ポケモン、ジブリを超える可能性がある…「呪術廻戦」の海外人気がとんでもない勢いになっている背景
■世界中のアニメファン約2000万人の頂点に立った
世界中にいるアニメファン約2000万人が集う「My Anime List」は、アニメ好きのためのWikipediaのような存在だ。
3カ月ごとに60〜70本放送される新作アニメのページが新設され、Members(アニメをリストインしている人)、Score(アニメ評価)、Popularity(Members数の歴代ランキング)、Ranked(Scoreの歴代ランキング)の4つがトップに表示される。当然海外のアニメファンのためのサイトであり、すべて英語。
ここはエンタメを研究する私のような立場の人間にとって宝の山だ。6〜7割が10〜20代の若者世代、5〜6割が欧米ユーザー、あとはアジア・南米などで日本人はほんの1%未満、という純粋な「日本人以外のアニメファン」サイトだ。
ネットフリックスや海外における最大級のアニメ配信サイト・クランチロールによって世界中に配信されたアニメをどう受け止めているかのリアリティが、ここにある。
今回は2023年を通して270本の日本アニメの中でもトップ、さらにすべてのテレビ番組での視聴需要の賞であるGlobal TV Demand Awardsでトップとなった“世界の頂点に立った呪術廻戦”を記念して1作品にフォーカスを絞った分析をしてみたい。
■すでにコミックは9000万部を突破
改めて「呪術廻戦」とは2018年3月から「週刊少年ジャンプ」に連載されたマンガ作品で、著者の芥見下々(あくたみげげ)は1992年生まれ。26歳でこの大ヒット作をつかむまでに3作の読み切り・連載を書き上げている。
デビュー作となった「神代捜査」(2014年)は「神器」を持つ異能力者“神”に支配された離島を舞台にしたアクションマンガで、「No.9」(2015年)は“入”という怪物を操る「裏人」同士のバトルマンガ、その不思議な力を操る主人公九十九のアクションマンガはジャンプNEXT版とジャンプ本誌版で2つの設定で描かれている。
いずれにしてもホラー好き×異能バトル作品を描き続けた芥見氏のテーマが通底している。2作に次いで、2017年に「ジャンプGIGA」で発表された「東京都立呪術高等専門学校」が今の呪術廻戦につながるものだ。
2018年からジャンプでの連載となった本作だが、7年目となる2024年1月時点ですでにコミックの国内販売累計は9000万部を突破。
この約1億部という水準は、過去80万作といわれる半世紀以上ものマンガ歴史上でもトップ20作のみが達成した数字。それをデビューから10年足らずの30代前半の若手作家がリーチをかけている、という意味でも過去例のなかった事例ではないだろうか。(累計1.5億部の「鬼滅の刃」の吾峠呼世晴氏は1989年生まれ、1億部の「僕のヒーローアカデミア」堀越耕平氏が1986年生まれ)
■ギネス世界記録に認定
マンガが売れているのは日本のみにあらず。アメリカでの紙コミックの販売部数で2021年から2023年の3年間で341万部、これは「鬼滅の刃」には至らずとも、「チェンソーマン」「僕のヒーローアカデミア」と並んで現在も続く日本マンガのトップ3のポジションを堅持してきている。
マンガ人気を牽引したアニメは、「進撃の巨人」でも知られるMAPPA制作。世界最大のアニメ専用配信プラットフォームCrunchyrollで、第一期がさっそく2021年「Anime of the year」を受賞しているが、2024年には第二期が「Anime of the year」に輝いている。
2017年から続いている同賞は「鬼滅の刃」や「進撃の巨人」も受賞する名誉ある場だが、同シリーズで2度の受賞は初めてのことである。
2024年4月には、「世界でもっとも需要の高いテレビアニメ番組」として2025年版のギネス世界記録に登録されることが発表された。
ギネス世界記録のウェブサイトによると、データサイエンス企業パロット・アナリティクスの計算で、「呪術廻戦」の世界的な需要評価は平均的なテレビ番組の71.2倍であることがわかったという。
同社は、動画の消費(ストリーミングとダウンロード)、ソーシャル メディアのエンゲージメント(ハッシュタグ、いいね、共有)、リサーチ アクションなど、毎日数十億の新しいデータ ポイントを収集している。その需要の計算をしたところ、今回の結果になったという。
ちなみに、呪術に奪われるまで「世界でもっとも需要の高いテレビアニメ番組」を維持していたのは「進撃の巨人」だ。
「呪術廻戦」は、マンガはもとよりアニメとして空前絶後の記録を打ち立てた作品といえる。
■連載開始7年で「ジブリ」と肩を並べる
テレビアニメだけでなく、われわれの記憶に新しいのは2021年12月公開の劇場版アニメ「劇場版 呪術廻戦 0」だ。映画興行の世界を席巻した。
同作は、国内興行収入138億円と「ONE PIECE FILM RED」に続く2022年日本国内2位に輝いた。実は米国でも3400万ドル(約50億円)と大成功を収めている。
海外興収5800万ドル(約90億円)はジブリアニメ、新海アニメ、ポケモン、スラムダンク、鬼滅の刃、ワンピース、ゴジラマイナスワンとならび、ほぼトップ級の作品だけが残せる実績であり、バイオレンス問題で中国での配給がなされていないが、中国人気も加味すればまだまだ伸びるポテンシャルはあった。
連載7年目に過ぎない本作がマンガ、アニメ、劇場版で日本のみならず全世界を席巻し、いかに類をみない記録を打ち出してきたか、ということを軽くまとめてみた。
「ONE PIECE」や「鬼滅の刃」に並んで、「呪術」もまた日本アニメの世界的なムーブメントの中心を担ってきた作品なのである。
■第一期の数字を超えることはないはずが…
ではMALにおいてアニメ配信前、配信後でどのくらいMembersの数字が伸びたかを見ていこう。
2021年10月〜2022年3月の第一期では当初14万人が3倍以上で50万人となった。当然ながら同時期のアニメ61作のなかで断トツ1位である。
驚くべきはその数字を越えてきた2023年7月〜12月の第二期だろう。通常ほとんどのアニメは第一期の数字を超えることはない。第二期以降でファンは徐々にコア化していくからだ。
だが呪術の場合は第二期においても最初から35万人を集め、それが2倍近い60万人となった。第二期から入ったファンが相当数いたということになる。こちらも過去の連載で語ったように、同時期の55作品のなかでトップとなっている。
■世界中に「呪術」のファンがいる
今回の本題である、地域的な分散についてみていこう。
結論から言ってしまうと、MALで計測できる限りにおいて全部で94万人のMembersが全世界228の国と地域にいることが確認された。
米国に20万以上のファンがいる一方で、パレスチナやウガンダといった国でも100名以上ものファンがいる。さらには人口2万人もいないようなパラオやクック諸島にすらファンがいる。
カナダやオランダ、ポルトガルといった地域では人口比0.1%を超える。国民の1000人に1人以上がわざわざMy Anime Listの「呪術廻戦」のメンバーに入っている計算だ(米国は人口比0.06%)。
地域別にみてみれば北米25万人(27%)、欧州34万人(37%)と欧米に偏っており、続く中南米10万人(11%)、東南アジア/オセアニア9万人(9%)、南アジア7万人(8%)まで含めると、この5地域でほぼ9割超といった具合だ。
意外にも中国や韓国、日本といった東アジアにファンがいないのは言語の問題であろう。英語サイトという特性上、独自言語の度合いが強い東アジアにいるはずの強いユーザーたちはMALでは捕捉できていない。
国別に細かくみてみると下記図表5の20地域になる。
■伸びる余地はまだまだある
映画の興行収入としては、日本以外では米国が3億4500万ドルと全体の6割を占める。データが出ている「18カ国+その他の地域」でシェア95%の世界である。
だが実際のMALにおける「呪術」のファン数と比較してみると、映画の「18カ国+その他の地域」は全体の半分も代表していないのだ。
1万人以上ものファンがいながら映画の収入に反映されていない地域としてはインド、ブラジル、カナダ、ポーランド、インドネシア、フィリピンといったエリアがある。
これらの国は米国に比べても何割といった規模で多くのファンがいながら彼らが購買できる映像や(おそらくは)商品は届けられていない。
これは「余白」を示している。映画は「映画興行市場」の制約があり、配給会社などの仕組みが整っている先進国を中心にしか広がっていかない。しかしMALのようなフリーのファンサイトが本来は何らかの手段でアニメ配信を視聴し、低額もしくは無料ででもその作品に熱心に触れようとしている「余白となる興味関心層の全体像」なのだ。
その意味では初のスマホゲーム版として2023年11月にサイバーエージェントグループから配信された「呪術廻戦 ファントムパレード」の好調と今年はじまるだろう英語版の世界展開でどれほどそうした「余白層」を取り込めるかは次への期待値となる。
■日本アニメの快進撃は「まだ始まったばかり」
特にMALのユーザー層はその大半が10代、20代といったZ世代、α世代である。可処分所得も小さいが、その分彼らが浴びるようにマンガやアニメで触れた作品はその後10年、20年たってから急激に商業市場として拡大するポテンシャルを秘めている。
それは誕生から20〜50年たってから第2、3世代のブーム再構築で世界的成功をおさめているポケモンやハローキティの事例にみる通りである。
その意味では東南アジア、中南米、南アジア、中央アジア、中東、アフリカといった「すでに人気があるのに商売はできていない」未開のエリアは半世紀先のブルーオーシャンになる可能性を秘めている。
映画の海外興行収入は約127億円だが、その6割は米国である。だが実際のファン数でみてみれば「海外・先進国」の割合は半分にも満たず、「呪術が好きだけれど商売の対象になっていないあと半分がいる」ということを考えると、世界で最も需要があるギネス記録のアニメ作品としてもいまだその海外展開は道半ばと言えるだろう。
こうした実態を調べれば調べるほど、アニメ映像の展開のスピードと広がりに驚嘆するとともに、同時にそれ以外のビジネスがあまりに遅々として進んでいないことへの課題感も浮き彫りになる。
まさにこれがK-POPが10年前に直面した課題であり、K-CONのようなプラットフォームで南米や南アジア、中東やアフリカにまでコンテンツを届けようとしている原点でもある。日本アニメの世界進撃はいまだもって「始まったばかり」なのだ。
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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)