センスメイキングのために、企業やリーダーたちは具体的に何をすべきなのだろうか? 3つのポイントを提示したい(写真:EKAKI/PIXTA)

「宗教」と「優れた企業経営」には実は共通点があり、「現代の強い企業」は、いい意味で「宗教化」していく

それらの主題をもとに、世界の宗教事情に精通したジャーナリストの池上彰氏と、『両利きの経営』の解説者で早稲田大学教授の入山章栄氏が語り合った『宗教を学べば経営がわかる』が発売された。

同書を再編集しながら、「宗教」と「優れた企業経営」を理解するうえで最重要理論のひとつ「センスメイキング理論」に触れつつつ「日本人リーダーに決定的に足りない『腹落ちさせる力』」について、入山氏が解説する。

世界で成功するグローバル企業は「腹落ち」を重視

今後、より不確実性が高まる「正解のない時代」となると、どんな人も何かしら「自分が信じる、腹落ちできる心の拠り所」を欲する。それは宗教でも「人と組織の集まり」である企業経営も同じである。

そして世界の経営学では、この「腹落ちできる心の拠り所」の重要性を説明する経営理論がある。それが前回の記事で解説した「センスメイキング理論」だ。

「センスメイキング理論」の実務的示唆は、「目先の正確性」ではなく、「20〜30年後、場合によっては50年後、100年後の遠い未来」に向かって、「自分たちの会社はこういう未来を作りたい」という「腹落ち」を醸成し、行動していくことにある。

多くの日本企業の弱点は、言葉だけのパーパスやビジョンは掲げても、未来に向けての「本気の腹落ち」を経営者が重視しないことであり、あるいはやったことがないので「どうしたらいいかわからない」ことだろう。

他方、世界で成功するグローバル企業は驚くぐらい、この「腹落ち」を重視している。ユニリーバ、デュポン、ネスレなどはその代表だ。

加えて、革新を引き起こす起業家も多くがこの「腹落ち」をさせる達人というのが、私の理解である。

スティーブ・ジョブズも米セールスフォースの創業者であるマーク・ベニオフもそうだし、イーロン・マスクに至っては「人類の滅亡を防ぐ」ために、火星に人を移住させようとしている。

その世界観に共感・腹落ちした、多くの一流人材が、厳しい労働環境でもイーロン・マスクの下に集まってくるのだ。

日本で巨大な実績をあげた経営者も、多くが「腹落ち」をさせる達人である。

「自分は仲間に夢だけは見させられる」

たとえば、日本電産(現ニデック)をゼロから立ち上げて売上高2兆円企業にした永守重信氏もまさにそんな一人だ。

私は何度かお話をうかがっているが、同氏はお会いすると、いつも30年先の未来を語る。


「自分は仲間に夢だけは見させられる」と豪語されていたのを今でも覚えている。だからこそ、あそこまでの会社になったのだろう。

日本の場合、高度成長期からバブル期にかけて、「センスメイキング」なしでもやっていける特殊な時代があった。安定した右肩上がりの流れに乗って、現場が強かったので、なんとなく利益を出すことが可能だったのである。

しかし、バブルが崩壊し、流動性の高い不安定な時代がやってくると、多くの企業が苦境に陥った。センスメイキングが足りないことが露呈したのだ。

では、センスメイキングのために、企業やリーダーたちは具体的に何をすべきなのだろうか?

以下では、日本中の様々な企業をみてきた筆者の経験から、3つのポイントを提示したい。

【1】経営者自身が腹落ちする「パーパス」「ビジョン」「夢」を語る

まず何よりも経営者自身が腹落ちする「パーパス、ビジョン、夢を語る」ことだ。

重要なのは、何より自分がそのパーパスに腹落ちしていること。そして、何度も繰り返し語ることだ。

人は、一度や二度言われたぐらいで腹落ちしない。何度もしつこいくらい語ることで、少しずつ組織に納得感が醸成されるものだ。

「トップの言葉」を「現場の言葉」に置き換える

【2】経営幹部や中間層がよく理解し、部下に伝えていく

経営幹部や中間層がそれをよく理解して、部下に伝えていくことも不可欠だ。

経営トップは一人しかいないため、語ることに限界がある。また、トップの言うことは往々にして抽象的で、現場で泥臭い業務をしている従業員に響きにくい。

だからこそ、トップの言葉を現場の言葉に置き換えて腹落ちさせるのが、経営幹部や中間層の本来の仕事なのである。

【3】パーパスやビジョンをきちんと言語化し、様々な形で見せていく

もうひとつ、パーパスやビジョンをきちんと言語化し、それを様々な形で残し、社員や周囲のステークホルダーに見せていくことだ。

それは文章である必要もなく、自分の作りたい未来を描いた動画や絵を作ってもいい。

さて、もうお気づきの方もいるかもしれないが、これらのポイントは、世界で成功してきた宗教が行ってきたことと驚くほど類似するのだ。

まず、【1】のトップが語ることの重要性は、いうまでもないだろう。

世界的宗教の開祖であるイエスも、ムハンマドも、釈迦も、ひたすら語り続けた人物である。その言葉が人々を腹落ちさせたからこそ、巨大な宗教へと発展していった。

たとえば中東クライシュ族の一商人にすぎなかったムハンマドは、西暦610年のある日、大天使ジブリールに出会い、唯一神の啓示を受けて、その言葉をひたすら何度も人々に伝えていった。

自身が神の言葉に腹落ちし、それを説き続けたからこそ、イスラム教は国を動かすような、世界的宗教になっていった。

これは、企業経営も同じだ。『宗教を学べば経営がわかる』の対談ではリクルートの事例を取り上げているが、本記事では、ソニーを復活させた平井一夫社長を取り上げよう。

社員同士で「ソニーらしさの解釈」が異なる事態に


創業者の井深大と盛田昭夫が亡くなって時が経ち、ソニーでは同社の理念をめぐって社内が割れた時期があった。

多くの方が覚えておられるように、ソニーは2000年代に入って創業以来の主力であったエレクトロニクス部門が低迷し、会社全体が厳しい状況になってきた。一方、金融事業は収益が上がり始めていた

すると、「ソニーはエレクトロニクス」にこだわる人たちと、金融を含め多角的な経営を志向する人たちとの間で対立が生じてしまった。

「ソニーとは何の会社なのか」をめぐるアイデンティティが揺らぎ、社員同士で「ソニーらしさ」についての解釈が異なるという事態を招いたのだ。

実際、当時私も何人ものソニーの幹部や社員に会って「ソニーとは何か」を問いただしたが、その答えはバラバラだった。

「ソニーとは何か」が多義的だったのだ。

経営危機を迎えたソニーだったが、2012年に平井一夫氏が社長に就任すると、彼は「ソニーは感動(KANDO)の会社である」と理念を定めた。

私が平井氏から直接うかがったことだが、同氏は朝起きたらKANDO、ご飯を食べたらKANDO、風呂に入ってもKANDOというくらい、まず自分自身にKANDOを言い聞かせたという。

そして、世界中どこへ行っても、どの会議でも口にし続け、理念を浸透させていった

よく考えれば、ソニーが手掛けているエレクトロニクスやセンサー技術も人を感動させるためのものだし、エンタメは言うまでもない。金融だって人生に感動を与えられる、と解釈できる。

「KANDO」という言葉に集約し「腹落ち」を促した

多義的になっていた「ソニーらしさ」の解釈をKANDOという言葉に集約し、平井氏がそれを語り続けたことで、一人ひとりのセンスメイキングにつながり、5000億円を超える巨額赤字を抱えていたソニーは復活を遂げたのである。

ソニーの復活は、平井氏がセンスメイキングを浸透させていったことが背景にあるのだ。

平井氏は創業者ではないが、井深、盛田という偉大な創業者が作ったソニーという宗教を、「KANDO」という言葉で再定義し、解釈を揃えて「腹落ち」を促した中興の祖と言える。

キリスト教で言えば、形骸化していたキリスト教を再定義して、プロテスタントの興隆を引き起こしたマルティン・ルターのような存在と言えるかもしれない。

(入山 章栄 : 早稲田大学ビジネススクール教授)