中野信治 インタビュー 前編(全3回)

 全24戦で争われるF1の2024年シーズンは、レッドブルの2戦連続のワンツーフィニッシュでスタートした。今年もレッドブルとマックス・フェルスタッペンの圧勝ムードが漂っていたが、第3戦のオーストラリアGPではフェラーリが逆襲のワンツーを決め、タイトル争いに名乗りを上げてきた。

 はたして、チャンピオン争いの行方はどうなるだろうか? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏がインタビューに応じ、今シーズンのF1を展望。前編では、勢力図や各チームのマシンについて解説してもらった。


2024年のF1について解説した中野信治氏 photo by Murakami Shogo

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【長所をコピーし合い煮詰まった状態】

中野信治 シーズンオフのテストや開幕からの数戦を見る限り、各チームのマシンは全体的に速くなり性能差は縮まっていますが、基本的に勢力図は昨シーズンと大きくは変わらないという印象です。レッドブルとフェラーリがトップグループを形成して、その後ろにメルセデス、マクラーレン、アストンマーティンがつける構図になっています。

 現行のレギュレーションが導入されて3シーズン目に入り、どこも他チームのいいところをコピーし合っていますので、マシンが煮詰まってきています。最近は模倣する技術が進んでいますし、それを解析する技術も進化していますので、各チームのマシンの性能差が縮まってくるのは自明の理です。

 同じルールで3年もやっていれば、「みんな似たようなところに来るよね」という事実が、開幕からの予選の結果に表われていると思います。すごく接近している。とくに開幕戦のバーレーンGPは事前にテストもしていてセッティングも煮詰まっている状態でレースをしているので、余計に差がではなかったというのがあります。

 これからサーキット特性によってマシンの「合う・合わない」が出てくると思います。コースに合っているマシンはタイムの上がり幅が大きく、合っていないところは上がり幅が小さくなり、それによって多少の順位の変動があると予想しています。

【メルセデスはPUがやや劣る?】

 各チームのマシンのデータを見ると、レッドブルとフェラーリはコーナーもストレートも速いですが、メルセデス、マクラーレン、アストンマーティンはどちらかといえばコーナーリングマシン。

 メルセデスのマシンは悪くないですが、パワーユニット(PU)の性能が影響しているのかなと感じます。ホンダがPUを提供するレッドブルやフェラーリに比べて、メルセデスは若干パワーが落ちているような印象です。

 あとメルセデスは昨年から燃料が重いときのペースがよくない。メルセデスのマシンはダウンフォースがあるので無理をすれば1周速いタイムを出すことはできますが、コーナーでかなり頑張らないとタイムを稼げない。

 マシンが重い状況で無理をするとタイヤをいじめることになるので、結局、レース序盤はペースをコントロールしなければなりません。そこが弱点となっていますが、レース中盤以降にマシンが軽くなるとトップグループと遜色ないペースで走れています。

 ウイリアムズは昨シーズン、直線がすごく強かったですが、今年のマシンはオーソドックスなつくりになって、昨年までのストレート区間でのアドバンテージがなくなっているように見えます。

 直線が速いのはハースです。細かい空力は改善されていますが、基本的に昨年型と大きく変わっているようには見えません。おそらくタイヤに厳しいところも引き継いでいると思いますが、そのマシンを新しく代表となった小松礼雄さんが最大限に力を発揮するようにまとめあげている印象です。

 第2戦のサウジラビアGPでは直線の速さを活かして、うまく後続を抑えてポイントをとりました。続くオーストラリアGPでもダブル入賞を果たしています。

【角田裕毅のRBは入賞圏で戦える】

 角田裕毅選手がドライブするRBは予選の走りは悪くなかったですが、開幕からの2戦は決勝で苦しみました。テストではタイヤのデグラデーション(性能劣化)やクルマの動きもそんなに悪いように見えませんでした。RBはマシンの最適化がまだできていないだけだと思います。

 2024年シーズンに向けてレッドブルとの関係を深め、マシンのいろいろな部分を変えてきましたが、スイートスポットが見つけられていないというのが現状だと思います。第3戦のオーストラリアGPで7位に入り、今季初入賞を果たしました。シーズンが進むにつれてマシンの最適化が進めば、アストンマーティンなどと5番目のチームとして入賞圏を争う戦いになるでしょう。

 RBは今のところ表彰台争いをするのは厳しいですが、他チームとの差は小さいので、マシンのスイートスポットさえ見つけることができれば、一気に順位を上げてくると思います。あとは、マシンがサーキットに合うかどうか。今のバランスだとトップ10争いになりますが、マシンが合うコースでは5〜6番手を狙えるかもしれません。

 RBをはじめとする中団グループは、コースによって多少のシャッフルをしながらシーズンが進んでいくと思いますが、レッドブルとフェラーリの「2強」は常にトップを争うところに来ると予想しています。

 マクラーレンもマシンがもう少し煮詰まってきたら、「2強」に絡んでくるかもしれません。現状では、マクラーレンは昨シーズン終盤のような速さはありません。今シーズンに向けてマシンをいろいろと改良したところがまだ機能していないように見えます。

【フェルスタッペンは誰もマネできない】


第1戦、第2戦を勝利したマックス・フェルスタッペン photo by Sakurai Atsuo

 王者レッドブルの強みは、タイヤのデグラデーションが少なく、とくにリアタイヤの持ちがいいことです。開幕戦のバーレーンGPのようなタイヤに厳しいサーキットではレッドブルの強さが際立ちます。逆にリアが厳しいフェラーリのようなクルマだと、厳しくなります。

 グラウンド・エフェクト・カーはどちらかといえば、アンダーステア傾向の曲がりづらいマシンになります。そこで、どのチームも回頭性(※車体の向きを変える速さやコントロール性)を上げるためにリアのダウンフォースをどんどん軽くしていった結果、多くのチームのマシンはリアがナーバスになっていきました。

 そんななかでうまくクルマをつくれているのがレッドブルです。レッドブルは、クルマの前後が上下動するピッチングのコントロールにフォーカスしてクルマをつくっている印象です。上下動の動きが小さいので、ブレーキングや加速時に荷重移動をさせづらく、タイヤにも熱が入れにくいという欠点があります。

 だから、昨シーズンでもタイヤに熱を入れるのに時間がかかりましたが、逆に挙動はマイルドでタイヤにすごくやさしい。デグラデーションが少なく、レースでの強さになっています。

 ピッチングをうまくコントロールできると、マシン下面に安定して大量の空気を通すことができますので、どういう路面状況でも安定してダウンフォースを稼ぐことができます。

 その一方で、レッドブルのマシンは荷重がかかりにくいので、ドライバーのグリップ感は薄いと思います。だから予選で一発のタイムを出すのは難しいはずなのですが、フェルスタッペンはうまくマシンを走らせて、開幕から3戦連続でポールポジションを獲得しています。

 フェラーリも前年に比べると確実に速くなっています。レースでのタイヤのデグラデーションは悪くないですし、一発の速さもあります。データを見えると、リアはピーキーな動きをしていますが、フロントはしっかりと入っています。回頭性はすごくいい。

 対してレッドブルは舵角が大きく、ステアリングをたくさん切らないと曲がっていませんので、フェルスタッペン本来の走りはできていないと思います。フェルスタッペンはフロントがしっかりと入ってよく曲がるオーバーステア傾向のクルマを得意としています。

 今のレッドブルは真逆なのですが、それでも何とか予選では一発のタイムを引き出しています。おそらくフェルスタッペン本来のドライビングスタイルに合うのは、今のフェラーリです。フェルスタッペンは、フェラーリに乗ったらかなり速いと思います。

 それでもフェルスタッペンが強さを発揮できるのは、タイヤの使い方が優れているから。タイヤに関してはもうマスター(達人)のレベルです。今のフェルスタッペンの走りは誰にもマネできないです。今年のレッドブルで何が一番進化しているかと言えば、マシンよりもフェルスタッペンではないのか。そう感じさせるほど、開幕2戦の走りは異次元でした。

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【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。