最新の研究から判明した木星の真実とは(写真:Pike-28/PIXTA)

アメリカの民間宇宙開発企業スペースXのCEOであるイーロン・マスク氏が「火星移住計画」を公言するなど、何かと話題になることが多い火星。しかし、火星以外にも研究者の間で注目を集めている惑星があります。それは太陽系の中で最も大きい惑星・木星です。木星が注目される理由、その魅力について天文学者である平松正顕氏が語ります。

※本稿は『ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。』より、一部抜粋・再構成のうえお届けします。

火星より先に木星のまわりで生命が見つかる?

地球以外に、生命を宿す星はあるのでしょうか。人類は昔から異世界を想像してきましたし、今も多くの研究者がその謎に挑んでいます。太陽系の中では、これまで火星での生命探査が注目されてきました。

過去には豊かな水をたたえた海があったことが確実視されていて、生命が存在していた証拠を探す探査も数多く行われています。しかし、火星だけに生命の可能性があるわけではありません。近年注目を浴びているのは、木星や土星を回る氷の衛星たちです。

中でも、木星の衛星エウロパは興味深い天体です。NASAはエウロパ・クリッパーという探査機を準備中ですし、欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた木星の氷衛星探査機JUICEもエウロパを詳しく探査する予定です。

ここまでエウロパが注目されている理由は、氷の表面の下に海があると考えられているからです。木星の軌道の大きさは、地球の軌道の大きさの約5倍。つまり太陽から遠く、その分温度も低くなります。普通なら天体は凍り付いてしまう環境です。

ところがエウロパは、木星の巨大な重力(潮汐力)を受けていて、エウロパ全体が伸び縮みしています。地球の海の満ち引きがあるのも月の潮汐力によるものですが、木星の潮汐力はそれよりずっと強いものです。これによってエウロパの内部が温められ、氷が解けて海になっているようなのです。

その証拠に、エウロパの表面にはクレーターがほとんどありません。これは、隕石が落下してクレーターができたとしても、内部の海から水がしみ出してきてクレーターを埋め、氷の表面がなめらかに保たれるためだと考えられています。

木星に生命が存在する可能性があると言える理由

ただし、地球のようにそこで生命が生まれ、命をつないでいくためには、水だけでは不十分です。例えば、地球上の多くの生き物は呼吸によって酸素を体に取り込んでいます。実は、エウロパには地球の気圧の1兆分の1というたいへん希薄な大気があり、その主成分は酸素なのです。

エウロパ表面では弱いながらも太陽光が届くことで氷が蒸発し、水蒸気ができます。この水蒸気を木星から放たれる強力な放射線が分解することで、酸素が生み出されているのです。

この酸素が氷の層をくぐり抜けて地下の海まで届くなら、生命存在の可能性は高まります。テキサス大学のマーク・ヘッセさんたちの研究チームは、エウロパ表面の氷の循環をコンピュータシミュレーションで詳しく調べました。(※)

エウロパには氷の裂け目のような地形(カオス地形)が広がっている場所があります。研究者たちは、エウロパの氷が部分的に解けて塩水となり、大気中の酸素と混ざり合う地域でカオス地形が作られると考えています。

(※)Hesse, M. A., Jordan, J. S., Vance, S. D. et al. Downward Oxidant Transport Through Europa's Ice Shell by Density-Driven Brine Percolation Geophysical Research Letters,Volume 49, Issue 5, article id.e2021GL095416

コンピュータシミュレーションでは、酸素を取り込んだ塩水がひとかたまりになって氷の中に沈んでいく様子が示されました。エウロパの氷は厚さ20kmほどあると推定されていますが、およそ2万年かけて酸素入りの塩水が氷の中を沈んでいくのです。

研究者たちによればこの酸素の輸送はとても効率がよく、地上で取り込まれた酸素の86%が地下の海まで運ばれるとのこと。現在までに地下に運ばれた酸素の総量の推定は簡単ではないようですが、もっとも大きな見積もりでは、エウロパの海に持ち込まれる酸素の量は現在の地球の海の酸素量と同程度になる可能性があるそうです。

これは、酸素に支えられた生態系が地下海に存在する、という期待を高めてくれる結果です。とはいえ、これは推定される最大値の話なので、実際にどれくらいの酸素が運ばれたのかはさらなる研究を待つ必要があります。

NASAのエウロパ・クリッパーは2024年に打ち上げ予定で、エウロパに近づくのは2030年。エウロパをより近くから調べることで、表面に存在する物質の組成や地形が手に取るようにわかるはず。

エウロパでの生命存在の可能性を探る、決定的なヒントをもたらしてくれるかもしれません。驚きの報告が届くのを、ゆっくり待つことにしましょう。

ここ10年で加速していた木星の赤い斑点の渦

太陽系最大の惑星、木星。直径は地球の11倍もあります。その木星の象徴とも言えるのが、赤い目玉のように見える「大赤斑」です。木星は白と茶色のストライプ模様をしていますが、そのストライプの境目に大赤斑は位置していて、少なくとも150年以上は観測され続けています。

大赤斑は、地球で言えば台風のような空気の渦です。地球の台風がせいぜい1週間くらいで消えてしまうのに比べると、大赤斑の寿命は桁違い。大赤斑は地球がすっぽり収まってしまうほどの大きさがあるので、そのサイズも規格外と言えます。

そんな大赤斑を、人類が誇る宇宙の目、ハッブル宇宙望遠鏡が定期的に観測し続けています。10年以上にわたる継続観測の結果、大赤斑は徐々に小さくなっていることがわかりました。(※)

2009年には東西1万5600km、南北1万1000kmでしたが、2020年には東西1万2400km、南北1万1000km。南北(タテ)方向の大きさはほとんど変わらず、東西(ヨコ)方向の大きさだけが2割ほど小さくなっていたのです。

もともとはわりと横長の楕円形でしたが、次第に円に近づいています。さらに、大赤斑全体の平均風速は10%ほど速くなっていることも明らかになりました。2020年には、最高風速でおよそ毎秒160m、時速580kmという速度に達していました。

(※) Wong, M. H., Marcus, P. S., Simon, A. A. et al. Evolution of the Horizontal Winds in Jupiter's Great Red Spot From One Jovian Year of HST/WFC3 Maps. Geophysical Research Letters 48, e2021GL093982 (2021)

未だ解明されていない木星に現れた変化の原因

こうした変化がなぜ起きたのか、まだ研究者たちは答えにたどり着けていません。大赤斑は横から見ると中心部が膨らんでいて、盛り上がったガスが外側に流れ落ちていくような構造をしています。

大赤斑の内部に噴き上がってくるガスに何らかの変化が起きているのかもしれません。ひとつのヒントになるかもしれないのが、2016年から2017年にかけてサイズも風速も急に変化していたという事実です。

2016年12月末、大赤斑のすぐ隣にあるストライプの中で白い雲が突然発生しました。これは、木星大気の下部からガスが沸き上がってきたことの証拠です。

South Equatorial Belt Outbreak と呼ばれるこの現象は、今回だけでなく過去何度も記録されています。それは、木星の大気が安定したものではなく、非常に活発に変化するものであることを示しています。

10年以上もの月日をかけて判明した木星の変化

木星以外に、例えば海王星にも渦が発見されています。ただし、海王星の渦は数年で消えてしまうので、木星の大赤斑とはかなり様子が違います。木星と海王星では、内部で起きていることが違うのでしょう。


当然と言えば当然ですが、これも長年観測してみて初めて確かめられたこと。木星にはこれまで何機かの探査機が向かいましたが、10年以上にわたって観測し続けた探査機はありません。

ハッブル宇宙望遠鏡は、地球を回りながら彼方の木星を長期にわたって観測し続けています。

今回検出された速度の変化は、地球の1年間あたりにすると時速2.5km以下というわずかなもの。

ハッブル宇宙望遠鏡でも、1年観測しただけではこれを捉えることはできず、10年以上の蓄積が必要でした。

天体写真1枚の美しさももちろん素晴らしいものですが、今回の発見は、じっくり観測し続けてそのわずかな変化を捉えることの面白さを私たちに教えてくれています。

(平松 正顕 : 国立天文台 台長特別補佐、天文情報センター 周波数資源保護室 講師)