多くのアスリートが大きな大会の後に精神の健康を崩してしまう理由とは?
甲子園やインターハイといったスポーツの全国大会や、オリンピックなどの国際大会はアスリートが目標とする重要な大会です。しかし、大きな大会が終わった後や競技の引退後に多くのアスリートが精神衛生上の影響を受ける傾向があると、スペインのグラナダ大学でスポーツ健康心理学を研究するフアン・ゴンザレス・エルナンデス教授が指摘しています。
Mental health after the Olympics: why so many athletes struggle to adapt to normal life after big competitions
国際オリンピック委員会(IOC)が2023年に発表したデータによると、トップアスリートの33.6%が不安やうつ病に悩まされており、選手生命を終える頃には26.4%が深刻な精神衛生上の問題を経験しているとのこと。その原因として、アスリートは自分の目標やパフォーマンスに非常に強いこだわりがあり、トレーニングに多大な労力を費やす点があります。また、オリンピックのように注目度が高い大会の場合は、大会が終了して世間の関心が薄れるにつれ、気分の落ち込みや孤立といった感情に襲われる可能性も過去の研究では考えられています。
オリンピック後に少なくない数のアスリートが「心理的苦痛」を抱えてしまうという問題 - GIGAZINE
目標や期待するイメージ、過去の成功体験などはモチベーションにもなります。一方で、スウェーデンの複数の大学が共同して発表した研究では、トレーニングに取り組むことで愛する人や親しい友人と疎遠になったり、社会生活を維持することが難しかったり、最高レベルのパフォーマンスを発揮し続けるプレッシャーがあったりという「マイナス面が見落とされがち」だと指摘されています。
さらにエルナンデス氏は、アスリートの精神衛生上におけるマイナス面は、競技が一段落したときや選手が引退したときに強く生じることがあると述べています。オーストラリアのニューイングランド大学の心理学研究者らが2019年に公開した論文によると、引退したアスリートの最大20%が適応の欠如、継続的な心理的苦痛、抑うつ、自尊心の低下を特徴とする危機的な心理状態を経験しているそうです。実際に、大きな大会を経験したアスリートが精神の健康を崩して病気になったり自ら命を絶ったりしたケースは複数あります。
アスリートが大会の終了後に精神の健康を崩しやすい理由について、エルナンデス氏は「競技が終わるとすぐに、アスリートが競技の結果にかかわらず『次はどうなるか』『もっとうまくできたはずだ』などと話すのをよく耳にします。彼らの業績やそこに至るまでの努力は、ほんの少しも評価に値しないようです。したがって、彼らを価値あるものにしてきた活動をやめた瞬間、心理的崩壊がアスリートを待ち受けています」と述べ、選ばれた少数の人だけが到達できる「達成のワナ」と表現しています。
競技後や引退は感情的な不快感が伴う一方で、重要な機会にもなるとエルナンデス氏は指摘。それまで自分に注目していた世間やマスメディアの喧騒から離れながら、人と交流したり食事を自由に楽しんだりと、競技上の目標に焦点を絞ることで生じた自身の弱さから回復するための調整の期間に入ることができます。また、引退はプロのアスリートにとって、トップレベルの競技以外に焦点を当てて、スポーツに対する見方を模索する絶好の機会にもなりえます。子どもたちのスポーツへの取り組み方を理解したり、他のアスリートがどのように努力して病気やけがから回復するか観察することで、自身のスポーツへの感情も整えることができるとエルナンデス氏は語っています。