井上尚弥はなぜ「最強」なのか “天才アマ”が語った高3の衝撃「これは彼と“やった奴”にしか分からない」

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フィリピンのオマヤオとのプロデビュー戦で鮮烈なKO勝利を飾った井上。この時から彼のポテンシャルは発揮されていた。(C)産経新聞社

井上が弱肉強食の業界で一線を画すワケ

 井上尚弥(大橋)と対戦する直前、対峙する誰もが「俺が勝つ」「あいつは小さいから俺が有利だ」と豪語する。

 無論、それらはトラッシュトークの一環であり、自身の心理を見せないようにあえて強気に振舞っている面もある。だが、彼らは皆、身長165cm、リーチ171cmの小柄な日本人を前にして上から物を言っているようにも見えた。とりわけ上の階級に進むほど、そうした傾向は強く現れる。

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「試合中のボディーへのジャブが見えなかった」(スティーブン・フルトン=米国)

 いずれも元世界王者の言葉だ。こうしたメッセージに代表されるように、試合後の対戦相手は揃って井上を称賛する。凄まじいポテンシャルを体感し、そうする他にないのだろう。

 拙い表現かもしれないが、これまで24人の選手たちが衝撃的な強さを前に”ボロボロ”になってきた。彼らの中には井上戦後に闘志を失い、精神面で問題を抱えた者もいる。「命を懸ける」とは大袈裟だが、それに近いダメージを心身に受けるのである。

 ではなぜ、世界的に見ても小柄な井上は弱肉強食の業界で一線を画す強さを誇るのか。その理由は直接対峙した人間にしか分からない。そう思い立ち、ある人物の下に向かった。

 尋ねたのは、須佐勝明。ロンドン五輪ボクシング・フライ級日本代表であり、かつて他でもない井上が「怪物」と評した男である。

 いまやボクシング界の大スターが「第2の師」とも仰いだ“天才アマチュアボクサー”だった。そんな須佐氏は井上がプロ入りを決断前の高校3年生時に実施された日本代表合宿に帯同。マスボクシングで拳を交わしていた。だからこそ、井上の凄みを知っていると筆者は感じていた。

 すでに同氏は現役を引退。井上との対峙から時は経っているが、当時の衝撃は鮮明に脳裏に焼き付いていた。

「高校生の時に彼と初めて戦った時に何よりも感じたのは距離の遠さだったんです。それでいてパンチも軽量級のパンチではなかった。なので『これは同じ階級ぐらいじゃ誰も当てられないな』と思ったのを覚えています」

 当時の井上は日本ボクシング界でこそ名の知れた存在だったが、一般の世間的には無名。いわばキャリアの黎明期にあった。そんな当時から発揮されていた「違い」を語る須佐氏は、肌身で感じた異次元さも強調する。

「井上選手はカウンターも巧かった。そうなると避けるにしてもリスクが伴うんです。彼の場合はパンチがあるので。そうすると自分のボクシングが出しづらくなる。私は遠距離を保ちながらカウンターが出来て、なおかつ強いパンチが打てるっていうのがボクシングでは強みだと思うんです。それを彼は高校3年生の時に自然に出来ていたんです」

先のネリ戦でも終わってみれば、3つのダウンを奪って快勝した井上。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

若き日のモンスターに見た「恐さ」

 アマチュア時代から異彩を放っていた。そんな当時の井上を「あのレベルの選手は他にいなかったですねぇ」としみじみと振り返る須佐氏は、「これは彼と“やった奴”にしか分からないと思うんですけど……」と切り出し、こう続ける。

「一般的に見れば、一撃で倒せるというパンチ力が一番の魅力というか、強みに映るのでしょうけど、自分はやっぱり、あの距離で、あのパンチを打てるところが、他の人にないところだと思います。それってのはやっぱり怖いですよ」

 かく言う須佐氏も技術力は確かだ。2012年に出場したロンドン五輪では、後にWBO世界フェザー級王者となるロベイシ・ラミレス(キューバ/現WBC同級2位)に判定の末に敗れたものの、確かに渡り合っていた。ちなみにこの大会でラミレスは金メダルを獲得している。

 そんな世界も知る“天才”は、若き日のモンスターに見た「恐さ」を詳細に説明してくれた。

「ほとんどの選手が最初は警戒しながら少しずつ手を出していくんです。それでも、どんどんとラウンドを重ねる中で、徐々にパンチが出なくなってくる。それで『どうしよう』ってガードはするけど、井上選手はパンチが強いからダメージは蓄積する。それで『ヤバい』ってなって前に出たところで倒されてしまう。ここ何試合かは明らかにそういう何もできない流れが出来ている。これは本当に凄いことなんです」

 井上ほどの知名度を誇る選手であれば、相手に警戒、もしくは分析をされるのは必然。実際、昨年12月のマーロン・タパレス(フィリピン)戦では、ラウンド途中にL字ガードを用いた難敵を攻めあぐね、本人が「危なかった」と振り返ったカウンターを受ける場面もあった。

 それでも井上は数多の名手の防御をこじ開けてきた。「ボクシングはガードして攻撃か。先に攻撃するかなんです。なので、その中でも主導権の握り方からして井上選手は違うんです」と熱弁を振るう須佐氏は、現在に至るまでの成長に目を見張る。

「ジャブからの右ストレートとかは誰もが怯んでしまう。大体の選手は戦って、齢を重ねる中でスタイルなんかがブレるんです。でも、彼はコツコツとジャブも磨いてきている。そうしてブレないことで、どこからでも砲弾のような一撃を打てるようにもなっている。これは本当に他の選手じゃ、なかなか出来ないと思います」

 天井知らずで進化を続ける偉才が一線を画すワケを語ってくれた須佐氏。約40分に渡った取材の最後に彼は「今、相当強いと思いますよ。僕は絶対受けたくないですね。8オンスでなんて(笑)。それぐらい彼は違います」とボソッと口にした。

 この何気なく漏れた言葉に、井上が“怪物”と言われる理由が集約されているように思えた。

[取材・文:羽澄凜太郎]

【解説】須佐勝明(すさ・かつあき)

1984年、福島県生まれ。会津工業高校から東洋大学へ。2012年、自衛隊体育学校所属時にロンドン五輪に出場。ロンドン五輪ミドル級金メダリストの村田諒太は東洋大学の1学年後輩にあたる。株式会社AYUA代表取締役。日本ボクシング連盟理事。日本オリンピック委員会ハイパフォーマンスディレクター。SUSAGYM会長。アジアコーチ委員会委員長。共同通信社ボクシング評論担当。会津若松市観光大使。ほか。