で、非常に正確で安定した値となっています。周波数(Hz)は時間(s)の逆数であることから、光の周波数から時間を定義することが可能になるというわけです。この原理を利用した時計が「原子時計」です。
国際単位系では、1967年に「1秒」が「セシウム133原子の基底状態にある2つの超微細構造準位の遷移に対応する放射周期の91億9263万1770倍」と定義されました。また、世界初の原子時計は1949年にアンモニア分子を用いて開発され、1955年にはセシウム133を用いた原子時計がイギリスで実用化されています。
NASAが2019年に起動した深宇宙原子時計は、宇宙船に搭載することで地球以外の惑星で暮らす未来を実現することを目指して開発されました。この深宇宙原子時計は、電磁トラップ内で保持した水銀イオンの電子軌道遷移を観測する仕組みで、温度変化などの環境要因による影響を最小化する工夫がとられているとのこと。その誤差はなんと900万年に1秒で、GPS衛星に搭載されている原子時計のおよそ50倍の精度になります。
記事作成時点で最も高い精度を誇る原子時計は、2024年7月にコロラド大学ボルダー校とNISTの共同研究機関であるJILAが開発した「低温動作ストロンチウム光格子時計」です。その精度は8.1×10-19、すなわち誤差は400億年に1秒というレベル。この低温動作ストロンチウム光格子時計は、「レーザーを干渉させて作った格子の中に、レーザー冷却したストロンチウム原子を捕獲し、その原子にレーザー光を当てて光の周波数を測定する」という仕組みとなっています。
そして、原子時計よりもさらに高い精度で時間を測定できるとされているのが「核時計」です。通常の原子時計はセシウム133やルビジウムの電子の動きを利用しているのに対し、核時計はトリウム229の原子核の状態変化を利用する仕組みです。
トリウム229の原子核には、非常に低いエネルギーで励起される特殊な状態が存在します。この変化に必要なエネルギーは、他の原子と比べても約1万分の1程度。そのため、普通の紫外線レーザーを使って原子核の状態を変化させることができるというのがポイント。核時計は電子ではなく原子核を利用するので、通常の原子時計や光格子時計と比べて外部の影響を受けにくく、より安定した時間測定が可能になるというわけです。
これまでの研究ではトリウム229の核遷移に必要なレーザーの周波数が正確にわかっていませんでした。遷移に必要なエネルギーが低いということは測定が非常に困難だからです。トリウム229の核遷移を観測した3例目である今回の研究は、これまでの研究よりも数百万倍も高い精度で周波数を測定できたことが大きな成果として報告されています。
さらに、この核時計には正確に時間を計測する役割のほかに、現代物理学の理論を実証できる可能性も期待されています。
トリウム229の原子核では、電磁気力と強い力という2つの基本相互作用のバランスが非常に微妙な状態にあり、この2つの力は、核内でほぼ完全に相殺し合っているとのこと。そのため、もし基本相互作用の強さ自体が変化した場合、その影響を検出できる可能性があります。たとえば、ダークマター(暗黒物質)が原子核の相互作用にごくわずかに影響を与えているかどうかを検知できるかもしれません。また、超弦理論における「物理学の基本定数が時間とともに変化するかどうか」という疑問について、核時計を原子時計と併用することで検証できることが期待されます。
ただし、低温動作ストロンチウム光格子時計の精度が10-19レベルであるのに対して、今回のトリウム229の核遷移周波数の測定精度は10-12レベル。そのため、核時計が原子時計を上回る精度をたたき出すには、今より測定精度をさらに数百万〜数千万倍にまで高める必要があります。
研究チームは「このハードルを超えるのは何年も先のことでしょう」と述べています。それでも、マックス・プランク原子核物理学研究所の物理学者であるホセ・クレスポ・ロペス・ウルティア氏は「報告を聞いて最初に思ったのは『ああ、精度がまだ足りない』ではなく、『研究チームはついに核時計を動かしたのだ』ということです。レーザーシステムに関する技術的な課題は残っていますが、数年以内に克服し、核時計は精度と正確さで原子時計を追い抜くと私は確信しています」とコメントしました。