中野信治 インタビュー 後編(全3回)

 開催が秋から春に移った2024年のF1日本GP(決勝・4月7日)。これまではチャンピオン決定戦の舞台となるケースが多かったが、位置づけが変わり、「勢力図がはっきりと見えるレースとなる」と元F1ドライバーの中野信治氏は語る。

 気になる優勝争いは? RBの角田裕毅選手は入賞できるのか? インタビュー後編では初開催となる"春の鈴鹿"の見どころを中野氏に解説してもらった。


日本GPを展望した中野信治氏 photo by Murakami Shogo

* * *

【日本GPはカギとなるレース】

中野信治 今年から鈴鹿サーキットでの日本GPは、秋から春の開催になりました。これまでの日本GPはシーズン終盤に行なわれ、タイトル決定戦になることも多かった。その年で一番速いドライバー、マシンをファンの方はワクワクしながら観戦するという楽しみ方で日本GPはずっと続いていました。

 春開催になったことで、ファンの方もどう楽しんでいいのか手探りの部分があると思いますが、鈴鹿は2024年シーズンの大きなカギになる最初のレースになるはずです。

 各チームは中東のバーレーンを皮切りに、サウジアラビアのジェッタ市街地、公園の周回路を利用したオーストラリアのアルバートパークという特性の異なるサーキットでのイベントを経て、鈴鹿での日本GPを迎えることになります。

 常設コースの鈴鹿を走ることで、各チームのマシンの実力が明確となり、前半戦の勢力図が見えてくると思います。

 今年からの日本GPは、これまではヨーロッパラウンドの初戦となるケースが多かったスペインGPのような立ち位置になるのではないかと感じています。

 鈴鹿サーキットはスペインGPの舞台となるカタルーニャ・サーキットと同様に低速、中速、高速とすべてのタイプのコーナーがあります。それに各チームはデータも豊富にありますので、エンジニアはテストをしやすい。各チームが一発目の大きなアップデートを持ち込んでくる可能性も高いと思います。そういう意味でも前半戦のひとつのキーポイントになるでしょう。

【気になるハミルトンのモチベーション低下】

 昨年の日本GPはレッドブルとマクラーレンが速かったですが、鈴鹿はタイヤに厳しいコースですし、直線が速くなければ勝てないサーキットです。ふつうに行けば、レッドブルとフェラーリが強いと思います。

 そこにマクラーレン、メルセデス、アストンマーティンがどこまで迫るのか。角田裕毅選手がドライブするRBは入賞をかけて戦うことになると予想しています。

 優勝争いの本命は、日本GPで2連勝中のレッドブルのマックス・フェルスタッペンでしょう。ただ今年のレッドブルは意外と予選の一発は苦しんでいるところが見られますし、フェラーリは鈴鹿前のオーストラリアGPで今季初勝利を挙げて、流れがあります。


レッドブルとの優勝争いが期待されるフェラーリ photo by Sakurai Atsuo

 フェラーリは決勝でのタイヤのデグラデーション(性能劣化)を抑えるスイートスポットさえ見つけることができれば、フェルスタッペンと互角の勝負ができるチャンスはあると思っています。

 それに今のフェラーリのドライバーはチームメイト同士で刺激し合い、いい走りができています。オーストラリアGPを制したカルロス・サインツは今季限りでチームからの離脱が決まっていますが、彼は来年のシートを獲得するためにもシャルル・ルクレールを倒すために全力で行くでしょう。

 一方、ルイス・ハミルトンを迎え入れるルクレールもサインツに負け続けていると、来季のチーム内でのポジションに影響が出てくるかもしれません。

 ルクレールとサインツがいい意味で競い合っていますので、そこでのパフォーマンスの上積みも期待できます。フェラーリが2台でフェルスタッペンにプレッシャーをかける展開になれば、レッドブル陣営やフェルスタッペンがミスする可能性もあります。そうなるとおもしろくなると思っています。

 メルセデスに関しては、日本GPで優勝争いにからんでくるのは難しいと思います。僕は、ハミルトンのモチベーションが少し下がっているのではないかとちょっと気になっています。

 ハミルトンは今季限りでチームを離脱することが決まっているので、メルセデスはどうしてもジョージ・ラッセルにシフトしていくので仕方のない面はありますが、レース後のハミルトンのコメントを聞いていると、すごくサバサバしていますし、言い訳のような内容が多い印象を受けています。

 でもハミルトンとしてもラッセルに負けたままでチームを離れることになれば、移籍先のフェラーリでの評価が厳しくなっていくと思います。そういう意味でもハミルトンは頑張らないといけません。

【レッドブルVSフェラーリに注目】

 とはいえ、今のフェルスタッペンを倒すのは相当難しい。同じドライバーとして、あり得ないレベルの走りをしていると感じています。フェルスタッペンの原動力になっているのは、一番になりたいという強い気持ちだと僕は見ています。

 フェルスタッペンは、新しいマシンレギュレーションが導入された2022年シーズンが始まったときは、新しいマシンにうまく対応できていませんでした。昨シーズンも前半戦はチームメイトのセルジオ・ペレスに負けていたところがありました。

 それまでのレッドブルのマシンはレーキ角(マシンの前傾角度)がついており、リアはピーキーですが、常にフロントに荷重を乗せたまま走るという、オーバステア特性を持っていました。

 そういうマシンがフェルスタッペンはもともと得意だったんです。でも今のレッドブルのマシンはまったく特性が異なります。挙動はマイルドで、どちらかといえばアンダーステア傾向のマシンになっています。

 新しいレギュレーションのもとで開発されたマシンは自分好みではなく、チームメイトに先行を許す場面がありましたが、フェルスタッペンはそれをマシンのせいにするのではなく、自分のドライビングスタイルを変えてアジャストしていきました。それが今の強さにつながっています。なぜ自分のスタイルを捨ててまで変化することができたかといえば、一番の理由は負けず嫌いということだと思います。

 F1ドライバーは全員が負けず嫌いです。自分は誰にも負けないという気持ちが本当に強い。一方でプライドも高いので、フェルスタッペンも最初は自分のドライビングスタイルを貫いていけば負けないはずだという気持ちもあったと思います。でも、結果的に勝つことができなかった。その時に感じた悔しさが、自分のドライビングスタイルを変えないと勝てないという気持ちに結びついていったと、僕は見ています。

 自分を変え、マシンに合わせ込むという進化が、今のフェルスタッペンの強さ。もし変わることができなかったら、今のレッドブルのマシンだと、フェラーリに負けていた可能性があります。

 かつてハミルトンもチームメイトのニコ・ロズベルグにチャンピオン争いで敗れ、それがきっかけで彼の言動や行動などが変わっていきました。メンタルを鍛え、周りを味方につけることで、ハミルトンはさらに強くなり、7度のタイトルを獲得するドライバーに成長しました。同じようにフェルスタッペンも壁にぶち当たり、自分を大きく進化させてきたのです。

 今シーズン、レッドブルとフェラーリの間にはマシン性能にそれほど大きな差はないと僕は思っています。それはペレスの走りを見れば明らかです。でもフェルスタッペンは開幕からの2戦ではタイヤをうまく使い、マシンの性能を限界まで引き出して圧勝しています。

 今のフェルスタッペンはひと言でいえば異次元です。誰も真似できないレベルのドライビングをしています。日本GPではフェルスタッペンの異次元な走りにぜひ注目してほしいですね。

前編<中野信治が今季F1の勢力図を詳細解説 「レッドブルで何が一番進化しているかと言えば......」>を読む

中編<角田裕毅に足りない「狡猾さ」「冷静さ」 中野信治が指摘するF1トップレーサーへの課題「リカルドを意識しすぎている」>を読む

【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。