公務員試験の倍率は驚異の3572倍…「学生の2人に1人が無職」の中国で共産党加入者が殺到する深刻な理由
■24年大卒者の就職内定率は5割以下に
「中国恒大集団」「碧桂園」など大手不動産会社の経営悪化から端を発した中国の経済低迷が想像以上に深刻化している。
7月1日、北海道・占冠村にある「星野リゾートトマム」を所有していた中国企業「豫園商城」が、約408億円で同施設を都内にある不動産投資合同会社に売却したことが報じられ、「資金繰りの悪化が想像以上に深刻なのでは……」との憶測を呼んでいる。中国の今年第1四半期の経済成長率は5.3%と回復基調にあるものの、不動産業の不振は変わらず、内需も低迷しており、中国経済に明るい見通しは立っていない。
そうしたこともあり、若者の就職難が極めて厳しい状況となっている。今年5月、学生を除いた16〜24歳までの若者の失業率は14.2%で、ここ数カ月、高止まりしている。
とくに深刻なのが大卒者の就職難だ。6月〜7月はちょうど中国の大学の卒業シーズン(9月が新学期)に当たり、各大学で卒業式が行われている。今年の卒業生は大学院生を含め、過去最多の1179万人に上るが、就職内定率は約48%と5割以下にとどまっており、コロナ禍前(2019年)の75%を大きく下回っている。
■“延命策”として大学院志望者が殺到
大卒者の2人に1人は就職先が決まらないまま、大学を卒業することになるが、中国南部の大学で教鞭を執る筆者の知人の教授は「(卒業式に着用する)礼服姿で、卒業式を迎えたときはうれしそうだったが、『先生、私、明日からどうしよう……』とつぶやいた学生もいて、彼らの今後がとても心配です。若者が仕事もせずブラブラしているのは、社会不安にもつながりかねない……」と話していた。
東北部にある大学で教える別の知人は「東北部はとくに就職先が少ない上、初任給も安く、就職内定を勝ち取るのは非常に厳しい状況です。私が教えるのは外国語学部なので、就職できないなら、この際、ということで留学を決めた学生も多い。行き先は海外の大学院や語学学校などですが、延命策に過ぎないとも感じます」と語る。
24年3月、中国教育部(日本の文科省に相当)の発表によると、23年の大学院の受験生は約400万人で、合格者は約130万人だった。修士課程、博士課程ともに合格者は増加しており、就職できなかった学部生が大学院進学に押し寄せる、という現象も起きている。少しでも自身の学歴を上げ、いい就職があったときに備えるということだ。
しかし、前述の知人は「大学院進学希望者も多すぎて、簡単に進学できなくなってきたため、留学という選択肢をとる」というが、留学するには経済力が必要であり、それも誰もができるというわけではない。
■日本以上に過酷な「椅子取り合戦」が起きている
また、この知人は「ほかの学科の学生は就職浪人したり、アルバイトしながら公務員を目指したり、という感じですが、なまじ大学まで進学したため、仕事を選り好みする学生もいて、なかなかマッチングがうまくいっていないのが実情だと思います」と語る。
中国では日本のように明確な「就活」シーズンはなく、リクルートスーツを着て企業の説明会に行く、という習慣もあまりない。企業の合同説明会や就職フェアのようなものは存在するが、日本のそれとは異なり、皆が参加するというものではない。個別の企業がツテのある大学や各教授の研究室を訪問して数人募集したり、親のコネで企業に口を利いてもらったりするというケースはある。
中国で人気の企業の就職先といえば、大手銀行や大手石油会社などの国有企業や、電話会社、通信会社、その他、いわゆるBATH(百度、アリババ、テンセント、ファーウェイ)と呼ばれる有名IT企業などだが、そうした企業に就職できるのは、ごく一握りの成績優秀者だけだ。中国は人口のわりに、大手企業の数が少なく、大学受験同様、「椅子取り合戦」は熾烈だ。
■公務員試験の倍率は驚異の「最大3572倍」に
以前からそうだったが、2020年からのコロナ禍による長引く不況、21年から実施された「共同富裕政策」(ともに豊かになる、という意味の政策で、格差是正が目的。大手IT企業は寄付を強いられ、学習塾の一部は閉鎖に追い込まれた)の影響により、若者に人気があった新興企業への就職も、なおいっそう、厳しいものになってしまった。
そうなると、中小企業に就職するか、地元に帰って就職を探すか、公務員を目指すか、などの選択肢になる。前述のように、大学生の中には、無名の中小企業への就職は「メンツが立たない」という理由で希望しないことも多く、地元(地方)に帰って就職するといっても、地元には大手企業が少なく、給料も少ない。そうしたことから、公務員の受験者がこれまでになく増加している。
中国で公務員試験は「国考」(グオカオ=国家公務員考試の略)と呼ばれる。23年10〜11月に行われた公務員試験の出願者は過去最多の303万人に上り、平均倍率は77倍になった。最も競争率が激しい職種の倍率は3572倍といわれ、「宝くじに当たるよりもずっと難しい」とまで言われた。
公務員は、中国では「鉄飯碗」(ティエファンワン=鉄でできたご飯茶碗=決して割れないという意味から、絶対安定を意味する)と呼ばれ、もともと人気があった。
■「朝9時から夜9時まで週6日」は無理でも…
一時期はアリババ、ファーウェイなどの大手ITのほうが「給料が高い」などの理由で人気だったが、大手ITは「996」(朝9時から夜9時まで週6日働くこと)で、出世競争も厳しいことからストレスも多く、深夜まで働くことも多い。リストラも頻繁に行われるため、不景気になって以降は、再び公務員の人気に火がついた。コロナ禍により、さらに人気が増し、このような倍率になったのだ。
公務員試験の出願者数は09年に初めて100万人を超え、20年は157万人、23年に300万人を突破した。あまりにも急速な人気ぶりから、いかに今の中国が就職難であるのかを逆に物語っているかのようだ。
公務員の給料は高くない上に、海外旅行などの渡航制限(所属によって異なるが、1年に3回まで、と規定されているところもある)があるなど、不自由な面もある。だが、残業がほとんどなく、民間企業のような出世競争もあまりないこと、景気に左右されないなどの理由から、志望者が後を絶たない。
筆者の20代後半の知人女性は、北京出身で、北京の中堅大学を卒業後、数年前に準公務員的な公的機関の職員になった。正規の公務員ではないが、ほぼ公務員と同様の待遇を受けられることに満足していた。
■中国共産党員が「奥の手」になる理由
その女性によれば、勤務先には朝9時に出勤し、退勤は午後5時。残業は皆無で、昼休みはたっぷり2時間(11時〜13時)あるので、昼食を食べに自宅に帰ったり、別の組織に勤務する友人とゆっくりランチに出かけたり、昼寝をしたりすることもあると話していた。
給料は約8000元(現在のレートで約17万6000円)と、一流企業に比べれば多くはないが、その女性は親と同居しているため「不満はない」という。おまけに、勤務先内の売店には、市場よりも安い野菜なども売られていて、特別価格で購入が可能など、特権もあるとの話だった。
だが、前述の通り、公務員試験に合格するのは並大抵ではなく、多くの人は受験に失敗、挫折する。就職浪人の末、どこかの企業に潜り込むしかないというのが現実だが、そうしたご時世もあり、昨今、若者の間で増えているのが中国共産党の党員になる、という「奥の手」だ。党員になれば、少しでも就職に有利になる、という目論見からである。大学院に進学したり、留学したりするのに加えて「箔づけ」の一つともいえるかもしれない。
■論文や党員の推薦書、研修も必要
6月30日、中国共産党は、23年末に党員数が約9918万人に達したと発表。24年中に1億人を突破することも明らかになった。人口14億人に占める党員の割合も7%にまで上昇しており、人気が高い。
だが、誰でも望めば共産党員になれるか、といえば、そうではない。筆者はこれまで何度か、党員にインタビューしたことがある。いずれも30代〜50代の在日中国人だったが、彼らによれば、党員になる=エリートの証であり、中国では悪いイメージはないどころか、以前から「とてもいいイメージ」だったという。30代後半の女性は、大学在学時に先生から推薦され、党員を目指したという。当時、それはとても名誉なことで、「推薦されて、とても誇らしい気持ちでした」と語っていた。
党員資格を得られるのは18歳以上で、中国の数え年で高校2年から入党できるが、実際には大学入学後という人が多い。成績優秀者の場合、たいてい先生からの声かけがあり、自身も望むなら入党申請書、論文、党員の推薦書などの書類を揃(そろ)えて党に提出。審査を経て、まず予備党員になる。1年ほど研修を積み、党規約などを勉強して、問題がなければ、正式に党員になる、というのが一般的な流れだ。
■習近平政権への忠誠ではない“切実な本音”
その女性は大学時代に党員になったが、当時は1学年で数人だけしか党員になれず、「党員になったら、国有企業や有名企業への就職がほぼ約束されているようなもの。いわば、党からのお墨付きを得られたということです。家族にとってもとても喜ばしいことであり、鼻が高かった。友だちからも羨ましがられた」と語っていた。
昨今の就職難により、党員になりたい人はどんどん増えており、それが1億人に迫る党員数の増加にも表れている。別の在日中国人の党員によれば「かつてに比べれば、そこまで狭き門ではなくなった。中くらいの成績では党員にはなれないが、ある程度優秀であれば、党員になることができ、就職や結婚にも有利に働く。自分のスペックをひとつでも増やしておきたい、という気持ちの人も増えているのではないかと思います」と語っていた。
ナショナリズムの高まりによって、共産党愛が芽生え、党員になるという人も中にはいるかもしれない。だが、若者たちが党員になりたいと望む背景には、習近平政権への支持や愛党精神よりも、自身の「スペックづくり」「就職に有利」という現実的な理由、本音が隠れているのかもしれない。
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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)