地上では無線信号や光信号などを用いた無線通信が重宝されますが、水中での無線通信のほとんどは音響信号を用いるのが一般的です。音響信号は無線信号や光信号よりも伝達が遅いものの、水中でより遠くまで伝達することができます。ただし、水中音響通信用の特殊なハードウェアおよびソフトウェアは高価で、モデムだけでも1万ドル(約140万円)を超えることがあります。そんな水中通信に革命をもたらす可能性を秘めた技術が、イタリアで開発されています。

Cheap Underwater Acoustic Communication Is Now Possible - IEEE Spectrum

https://spectrum.ieee.org/underwater-communication



イタリア・パドヴァ大学の研究者であるフィリッポ・カンパニャーロ氏とミケーレ・ゾルジ氏はスタートアップのSubSeaPulse SRLを立ち上げ、水中通信における重要かつ高価なコンポーネントであるモデム(送信機および受信機)とトランスデューサー(アンテナ)の低コスト代替品を開発しています。SubSeaPulse SRLで開発している音響モデムは、市場に出回っているものの約10分の1という非常に安価なモデムである点が特徴です。

SubSeaPulse SRLの音響モデムは「SuM」という名称で、Raspberry Pi上に構築されています。信号を変調できる低電力音響モデムで、音響信号をテストするためのアナログフロントエンドとしても機能するそうです。



また、SubSeaPulse SRLは1台当たり2000ドル(約28万9000円)以上もする従来のトランスデューサーの安価な代替品も開発中です。SubSeaPulse SRLは海洋哺乳類の音を聴くために使用される約400ドル(約5万8000円)の装置を改造し、エネルギーを音響信号に変換したり音響信号をエネルギーに変換したりすることで、トランスデューサーとして利用することを計画しています。

水中音響通信は前述の通りコストが高いという問題点を抱えており、そのため防衛などの一部の分野でしかほとんど利用されていないというのが現状です。しかし、SubSeaPulse SRLの安価な水中音響通信用モジュールが普及すれば、沿岸地域で水中センサーを使用して気候変動について研究したり、海洋汚染を監視したり、生物多様性を追跡したりといったことがより手軽に行えるようになります。

SuMはソフトウェア定義であるため、ユーザーは特定のアプリケーションに合わせて信号を変調することが可能です。完全なモデムではなくアナログフロントエンドとしても使用することができるため、音響信号をテストすることも可能。そのため、ユーザーは独自のソフトウェアをインストールして使用することができ、この柔軟性もSuMの優れた点であるとカンパニャーロ氏は主張しています。

SubSeaPulse SRL製の水中音響通信モジュールを川でテストしているカンパニャーロ氏とゾルジ氏。



ノースイースタン大学で電気工学の教授を務め、水中無線通信のアルゴリズムを開発しているミリカ・ストヤノビッチ氏は、高価な機器を利用できない研究者や、希望するあらゆるタイプの波形を送信できるソフトウェア定義のユニットを求める研究者にとって、SuMは役立つ可能性があると語っています。

しかし、ストヤノビッチ氏は「モデムは完全な水中通信システムにおけるひとつのコンポーネントにすぎません」とも言及。水中通信においては範囲とビットレートもユーザーにとっては重要な要素であり、これらは主にトランスデューサーと水中通信固有の帯域幅の制限によって決まるため、「水中音響チャネルにおける伝播と信号歪みの問題は些細なものではありません」と指摘しています。

ただし、「より多くの人がSubSeaPulse SRLの水中音響通信モジュールの開発に取り組めば、より良いものになるはずです」と述べ、今後の発展に期待を寄せました。