50代で直面する「役職定年」をどのように捉えるか
これからの人生を人に迷惑をかけない形で、自分でコントロールしていきたいと考える方には、まさにリスキリングが必要です(撮影:今井康一)
2023年12月にマンパワーグループが発表した「2024 Global Talent Shortage」によると、日本の組織の85%が人材不足で、この割合は調査した国の中で1番高く、世界平均の75%と比較してもより大きく顕在化している課題だといえます。
一方で、2023年にWHOが発表した世界保健統計において、日本は平均寿命、健康寿命ともに世界ランキング1位となっています。健康寿命が今後延びていくことを前提にするならば、生活する時間も、働くことが必要な時間も長くなると考えられます。
日本のリスキリング第一人者である後藤宗明さんは、「リスキリングで現在の雇用に頼らない人生とキャリアを自ら創造する」時代だと言います。著書『中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる』(朝日新書)より一部抜粋・編集してお届けします。
待ち受ける雇用環境の悪化
組織に雇われるという選択をしている方々を加齢とともに待ち受けているのが、ネガティブな雇用環境の変化です。遭遇する可能性のある事象を時間順に簡単に整理してみます。
まず、40代から対象となる可能性があるのが、早期・希望退職の制度ではないでしょうか。
早期退職と希望退職の線引きが曖昧な場合もありますが、厳密に言うと、早期退職は、組織が福利厚生目的も含めて用意している人事制度で、働く個人が自ら利用を希望するものを指します。
一方、希望退職は人件費削減を目的として、会社が一時的に募集するもの、という性質の違いがあります。ただ、組織からの退職勧奨などがあった上での自己都合退職、会社都合退職など、グレーな部分も実態としては多くあります。
早期・希望退職制度においては、退職金の割増があることが一般的で、キャリアプランによっては、早めに住宅ローンの返済をして新たな人生に挑むといったことも可能ではあります。
しかし、割増があるといっても限りがあり、早期・希望退職制度を活用してポジティブな結果が期待できる人は、次に挙げた両方の選択肢を兼ね備えている人、もしくはすでに資産があってリスクを取れる方のみではないかと思います。
(a)明確なキャリアプランがある人(個人事業主、起業など含む)
(b)転職しても収入が下がらない、もしくは上がる人
会社からの強硬な退職勧奨があって、退職せざるを得ない環境にあるなどの場合はここでは除きます。
30代のうちに明確なキャリアプランに沿ってスキルを習得しておけば、早期・希望退職をポジティブな契機と捉えることができます。
しかし一般論で考えると、今働いている組織でそのまま働き続けたいと考えて、会社の方針に従い、上司の言うことを聞いて毎日仕事をしている方に、退職勧奨を含めて突然降ってくる場合が多いのが、この早期・希望退職制度なのではないかと思います。
上場企業の4割に役職定年あり
東洋経済新報社の調査によると、現在上場企業の40.5%において役職定年制度が運用されています。また、公務員についても、2023年4月に役職定年制度が導入され、原則的に60歳で役職定年となることが決まりました。
役職定年の制度が導入された背景には、段階的に進めている定年の延長があります。
高齢化のなか、人件費を圧縮するための措置として理解できる部分もありますが、働く一個人として考えれば、役職定年は明らかな年齢差別であり、同じ仕事を担当していて、能力も劣っていないのに、年齢だけを理由に一律に役職を外され、例えば給与が3割、4割下がるといった事態はおかしなことです。
諸外国においては、年齢による雇用に関する差別を禁止している国も多くあります。
日本においても、役職定年を廃止する動きも出てきていますが、その見返りとして、年齢と関係なく成果が求められる厳しい雇用環境への対応が求められることになります。
外部環境の変化、特にデジタル化が進んでAIが事務作業などを行えるようになる時代には、組織の中で求められる役割が急速に変化していきます。この変化に対応できる人、つまり、リスキリングして新たに求められるスキルを身につけていくことができる人に対しては、年齢ではなく、個々の姿勢や能力によって、今まで通りの働く環境があって然るべきです。
一方で、年齢を理由にリスキリングすることを拒むといったことになると、「これからの時代変化の中で、あなたは不要です」と言われてしまう要因を自ら作ってしまうことになるのです。
組織によって異なるものの、一般的に55歳から役職定年を開始する企業が多いようですが、この役職定年をどのように捉えるかについては、個人差があるように思います。
自分が働いている会社が好きだったり、やりがい、仲間などに満足している場合、役職を外され、給与が下がっても会社に残りたいという方も、一定数いるのではないかと思います。
また、満足していないにもかかわらず、もうしょうがないことだから、と完全に諦めてしまい、ただただ定年になるのを待っている人もいると聞きます。
「望まない仕事・給料減」でいいのか?
多くの方にとっては、望まない仕事で役職定年となり、さらに給与減少、そのまま会社に残るということは、これからの人生にとって大きなリスクではないかと私自身は思います。自分の残りの人生を自分でコントロールするためにも、リスキリングに取り組んでいただきたいのです。
企業などが独自に取り組み、法律で規定されていない役職定年とは異なり、定年は明確に「高年齢者雇用安定法」によって定められています。
かつては55歳定年が主流でしたが、1986年の「高年齢者雇用安定法」施行によって、60歳定年が努力義務になり、1998年には義務化されました。それ以降、60歳定年が社会的に定着しますが、2012年の同法の改正(施行は2013年)で、希望者全員の65歳までの雇用確保(定年延長、継続雇用など)が義務化されます。
公務員については、2023年4月より60歳だった公務員の定年が、段階的に65歳に引き上げられることが決まりました。さらに、2021年の高年齢者雇用安定法改正によって、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となりました。現時点では、この70歳というのが1つの指標になっています。
しかし今後、高齢化が進んで高齢の生活困窮者が急増すると、定年延長がさらに進む可能性もあるのではないかと思います。
2022年4月には、老齢年金の繰下げ受給の上限年齢が75歳まで引き上げられたことを考えると、75歳はまだ働くことができるという1つの期待値なのではないかと思います。今後、定年が75歳に引き上げられるという可能性もこれから否定できません。
何をお伝えしたいかというと、定年が75歳ということは、例えば現在50歳であれば、まだ25年も働く人生があるということです(もちろん、働く必要がなく引退できる方は除きます)。前述した役職定年に加え、定年後の再雇用の場合にも大幅な給与削減があります。
ただし、役職定年のときと一点異なるのは、退職金制度は日本の大半の企業で導入されていますので、多くの方には退職金が支給されるということです。
退職金の金額の大小は人によって異なりますが、当然、退職金が支給された後の人生設計をどう考えるのか、というのが大切になります。住宅ローンの繰上げ返済などに充当する場合には、生活していくためにも働き続ける必要がある方も多いのではないかと思います。
老齢基礎年金は月額7万円
65歳からは毎月老齢基礎年金を受け取ることもできますが、2024年現在、満額でも月額7万円弱です。
老齢厚生年金を受給できる方の場合はもちろん受給額が増えますが、病気や突発的な事故などに対する備えも考えると、定年後も働くことを前提に人生設計しておくと安心です。
そして、現在の勤務先で定年を迎え、嘱託社員として再雇用という立場になることについては、人によって相性があるのではないかと思います。
今までと同じ会社で働けることは大きな環境変化が少ない可能性もあり、安心な面もあります。年収は下がるものの仕事はあるというのは安心材料ですが、年齢という理由だけで年収減少という運命を受け入れるのか、それとも前もって準備をすることで、自分のやりたい仕事を60代でも、70代でもできるのか。
それはこれからの準備次第です。また、役職定年と同様、今までは自分の部下だった世代の人たちを上司に持ち、働く状態に耐えられるのか、快適に働くことができるのか、もよく考える必要があります。
私自身は40代のときに「職場のお荷物扱い」を何度かされたことがあるため、もう二度とそのような経験はしたくないという思いから、思い切ってリスキリングに取り組みました。
これからの人生を人に迷惑をかけない形で、自分でコントロールしていきたいと考える方には、まさにリスキリングが必要となるのです。
(後藤 宗明 : 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事 SkyHive Technologies 日本代表)