デザイン、特にフロントマスクに「シンプルで物足りない」という声があるという

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2023年10月6日に発売となった3代目N-BOX(写真:本田技研工業)

ホンダ「N-BOX」の売れ行きが低迷している。2024年上半期(1〜6月)の届け出台数は、月平均1万6780台でランキングとしては1位であったが、対前年比は10.3%のマイナスだった。

現行(3代目)N-BOXは、2023年10月にフルモデルチェンジした新型車だから、本来なら2024年上半期は前年同期より大幅に増えるはずだ。新型になって売れ行きを落とすのは、異例だといえる。


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クルマの一般的な販売推移を見ると、フルモデルチェンジを実施した直後がもっとも多く、時間の経過にともなって減っていく。フルモデルチェンジ直後に低迷すれば、今後はさらに落ち込むだろう。

以前は半導体の供給不足などにより、フルモデルチェンジ直後でも十分に生産できず、納期が遅延して納車できない状況があった。しかし、今はほぼ回復したから、販売不振の原因は商品力だと考えられる。

「物足りない」というユーザーの声

そこで、N-BOXの売れ行きを販売店に尋ねると、以下のように返答された。

N-BOXの生産は、(2024年)1月に発生した能登半島地震の影響で、短期間ではあるが遅延した。その結果、販売台数が減った事情もあるが、売れ行きには外観の変更も影響している。新型は、先代と比べてフロントマスクなどがシンプルだ。標準ボディはお客様の評判も良いが、カスタムについては『物足りない』『先代のほうが好み』という声も聞かれる」

販売店が指摘する通り、新しいN-BOXは、フロントマスクのデザインが先代型よりもシンプルになった。

標準ボディのユーザーは、シンプルな外観を好むからニーズに合うが、カスタムを求める層は違う。カスタムの魅力はアクの強い存在感だから、これをシンプルにデザインすると、ユーザーのニーズから離れてしまう。

【写真】先代と現行モデルの違いは?「N-BOX」を詳しく見る(30枚以上)

文字通り“クルマの顔”であるフロントマスクの形状は、クルマの売れ行きに大きな影響を与えるため、その評判が下がると販売不振の原因になる。

ホンダの場合、フロントマスクの失敗はほかの車種にも見られる。たとえば、2015年に発売された先代「ステップワゴン」は、N-BOXカスタムに相当するエアロパーツを装着した「スパーダ」のフロントマスクを穏やかな表情に仕上げた。


2015年発売のステップワゴンスパーダ(写真:本田技研工業)

このとき開発者は、「エアロ仕様の派手なフロントマスクは、ほかのミニバンが採用している。そこでステップワゴンは、あえて個性を追求した」と説明した。

ところが、2017年のマイナーチェンジで、大型メッキグリルを装着してフロントマスクの存在感を強めた。改めてその理由を開発者に尋ねると、「売れ行きが伸び悩んだから」と返答された。同様の失敗をN-BOXでも繰り返しているといえる。


ステップワゴンスパーダの2017年マイナーチェンジモデル(写真:本田技研工業)

個人的には、周囲のクルマを蹴散らすようなデザインは、好ましくないと思う。特に世の中が殺伐としている今、街中の雰囲気に影響を与えるクルマのフロントマスクは、もう少し穏やかな表情であってほしい。

しかし、N-BOXカスタムもステップワゴンスパーダも、理想を追求して売れ行きが低迷すれば、結局はフロントマスクを派手なデザインに変更する。それなら最初から、もう少し上手にデザインすべきではないか。

ホンダの場合、コンパクトカーの「フィット」もフロントマスクの評判がよくないため、これも今後のマイナーチェンジなどで大幅に改めると思う。

実直な改良は評価できるが…

新型になったN-BOXでは、内装のデザインも大きく変更した。インパネは、先代型に比べて上端の位置を70mm下げていることが特徴で、インパネ上面も平らに仕上げて、前方視界を向上させている。

特に小柄なドライバーには、運転がしやすくなったといえるだろう。メーターは液晶のデジタルに変わり、表示できる情報量も増えた。

一方、インパネ上端を下げたことで、上下方向の厚みとボリューム感が減っている。装飾も控え目になったから、先代の前方視界に不満を感じなかったユーザーの中には、新型では物足りないと感じる人もいるだろう。


N-BOXカスタムのインストルメントパネル(写真:本田技研工業)

ステアリングホイールは、先代は3本スポークだったが新型は2本スポークになった。ここに不満を抱く人もいるはずだ。

収納設備も変更された。先代N-BOXは、トレイや蓋付きのボックスを豊富に設置していたが、新型N-BOXはグローブボックスの容量を2倍に増やした一方で、収納の数は減った。シンプルになった内外装を含めて、全体的にコストダウンされた印象を受けてしまう。

実際に、コスト低減は新型N-BOXの狙いのひとつであったようだ。先代の時点で「N-BOXは販売台数が多いわりに、あまり儲からない」という話が、ホンダの社内から聞かれていた。装飾類を抑えたシンプルな外観と内装、収納設備の削減などは、コスト低減の方向性と合致する。

「大幅値上げした」ように見える

新型は、価格も販売に影響を与えた。販売店では次のように述べている。

「新しいN-BOXは、もっとも安価なグレードでも160万円を超える。その分だけ安全装備などは充実するが、新型では値引きも減ったから、高くなったと受け取るお客様もいる」

先代の価格は、フルモデルチェンジ直前時点で、もっとも安価な標準ボディの「G」が146万8500円、売れ筋の「L」は159万9400円であった。新型の標準ボディは164万8900円だから、価格だけで見ると先代のLよりも約5万円高い。


N-BOX標準車はグレードがなくなり1モデルとなる(写真:本田技研工業)

内容面では、サイド&カーテンエアバッグが標準装着に変更された一方、前席シートヒーターなどは、標準装着から新型ではオプションに変わった。しかし、先進安全装備の機能は大幅に進化しており、値上げ額以上に選ぶ価値は高まったといえる。

それでも販売店がコメントしたように、一番安価なグレードが146万8500円から164万8900円へと約18万円も上がれば、値上げした印象が強まる。

価格を140万円台に抑えた先代型のGは、装備が乏しく人気も低いグレードだったが、N-BOXの価格を割安に感じさせる効果は発揮していた。

このほか、新型の売れ行きに影響を与えた要因として、先代N-BOXの高人気も挙げられる。先代型は2017年の発売以降、国内年間販売台数1位をほぼ一貫してキープしたから、N-BOXの購入を希望する大半のユーザーに行きわたった。その結果、新型のニーズが下がっている。

ライバルの「わかりやすい」商品力アップ

ライバル車の動向も見逃せない。N-BOXとほぼ同じ時期に、スズキ「スペーシア」も新型にフルモデルチェンジしているのだ。

新しい「スペーシアカスタム」は、従来型以上にフロントマスクの存在感を強め、インパネの周辺も立体的に仕上げた。新型になって大人しくなったN-BOXとは対照的だ。


2023年11月に発売された2代目スペーシアのカスタムモデル(写真:スズキ)

売れ筋グレードの後席には、ミニバンのオットマンに似たマルチユースフラップが備わり、リラックスして乗車できる。フラップを反転させると、後席の上に置いた荷物が床に落ちにくい工夫も施した。さらにスペーシアは、エアコンの冷気を後席に送るスリムサーキュレーターなども採用しており、収納設備も豊富だ。

また、マイルドハイブリッドを採用するスペーシアは燃費もよく、自然吸気エンジンの売れ筋グレードで23.9km/L(WLTCモード)に達しており、N-BOXの21.6km/Lに比べると、燃料代を約10%節約できる。

N-BOXとスペーシアを乗り比べてみると、N-BOXのほうが優れている部分も多い。動力性能、走行安定性、ステアリング操作に対する車両の応答性、乗り心地、前後席の座り心地などの基本性能は、N-BOXが上まわる。

スペーシアの後席は、マルチユースフラップが使い勝手を高めている一方で、座面の硬さに偏りを生じさせており、座り心地はいま一歩だ。


現行スペーシアの新装備であるマルチユースフラップ(写真:スズキ)

しかし、外観の存在感、内装の見栄え、快適装備のわかりやすさなどは、スペーシアが勝っている。

N-BOXの開発者は「内装の形状を工夫したから、スリムサーキュレーターがなくても、後席までエアコンの冷気が届く」というが、そういう話ではない。天井に送風機が装着され、後席に座った乗員の顔にエアコンの冷風を当てられることが、有り難みや価値なのだ。

これらの効果により、スペーシアの売れ行きは好調で、2024年上半期は前年同期比で40%も増えた。販売が1.4倍に増えた分、10.3%減ったN-BOXとの差が縮まったわけだ。


標準車以上にデザインが大人しくなったと言われるN-BOXカスタム(写真:本田技研工業)

実際、2024年5月はスペーシアが国内販売の1位になってN-BOXは2位に後退している。6月はN-BOXが抜き返したが、スペーシアがN-BOXを上回ったのは、2022年5月以来だからニュースである。

なお、スペーシアを扱う業販店(複数メーカーの車両を販売する小規模ディーラー)からは、次のような話も聞かれた。

「ダイハツが認証不正問題で『タント』の出荷を停止したときは、お客様が一時的にスペーシアに乗り替えた。ホンダとは付き合いがないため(業販店の販売比率はスズキとダイハツが圧倒的に高い)、N-BOXへの乗り替えはなかった」


マイナーチェンジで大幅にフロントマスクを変えてきたタントカスタム(写真:ダイハツ工業)

あくまでタントの出荷停止期間中の話だが、スペーシア好調の背景には、ダイハツの認証不正問題もあったと見られる。

新しいN-BOXの真価はこれから

ホンダにとってN-BOXの不振は、深刻な問題だ。近年のホンダでは、N-BOXの販売比率が過剰に増えて、2023年に国内で販売した新車の約40%をN-BOX(主に先代型)が占めていた。N-BOXの不振は、国内販売全体に影響する。

そこでホンダは、先代のときと違ってN-BOXの販売促進を積極的に行っている。残価設定ローンなどに実質年率2.5%の低金利を適用したり、5万円のディーラーオプションをプレゼントしたりといった施策を実施。N-BOXは今後、ますます購入しやすくなるだろう。


2トーンルーフなどを採用するN-BOXカスタム・コーディネートスタイル(写真:本田技研工業)

また、N-BOXの販売をテコ入れする対策として期待されるのが、「N-BOXジョイ」という車名が噂されている派生車種だ。スズキ「スペーシアギア」、ダイハツ「タントファンクロス」、三菱「デリカミニ」と同様の、SUV風のモデルである。

このクルマについて販売店に聞くと、以下のように説明された。

「詳細は未定だが、SUV風の派生車種が(2024年)9月か10月ごろに追加されることは間違いない。車名はジョイになる。標準ボディをベースに、外観をSUV風にアレンジして、エンジンはターボも用意する」

N-BOXジョイは、今までのN-BOXの経緯を踏まえて開発され、デザイン、機能、価格も含めて魅力的な商品になるに違いない。新しいN-BOXの真価は、これから発揮されるのだ。

【写真】新型「N-BOX」のデザインを改めて見る(30枚以上)

(渡辺 陽一郎 : カーライフ・ジャーナリスト)