多くの科学者は、大昔の「火星」の環境は地球と似ており、独自の生命が発生していたと考えています。火星の探査が進めば進むほど、生命の存在を肯定する証拠が数多く見つかっています。しかし今のところ、生命の存在を直接的に証明する証拠は見つかっていません。


アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査車「パーサヴィアランス(Perseverance)」の科学チームは、2024年7月25日付の記事で、数十億年前の生命の直接的証拠であるかもしれない、潜在的に重要な岩石の発見を報告しました。多くの謎が未解決のままであるため、現時点では火星独自の生命の証拠であると確定させることはできませんが、このサンプルを地球で調べることができれば、より多くのことが分かるでしょう。


【▲ 図1: 今回分析された岩石「チェヤヴァ・フォールズ」にあるヒョウ柄の斑点は、数十億年前にいた火星の生命の痕跡である可能性があります。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)】

■極めて興味深い岩石「チェヤヴァ・フォールズ」の発見

現在の「火星」は文字通り荒涼とした土地が広がっており、今のところ生命は見つかっていません。一方、数十億年前の火星では、広大な海が広がる穏やかな環境が少なくとも数億年間持続していた可能性が高いことから、大昔の火星には独自の生命が誕生していたという説があります。


数々の証拠により、数十億年前の火星は、生命が発生できるほど穏やかな環境であったことはほぼ疑いようのない状況となっていますが、その一方で、火星に生命が存在したという直接的な証拠はこれまでに見つかっていません。生命と結びつけることのできる間接的な証拠は見つかるものの、これらは生命活動とは関係のない自然現象でも説明ができるため、証拠としては弱いものでした。


【▲ 図2: 2024年7月23日に撮影された62枚の画像を合成したパーサヴィアランスの自撮り写真。今回分析されたチェヤヴァ・フォールズは写真の中央、探査機の左側に写っています。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)】

しかし、NASAの火星探査車「パーサヴィアランス」の科学チームが2024年7月25日付で投稿した記事は、これまでとは少し異なり、数十億年前の火星にいた生命の存在を示唆する、興味深い岩石について説明しています。


今回調査された岩石は、幅約400mの「ネレトヴァ渓谷(Neretva Vallis)」の北端に存在します。この渓谷は太古の川の後であり、「ジェゼロ・クレーター(Jezero crater)」(※1)内部へと流れ込んでいました。


※1…スラブ語派の発音では「イェゼロ」に近い。


【▲ 図3: 今回分析されたチェヤヴァ・フォールズには、コアサンプルを採集した穴と、分析のための削り跡が見られます。隣には「スチームボート・マウンテン」という愛称が付けられた岩石があります。どちらもグランドキャニオンにある地名に因んだ名称です。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS / 日本語加筆は筆者(彩恵りり)による)】

この大きさが約1m×0.6mある岩石は、アメリカのグランドキャニオンにある滝に因んで「チェヤヴァ・フォールズ(Cheyava Falls)」という愛称が付けられました。同年7月21日にドリルによるコアサンプルの採集が行われ、その後の数日間でコアサンプル及び岩石の表面を削った部分の分析が行われました。


パーサヴィアランスの紫外線ラマン分光計「SHERLOC」による分析では、チェヤヴァ・フォールズには有機化合物が含まれていることが分かりました。水が流れた場所での有機化合物の検出は生命を予感させますが、有機化合物は生命とは関係のない化学反応で生成されることもあるため、これだけでは生命の証拠としては不十分であると言えます。


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■ヒョウ柄の斑点は生命のエネルギー源の痕跡か?

【▲ 図4: チェヤヴァ・フォールズにはヒョウ柄と表現される斑点があり、微生物の活動と関連付けられています。他にも、カンラン石を初めとした様々な鉱物が写っています。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS / 日本語加筆は筆者(彩恵りり)による)】

しかし、チェヤヴァ・フォールズには他にも興味深い物質が含まれています。まず、岩石全体を白っぽい硫酸カルシウムの脈が走っています。この脈の間には、火星の赤い外観の原因である赤鉄鉱(ヘマタイト)と思われる赤っぽい物質が含まれています。この赤っぽい部分にはミリメートルサイズの不規則な形をしたオフホワイトの斑点があり、さらにこの斑点は、ヒョウ柄に例えられている黒い物質で囲まれています。


パーサヴィアランスの蛍光X線分析装置「PIXL」がこの黒い物質を調べたところ、鉄とリン酸が含まれていることを突き止めました。科学チームはこの点に驚かされています。このような組成を持つ斑点は、地球では主に陸上の堆積岩で見られ、地表より下にいる微生物の活動と関連付けられているからです。


地球の堆積岩で起こる反応では、岩石に含まれる赤鉄鉱が化学反応によって赤から白っぽい色へと変化する過程で、白っぽい部分から鉄とリン酸が放出され、黒っぽい色に変色する化学反応も生じます。この時に発生するエネルギーは、微生物の活動の源ともなります。


有機化合物が見つかった場所で、微生物の活動の痕跡と似た構造が見つかるのはとても興味深いですが、生命が関与しない形でチェヤヴァ・フォールズに見られる構造が生じるルートも考えられます。まず、有機化合物を含んだ泥が堆積し、やがて堆積岩となります。その後、岩石の亀裂に硫酸カルシウムを含む流体が流れ込み、隙間を埋める形で硫酸カルシウムが成長すれば、現在のチェヤヴァ・フォールズのような構造の岩石が生じます。このため、チェヤヴァ・フォールズはかつての生命の存在の証拠であるかもしれませんが、確定的に言うことはできません。


チェヤヴァ・フォールズには他にも謎があります。それはミリメートルサイズのカンラン石(橄欖石)の結晶が含まれていることです。カンラン石は高温のマグマから生じる鉱物であり、堆積岩の中では自然発生しません。真っ先に思いつく可能性は、ネレトヴァ渓谷のさらに上流側にマグマが固まってできた火成岩があり、川の流れで分離した結晶が泥と共に堆積し、固まったという説です。これならば、堆積岩に高温で生じる鉱物が含まれていてもおかしくはありません。


一方で、カンラン石が存在する理由は別にあるかもしれません。なぜなら、カンラン石や硫酸カルシウムは、どんな生命でも死滅してしまうほどの高温の物質が堆積岩へと混入した証拠かもしれないからです。そうなると、微生物の活動に関連付けられた黒い物質は、単に高温による非生物的な化学反応で生じたものかもしれません。チェヤヴァ・フォールズを生命の証拠だと主張するには、この大きな疑問に答える必要があります。


【▲ 図5: 地球外生命の兆候探しでは「CoLD(生命検出の信頼性)スケール」と呼ばれる7段階の指標がしばしば使われます。今回分析されたチェヤヴァ・フォールズはステップ1の典型例であり、ステップを登るにはさらなる分析が必要です。(Credit: NASA & Aaron Gronstal / 日本語訳は筆者(彩恵りり)による)】

残念ながら、現段階ではこれ以上のことを語ることはできません。 “六輪の地質学者(six-wheeled geologist)” と例えられるほど多彩な分析装置を搭載しているパーサヴィアランスですが、それでも可能な科学的分析は手を尽くした状態となっています。


■これ以上の情報は “忍耐強く” 待つ必要がある

【▲ 図6: 今回採集されたチェヤヴァ・フォールズのコアサンプル。これは将来的に地球に持ち帰るまで、パーサヴィアランス本体に収納されます。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)】

科学チームの1人であるカリフォルニア工科大学のKen Farley氏が「チェヤヴァ・フォールズはこれまでパーサヴィアランスが調査した岩石の中で、最も不可解で複雑、そして潜在的に重要な岩です(Cheyava Falls is the most puzzling, complex, and potentially important rock yet investigated by Perseverance)」と語っている通り、この岩石は極めて興味深い発見です。たとえ生命の証拠とはならないとしても、この複雑な構造の岩石には、火星の歴史に関する地質学的に重要な情報が含まれているでしょう。


いずれにしても、チェヤヴァ・フォールズから今以上の情報を引き出すには、地球にコアサンプルを持ち帰り、さらに詳しい分析を行う必要があります。NASAと欧州宇宙機関(ESA)は、火星で採集されたサンプルを地球へと持ち帰る「火星サンプルリターンミッション」を計画しており、パーサヴィアランスが採集したサンプルもこの計画の中に含まれています。


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この計画が実現するまで、チェヤヴァ・フォールズを含む数十本のコアサンプルは、パーサヴィアランス本体の中に保管されます。そして私たちは、サンプルが地球へと届き、詳しい分析がされるまでは、パーサヴィアランス(日本語で「忍耐」の意味)の名が示すように “忍耐強く” 待つ必要があります。


 


Source


Jet Propulsion Laboratory. “NASA’s Perseverance Rover Scientists Find Intriguing Mars Rock”. (NASA)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部