33年ぶり5%超でも「賃上げ一色」はまだ遠い
UAゼンセンの賃上げ集計ボードは「満額」の赤い文字がずらりと並んだ(記者撮影)
「ファイブ・ツー・エイト(5.28)!」
「33年ぶりです!」
まるでテストに臨むように、連合の会見場に集まった記者たちは、机に裏返しで配られた資料をいっせいにひっくり返した。春闘の賃上げ交渉にかつてない注目が集まる中、3月15日夕に迎えた連合の第1回集計。5.28%と33年ぶりの高い回答集計の数字に、外報や速報メディアの記者たちが電話で報告する声にも驚きがにじんだ。
春闘賃上げへの注目度を一段と引き上げたのが、日本銀行の金融政策との結びつきだ。
日銀は「賃金上昇を伴う2%物価目標の持続的・安定的な実現」が見通せたとして、マイナス金利解除をはじめ政策修正に踏み切るうえでの判断材料に春闘を挙げてきた。植田和男総裁は3月13日の国会答弁でも、改めて「(春闘が)大きなポイント」と述べている。
予想された「高い賃上げ率」
通信社が5.28%の賃上げ集計を速報すると、ドル円相場は一時、円高方向に振れた。そして、3月18〜19日の日銀の金融政策決定会合でマイナス金利解除に踏み切る可能性が高まってきた。海外投資家も含めて金融市場で関心が高まる中、日銀の総裁会見が近づいている。
金属労協でホワイトボードに賃上げの金額を書き込む職員(記者撮影)
高い賃上げ率が出ると予想はされていた。
3月7日に連合が公表した要求集計は5.85%と30年ぶりに5%を超えた。3月13日の集中回答日、最初に数字を公表したのが製造業の産別組織が集まる金属労協だ。
大企業が軒並み満額回答する中、特に驚きをもたらしたのが日本製鉄。鉄鋼大手3社の労働組合が月額3万円を要求したのに対し、JFEスチール、神戸製鋼所が要求通りに回答した。一方、日本製鉄は要求を超える3万5000円の賃上げを回答したからだ。
3月14日、流通や外食、繊維などの労働組合を束ねるUAゼンセンが5.91%(加重平均)という高い数字を示した。流通業ではイオングループ各社が、先駆けて2月下旬に満額回答を得ており、今年は地方のスーパーが追随した。「人材確保のために、ついて行かなければならないという思いが働いたのではないか」とUAゼンセンの松浦昭彦会長は会見で語った。
そして迎えた3月15日の連合の全体集計。5.28%という数字は、1991年の5.66%を記録して以来の高さだった。「ステージ転換にふさわしいスタートを切れた」と連合の芳野友子会長。
中小企業の賃上げ状況が見えるのは4月
ただし、高い第1回集計をもって「賃上げが浸透した」とは言うにはまだ早い。
ポイントは2つある。1つは、「誰が賃上げの恩恵を受けるのか」。
会社側は初任給引き上げと、2年目以降の若手と逆転を避けるための引き上げに傾斜している。若年層人口の減少が著しい中、人材確保への危機感は強い。組合側の要求を超える回答が相次ぐ背景にも、労働組合側が要求する一律引き上げに応えたうえで、それに加えて若年層引き上げを実施する実情があるようだ。
「初任給引き上げ競争は過熱気味だ」と連合会長代行の松浦UAゼンセン会長は懸念を示した。
もう1つは、現時点での賃上げ率が大企業中心の数字であることだ。
回答集計の中心となる平均賃金方式の数字は、組合員数で加重平均するため、組合員数が多く交渉で先行する大企業の数字が全体を引き上げる。第1回集計対象の144万人のうち、組合員数1000人以上の大企業の組合員が9割。最終結果では7割まで下がる。
今年は、大企業と中小の賃上げ率の差が広がっており、組合員数300人以上で5.30%、300人未満で4.42%。全体の5.28%の数字はほぼ300人以上の企業での数字だ。
集計に反映された中小企業の組合員は4万人弱と春闘の中小組合員の1割程度。現在交渉中かこれから交渉に入るところが多く、中小の状況が見えてくるのは4月4日に公表予定の連合第3回集計からという。
芳野会長は「中小はこれからが交渉の本番。今回の流れを労働組合のない職場に波及できるかが連合に課せられた使命だ」と気を緩めない姿勢を強調した。そもそも日本の労働者のうち中小企業で働く人が7割を占め、組合組織率は10%以下と低い。
マイナス金利解除で整合性はとれるのか
会見で質問に答える連合の芳野会長(記者撮影)
日銀の金融政策と関連して「賃金と物価の好循環は達成されたと感じるか」との質問に対しては、芳野会長は「今は先行組合の集計結果であるので全体を見てからになるかと思う」と回答を避けた。
日銀の植田総裁はかねて、賃上げの状況を確認するうえでは中小や地方が大事と繰り返してきた。大企業のみのこの段階で、政策修正のための判断材料は十分なのか。市場関係者がマイナス金利解除に前のめりになる中、次回4月25、26日の決定会合まで待つことがリスクとなるにしても、3月に政策修正を決めた場合、これまでの説明とどう整合性をとるのか。
かつてない注目度の中、日銀の金融政策決定会合が近づいている。
(黒崎 亜弓 : 東洋経済 記者)