NASA(アメリカ航空宇宙局)とESA(欧州宇宙機関)の太陽観測機「SOHO」は、太陽を観測するかたわら、太陽のごく近くを通過する彗星を次々と見つけています。SOHOは “彗星観測機” ではないにも関わらず、SOHO以外が発見した全ての彗星を上回るほどの数の彗星を発見しています。


観測開始からもうすぐ28年となる2024年3月25日、SOHOの撮影画像から発見された彗星の数がちょうど5000個目に達しました。このマイルストーンは多くの人々の協力なしには達成できない数値であり、市民科学が科学的研究に影響を与えていることを示す一例となっています。


■予定外の “彗星観測機” となった太陽観測機「SOHO」

【▲ 図1: 太陽観測機「SOHO」のイメージ図。SOHOは太陽観測機として設計・運用されましたが、図らずも “彗星観測機” としても有用なことが判明しました。 (Credit: NASA) 】

NASAとESAが1995年に打ち上げた「SOHO」は、太陽・太陽圏観測機(Solar and Heliospheric Observatory)という正式名称の通り、太陽や太陽圏の観測を主目的としています。しかし、太陽の周辺環境を観察するという主目的の副産物として、太陽に対して極端に接近する彗星である「サングレーザー」を数多く発見しています。


サングレーザーの大半は核の直径が1km未満、場合によっては10mもないと見積もられており、単独で見ても暗い天体です。加えて、極めて明るい太陽が近くにあるという悪条件も重なるため、地上からの観測は事実上不可能となります。このため、サングレーザーと言えるような軌道を持つ彗星はSOHO打ち上げ以前には数十個しか観測されておらず、歴史的に見ても極めて明るくなった大きなサイズの彗星に限定されていました。


しかし、SOHOは太陽本体を隠すためのコロナグラフ付きの撮影機器「LASCO」を搭載しているため、このような彗星も写るようになりました。その数はあまりにも多く、SOHOが発見した彗星の総数は、それ以外の観測機・天文台・個人などが発見した歴史上全ての彗星の合計を上回るほどです。実際には集計方法による問題もあるため一概には言えませんが(※)、SOHOが最も彗星を発見している “彗星観測機” であることに疑いの余地はありません。


SOHOの撮影画像を経由して彗星が見つかるようになったのは、SOHOが継続的に太陽の撮影を続けていることに加えて、アメリカ海軍調査研究所を拠点とする「サングレーザープロジェクト(Sungrazer Project)」が2000年に始まったことも影響しています。このプロジェクトはボランティアがSOHOの撮影画像から彗星を探す市民科学プロジェクトで、SOHOによる彗星発見で重要な役割を果たしています。実際、SOHOの撮影画像から見つかった彗星の約9割は、無数の市民科学者によって発見されています。また、最初の1000個の彗星が発見されるまでに要した期間は約10年だったのに対し、その後は4〜5年ごとに1000個の彗星が発見されるようになったのも、プロジェクトの開始が大きく影響しています。


※…SOHO経由で発見された彗星は、他の彗星と比べると軌道の決定精度が悪いため、正式な仮符号が振られないものも数多くあります。このため、彗星のデータを管轄する国際機関の「小惑星センター」で、彗星としてカウントされていないものも数多くあると推定されます。実際、小惑星センターでの彗星の総数は執筆時点(2024年4月3日)で4589個となっていて数が合わないことから、カウント外の彗星が相当数あるのが分かります。


■SOHO経由で発見された彗星が5000個目に到達!

【▲ 図2: 5000番目の彗星となったSOHO-5000の画像。 (Credit: NASA, ESA, SOHO & Karl Battams) 】

2024年3月25日、サングレーザープロジェクトに参加しているHanjie Tan氏が発見した彗星が、SOHOの撮影画像から見つかった5000個目の彗星となりました。Tan氏は中国出身で、現在はチェコ共和国のプラハで天文学の博士号取得を目指しています。サングレーザープロジェクトには13歳のころから参加しており、最年少の彗星発見者の1人に数えられている人物です。


ただし、サングレーザープロジェクトはTan氏に祝意を表しつつ、このマイルストーンが多くの人々の協力によって達成されたことを強調しており、サングレーザープロジェクトに関わった全ての人々が誇るべき成果であると述べています。


仮称として「SOHO-5000」と名付けられた5000番目の彗星は、単にキリの良い数字を得られただけでなく、別のユニークな点もあるようです。それは、軌道の性質から「マースデン群 (Marsden group)」に属すると推定された点です。
サングレーザーは公転軌道の違いをもとにいくつかのグループに分けられますが、その約83%は「クロイツ群(Kreutz group)」に属しています。クロイツ群は極めて数が多く、紀元前371年に分裂が観測された彗星の破片に由来するのではないかと考えられています。実際、1000番目から4000番目までのキリの良い数字の彗星は全てクロイツ群でした。


一方、マーズデン群はSOHO経由で発見された彗星の約1.5% (約75個) しか属していない珍しい彗星のグループで、96番周期彗星「マックホルツ彗星」に関連しているのではないかと考えられています。偶然とはいえ、ちょうど5000番目の彗星がはかなり珍しいグループの彗星に割り当てられたことになります。


なお、SOHOは2025年12月31日に運用終了が予定されており、1000個の彗星を発見するのに5年ほどかかっていることを考慮すると、1000個ごとのマイルストーンはこれが最後となるかもしれません。


■市民科学が科学的研究に影響を与えた一例

【▲ 図3: SOHO経由で発見された彗星の抜粋。最初の1000個までを除き、ほぼ4〜5年かけて1000個の彗星が発見されています。 (Credit: 彩恵りり) 】

SOHOの撮影画像によって彗星が初めて発見されたのは1996年8月22日(C/1996 Q2)のことでした。それから約28年で5000個もの彗星が発見されたことで、サングレーザーに関する様々なことが判明しました。


例えば、サングレーザーは少なくとも5つのグループに分かれており、その中には「クラハト2群(Kracht 2 group)」という、属する彗星がわずか10個しか見つかっていないものもあります。このような珍しいグループを見つけるには多数の彗星を観測する必要があり、SOHOの長年の観測体制と、画像から彗星を発見する市民科学プロジェクトで多くの参加者の協力が無ければ成し得ない天文学的成果であると言えます。


SOHOによって発見される彗星の大半は、太陽への接近後に生き残ることはありません。しかし、蒸発した彗星由来物質の流れは太陽風や磁場の影響を受けるため、太陽活動を探る大きな手がかりとなります。数多くの彗星を観測することは、太陽の様子を観察することにも役立ちます。


さらに、先述の通り、SOHO-5000はマックホルツ彗星との関連性が指摘されているグループに属していますが、マックホルツ彗星は「おひつじ座昼間流星群」や「みずがめ座δ南流星群」との関連性が指摘されています。彗星の観測数が増えれば軌道をより正確に知ることができるため、SOHOによる彗星の観測はこれらの流星群の起源を正確に解き明かすことにも繋がるでしょう。



【▲ SOHOによる5000個目の彗星発見を解説したNASAゴダード宇宙飛行センターの動画(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center)】


 


Source


Karl Battams. “SOHO-5000!”. (The Sungrazer Project)Vanessa Thomas. “ESA, NASA Solar Observatory Discovers Its 5,000th Comet”. (NASA)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部