大田さんの夫(事実婚)のお通夜

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 新型コロナウイルスが感染症法上の2類相当とされていた頃、葬儀は「密になる」として厳しく制限された。5類に移行した今は制限こそ無くなったが、葬儀のあり方は大きく様変わりしている。その最新事情を『葬送の仕事師たち』著者の井上理津子氏がレポートする。【前後編の前編】

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【写真を見る】高級車の隣に棺桶が… 「ガレージ葬」まで登場

 コロナ禍での葬儀のキーワードは「家族葬超小型化」「一日葬」「直葬」だった。

 超小型の家族葬とは、参列者数が5人未満といったもの、「一日葬」は通夜をせずに葬式だけを行う形式、「直葬」は故人を安置場所から火葬場へ直行させるなど通夜、葬式ともせず火葬する形式のことだ。それらはコロナ禍に感染予防の観点から「“普通”にしなくても言い訳が立つ」と自ずと増えて定着した。

大田さんの夫(事実婚)のお通夜

「いずれもコロナ禍以前から増加傾向にあり、近い将来潮流になると予測されていましたが、コロナで5年早まった」と、葬儀業界誌「フューネラルビジネス」編集長の吉岡真一さんは言う。

 コロナがひとまず終息して1年。実際のところ、葬儀はどうなったのか。

「大規模久しぶり」「スピーチに感動した」

 私の友人の、事実婚の夫の葬儀から紹介したい。行われたのは昨年9月だ。

「彼は67歳。フィールドワークの主宰などもしていた在野の研究者で、現役。急死だったでしょ。彼とお付き合いのある人も急死の状況を知りたいはずだと思った。なので、家族葬の選択肢は初めからなかった。無宗教で行うのも当然だった」

 と、喪主を務めたその友人、大阪府在住の大田季子さん(66)が言う。葬儀の会場は大阪府吹田市の千里会館。「無宗教、献花、スピーチ」の形式で行い、通夜に約120人、告別式に約100人が参列した。私は通夜のみに参列したが、受付で白菊が渡され、着席する→花祭壇を背に大田さんと娘二人が立ち、大田さんがスピーチする→参列者が献花する→棺を開け、故人に「最後のお別れ」をする、という流れだった。

 メーンの大田さんのスピーチは、脳出血した経緯に始まり、生い立ち、高校教員から50代で研究者に転じたこと、酒好き、医者嫌いだったことなど、故人の人生が語られ、28分間に及んだ。「最後のお別れ」にも十分な時間が配され、多くの人が棺を囲んだ。

 帰路、私は共に参列した他の友人たちと「初めての形式」「大規模久しぶり」「スピーチに感動した」と感想を述べ合った。翌日の告別式は、故人の友人、元同僚、研究者仲間、大田さんが10分ずつマイクを握ったという。

「リアルにお顔を見てお別れ」の価値

 この葬儀を施行した公益社(本社=東京・大阪)を運営する燦ホールディングス(株)マーケティング企画部の松尾誠介さんは、「お別れ会」に近い特殊な例だとしながらも、「大田さんがなさったお式に『コロナ後』らしい点が含まれています。しっかりと『リアルにお顔を見てお別れ』をされたことです」とも話す。

「リアルにお顔を見てお別れ」は、コロナ感染死の人と対面できない時期があった反動で、今、その価値が見直されているそうだ。

 一方、大田さんが行った葬儀スタイルを「こだわりの一点追求型」と、葬儀現場一筋20年の堀井久利さん(48)=大阪市=は評す。

 パッケージ化された葬儀をそのまま行わず「こだわりの一点」を加える。大田さんの場合は、故人の“人となり”を伝えるスピーチだったわけだが、遺族によってまちまちだ。業者はそれを見越して提案する。

森のような空間を演出

「お花だけはこだわりたい」と強く思う遺族が増加傾向にある。主に女性だ。白木祭壇から花祭壇への移行が進んだのは周知のとおりだが、そのパイオニアが東京都品川区のリベント。「葬式の花もウエディングのように美しく」と考え、2002年の創業時から個性的な葬儀空間を作ってきた。ブランド名「花葬儀」は商標登録されている。

「弊社には空間デザイナーが6人いて、ご遺族から故人の人生を数時間かけて聞き取りするところから始めます。その場で空間デザインをスケッチ。社内に持ち帰り、葬儀プランナーらと演出面でのアイデアを出し合ってからトータルの企画を提案します」

 と、代表の三上力央さん(50)。

 日本最大の花卉(かき)市場、大田市場まで車で10分という地の利を生かし、新鮮かつ稀少な花を仕入れられるのも強みだ。あれこれ書くより、写真を見てもらう方が早い。一般的な花祭壇等との違いが分かるだろう。「六義園を散歩するのが好き」だった故人にその景色を、「小鳥のさえずり」を愛した故人に森のような空間を作り上げたという。5人での見送りに、500万円以上の花代を惜しまなかった遺族もいたらしい。

コンビニを居抜きで再利用する物件も

 場所に目を向けると、少人数の葬儀の需要に呼応して増加しているのが、小規模な葬儀場。中でも、近頃目立つのは、ロードサイドのコンビニやファミレスを居抜きで再利用する物件だ。

 アルファクラブ武蔵野 (埼玉県さいたま市)では、21年12月からこうした物件で、「1日1件」の家族葬に特化した葬儀場をオープンしていっている。現在19施設ある「さがみ典礼の家族葬(旧名・ソライエ)」のうち、8施設が改装物件だ。

 そのうちの一軒、同県行田市の施設へ行った。館内は白と木目が基調。洋風の燭台を置いた白い祭壇は実にシンプルだが、花を入れたら映えるだろうなと思った。式場は50人まで着席でき、真横に控え室。遺族が宿泊できる和室も遺体安置室もある。葬式費用は40万円〜と案内された。日本消費者協会の2022年調査では葬儀全体にかかる費用の平均が161万9000円だから、4分の1以下だ。

 ここはレストランの居抜き物件だったが、「適量の駐車場付きなので使い勝手がよく、霊柩車の出入りもしやすい上に、もとからバリアフリー設計なので、お年寄りのご利用が多い葬儀会館にフィットするんです」と、案内スタッフが説明してくれた。こうした居抜き物件は、工期が短縮されるのも利点だという。

トラックでどこでも葬儀

 まもなく大きな話題を呼びそうなのが「移動葬儀車」。5.5トンのトラックの荷台部分がスライドして広がり、16畳の葬儀会館として利用できるものだ。「いつでも、どこでも、あなたの村へ」がキャッチフレーズ。

 階段を5段上がってトラックの中に入ると、祭壇が前方に設えられ、僧侶の席と参列者用20席がずらり。トイレや宿泊できる控室付きのサポートカーとセットだ。

 岡山県笠岡市の吉相グループの葬儀社、絆が開発し、21年に誕生した。山間部の小集落で暮らしたお年寄りが、集落から離れた町の病院で亡くなり、家族葬が町の会館で営まれるようになったことが、開発の背景にある。吉相グループ会長の藤原清隆さん(74)が言う。

「家族より親しかった50年来の隣人の死を、葬式が終わってから知るケースや、訃報は届いても町の会館へ行く足がないケースが増え、心が痛むんです。この車が集落へ出向き、葬儀を行えば、近所の親しかった方々も参列できます」

 利用料金は55万円から。

 葬儀時の移動葬儀車の駐車スペースとして、すでに行政関係の土地100カ所、個人の土地50カ所の使用契約を完了しているという。

「6畳間が一つあれば」

 小さなトレンドになってきているのが自宅葬だ。

「故人様との距離感など、昔の自宅葬の“いいとこどり”をし、仰々しいことは排除。あたふたせずに時間を使えます」

 こう話すのは、16年設立の、その名も鎌倉自宅葬儀社(神奈川県鎌倉市)の馬場偲さん(40)。名刺の肩書きに「自宅葬コンシェルジュ」とある。

 葬儀業界に入って8年目に祖父が亡くなり、初めて遺族を経験。遺体は都合5日間自宅に安置後、会館で葬儀をしたが、自宅安置中こそが、家族で故人を囲む得難い時間になった。馬場さんのその経験が契機となって、同社は設立された。

「6畳間が一つあれば、棺と花瓶を置き、お寺さんも呼べます」(馬場さん)

驚異の「ガレージ葬」

 同県藤沢市在住の森正樹さん(53)は馬場さんに依頼し、今年3月6日に父(79)の葬儀を自宅ガレージで行った。

 そのガレージに伺ってびっくりした。外車のクラシックカー2台とレクサスがぎゅうぎゅうに置かれ、壁という壁に付いた棚に、ミニカーや車のエンブレム等がぎっしり。主の趣味が詰まった空間だ。

「一番お気に入りの居場所から父を送り出してあげたかったんです。最初、馬場さんはあぜんとされましたが、工夫してくださった」と森さん。

 レクサスを外に出しスペースを作って棺を入れ、ろうそくやバラの花を配置。馬場さんが見つけてきてくれた車高の低い霊柩車がギリギリ入った。身内9人。ロシア正教会の神父さんと聖歌隊3人に来てもらい、祈祷と聖歌30分の葬式となったという。

 父が大腸がんで臥してから森さんが自宅で介護し、口伝えの遺言をメモした。

〈(1)病状をトップシークレットに(2)家族葬に(3)葬式に名前を出すな(4)喪服NG(5)食事は豪華に(6)香典を受け付けるな(7)死去後6〜9カ月公表するな(8)延命治療はしない(9)最期は自宅で(10)ガレージで葬儀し、霊柩車で出て行く〉

 ほぼすべてかなえ、そしてガレージ葬だったのだ。「100%以上の満足です。私のときも『馬場さんに頼んで絶対に自宅で』と正樹らに伝えました」と、母・八重子さん(78)が言った。

リピーター割引で15万円に

 同じく自宅からの見送りでも、シンプルさと低価格にこだわり、4月29日、大阪市に暮らした父を見送ったのは、東京都内在住の坂本慎平さん(52)だ。葬儀社仲介業者「小さなお葬式」の利用は、母のときに続き、2度目だった。

「父は4月27日の22時22分に病院で息を引き取りました。病院が『朝までしか置けない』と言うので焦りましたが、小さなお葬式に電話すると、深夜2時に寝台車が来てくれた」

 坂本さんの父は「先逝く者は後人の手を煩わすべきでない」との考えを表明していた。2年前、献体登録をしていた母は自宅で亡くなり、そのまま自宅で家族葬を営んだが、その後父は、「自分のときは葬式も要らないぐらい。できるだけ簡素に」と坂本さんに言い、「私には確たる宗教心はありませんし、戒名も墓も作るつもりはありません。通夜、葬儀、お別れ会等も一切遠慮させていただきます」と遺書に記した。

 そのため、坂本さんは迷わず「直葬」を希望した。しかし、火葬場が29日16時まで空きがなく、「いったん自宅へ」となった。

 結果、父の遺体を実家のリビングルームの大テーブルに36時間置き、その間に親族が花束を手にやってきた。

「納棺師も感じのいい人で、納棺がお別れ会のようになり、結果的によかった」と坂本さん。費用はリピーター割引が利いて、約15万円で済んだ。

「小さなお葬式」ブランドは09年10月に大阪市のユニクエストが始め、全国展開している。葬儀社仲介なので、実際の施行に来るのは下請けの葬儀社だ。受注件数は19年約5万件、23年約8万件。「コロナが追い風になり伸びています」とマーケティング部の澤成はるなさん。火葬式(直葬)、一日葬、一般葬などのプランのうち、火葬式と一日葬が全体の7割を占めているという。

自ら葬儀社の働きをする「お寺葬」

 最後に、自ら葬儀社の働きをして「お寺葬」を行う2寺を紹介したい。

 まず、埼玉県熊谷市の曹洞宗見性院(けんしょういん)。12年に檀家制度を廃し、寄付などの縛りのない個人単位の会員組織に変更。布施の額を明示する。送骨を受け付ける。生き残りを懸け、そのような斬新な取り組みをしてきた中、葬式の自主運営も20年前から行ってきた。

「阿弥陀如来のご本尊を前に、木魚の音一つとっても重みが違うと思います」

 と、橋本英樹住職(58)。確かに、本堂・内陣はこの上なく荘厳かつ華麗だ。

 2年前に中古のアルファードを買ってスライド式ベッドを付け、緑ナンバー登録。それまで唯一外注だった遺体搬送も自分たちで行うようになった。遺体安置、清拭(せいしき)、着替え、化粧、納棺、葬式、出棺……。僧侶5人、職員15人の全員がいずれかの工程を担当するが、それぞれ専門家から学び、葬儀社員に引けを取らないスキルを身に付けているという。

 熊谷市内在住の赤澤美智子さん(65)=仮名=は、3月5日に母(87)の葬儀を見性院で行った。

「母は2晩、見性院の安置室にお世話になりましたが、朝夕のお勤めもあり、常に人がいらっしゃるので寂しくなかったと思う。お葬式はとても厳かで、極楽浄土への旅立ちをご本尊が祝福してくれていると感無量でした」

「地域の方々と共に生きて、死んでいく覚悟」

 もう一カ寺は神奈川県大磯町の東寺真言宗東光院。

 着いて、目を見張った。本堂の半地下が、「生老病死」関連の本が約2500冊並ぶ、広いフリースペースだったからだ。老若男女7〜8人が思い思いにくつろいでいるのと同じ空間に、大澤暁空(ぎょうくう)住職(39)と寺務・執事の古井昇空(しょうくう)さん(44)がいらした。

「平成29(2017)年に葬儀を始めた理由ですか? 寺の時間軸は長い。大磯という土地で、私たちは地域の方々と共に生きて、死んでいく覚悟だからです」

 と大澤住職。どういうことか。

 古井さんが、「夫が自死したAさん」を例に挙げた。Aさんは損傷の激しい夫の遺体と対面した。他に対面をしたのは、警察と葬儀社の担当者だけだ。何十年も経て、Aさんが込み上げる思いを吐露したくなったとき、警察や葬儀社の担当者は元のポジションにいないだろう。「転職も転居もない自分たちが見送りをお手伝いしていたなら、後にAさんの思いを聞くためのステージに立てたのではないか。そんな後悔があるんです」と。

営利を追求しない

 葬儀社と同様、あるいは同様以上の工程をすべて二人で行う。くぼんでいる目の付近に詰め物をしてふっくらさせる、膨れている腹からカテーテル等を通して腹水を抜くなど、遺体を生前の元気な頃の姿に近づかせる技のほか、湯灌(ゆかん)や死化粧、納棺の手法も「復元納棺師」に師事して習得した。葬儀社に依頼すると価格が跳ね上がるそうした技も、ここでは無償。通夜30人、葬儀20人を想定した葬儀費用は、会食や返礼品など全てを入れて30万1814円。棺やケア用品などは仕入れ値に全く利を乗せず、「実費弁償」というやり方を採用。遺体の搬送車に白ナンバー車を使用しているのも、営利を全く追求しないからだ。

 葬儀は、檀家に限らず、「どなたでも」引き受ける。近ごろとみに依頼が増えており、今年度(24年6月決算)は50件を超えそうだという。

 ちなみに、この寺はどこから収入を得て成り立っているのかと聞くと、「布施や護持会員からなる活動支援金です」と二人。葬儀を入り口に檀信徒になる人が少なくないとも。また、決算を開示しており、5年分の決算報告を明記した冊子を私にも下さった。

 ことほどさように、葬儀のありようは、今、多様化の一途をたどっているもよう。「死」を考えさせられたコロナ禍が、人々の「右へ倣え」思考に反省を促したのか。「小さく安く」に行き着き、私たちは「心」を置いてきぼりにしていたことに気付いた。揺り戻しがゆっくりと始まっているのかもしれない。

 後編「『“俺、墓がないんだよ”と呟いた元夫を納骨できた』『ペットと入れるお墓も』 コロナ後のお墓のトレンドとは」では、30万円で有名寺院にお墓を作る方法や、ペットと同じお墓に入る方法など、お墓の最新トレンドを紹介している。

井上理津子(いのうえりつこ)
ノンフィクション・ライター。1955年奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌を経てフリーに。人物ルポや町歩き、庶民史をテーマに執筆。著書に『旅情酒場をゆく』『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『絶滅危惧個人商店』『師弟百景』『葬送のお仕事 (シリーズお仕事探検隊)』など。

「週刊新潮」2024年7月4日号 掲載