アメリカの民間宇宙企業スペースXは日本時間2024年3月14日、同社が開発中の新型ロケット「Starship(スターシップ)」による第3回飛行試験を実施しました。今回の飛行試験でStarship宇宙船は上昇飛行を完了して地球低軌道の高度に到達し、初めて大気圏へ再突入する段階まで飛行することに成功しています。【最終更新:2024年3月15日13時台】


【▲ 2024年3月14日、第3回飛行試験で発射台を離れ上昇を開始した新型ロケット「Starship(スターシップ)」。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

スターシップは1段目の大型ロケット「Super Heavy(スーパーヘビー)」と2段目の大型宇宙船「Starship」からなる全長121mの再利用型ロケットで、打ち上げシステムとしてもStarshipの名称で呼ばれています。スペースXによれば、両段を再利用する構成では100〜150トンのペイロード(搭載物)を打ち上げることが可能であり、2段目のStarship宇宙船は単体でも地球上の2地点間を1時間以内に結ぶ準軌道飛行(サブオービタル飛行)が可能だとされています。


Starshipは米国テキサス州ボカチカにあるスペースXの施設「Starbase(スターベース)」を拠点に開発が進められています。同社は2019年8月から2021年5月にかけてStarship宇宙船の大気圏内飛行試験をStarbaseで数回実施して帰還時の降下姿勢や着陸姿勢を実証した後、2023年4月20日と同年11月18日にはSuper Heavyも含めたStarship打ち上げシステムの統合飛行試験を行いました。


これまでに2回行われたStarship打ち上げシステムの飛行試験は、Super Heavyを分離したStarship宇宙船は高度100キロメートルを超えて宇宙空間に到達した後、最終的にハワイ沖の太平洋へ発射90分後に着水する計画の下で行われました。第1回飛行試験ではSuper Heavyの分離前にコントロールが失われたため、Starship宇宙船とSuper Heavy双方の飛行中断システムが作動して機体は分解し、飛行試験は発射約4分後に終了しました。


 


続く第2回飛行試験はSuper Heavyを分離する直前にStarship宇宙船のエンジンを点火する「ホットステージング(hot-staging)」を採用した初の飛行となりました。Starship宇宙船はSuper Heavyの分離に初めて成功して宇宙空間に到達しましたが、余剰分の液体酸素を放出(※ペイロードを搭載していなかったために計画された)したところ機体後部で火災が発生し、機体に搭載されているコンピューター間の通信が失われたため、高度約150キロメートルで飛行中断システムが作動して発射約8分後に飛行試験は終了しました。また、分離後のSuper Heavyは機体を減速させるためのエンジン再始動に問題が生じ、発射約3分半後に分解して飛行を終えています。


【▲ 参考画像:2023年11月18日の第2回飛行試験におけるStarshipのホットステージングの瞬間。段間に設けられた開口部から流れ出た燃焼ガスがオレンジ色に輝いて見える(Credit: SpaceX)】

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今回はSuper Heavyを含むStarship打ち上げシステムの統合飛行試験としては3回目の飛行です。過去2回の飛行試験におけるStarship宇宙船の着水予定区域は前述の通りハワイ沖の太平洋でしたが、スペースXによると今回の飛行試験では公共の安全を最大限確保しつつ試験を行うためにインド洋に変更されました。


【▲ Starship第3回飛行試験における飛行経路の説明図。大気圏に再突入したStarship宇宙船は最終的にオーストラリア西方のインド洋に着水する計画が立てられた。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

その上で過去の試験で得られた知見を基礎に、第2回では目前まで進んだStarship宇宙船の上昇飛行完了、Starship宇宙船のペイロードドア開閉や推進剤移送のデモンストレーション、Starship宇宙船に搭載されている「Raptor(ラプター)」エンジンの宇宙空間における初の再始動、そしてStarship宇宙船の制御された大気圏再突入といった目標が立てられていました。


■Starship宇宙船が初めて上昇飛行を完了 大気圏再突入中に機体喪失か

【▲ 米国テキサス州にあるスペースXの施設「Starbase」から第3回無人飛行試験のために打ち上げられたStarship。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

日本時間2024年3月14日22時25分(米国中部夏時間同日8時25分)にStarbaseの発射台から打ち上げられたStarshipはSuper Heavyに搭載されている33基のRaptorエンジンによって朝の空へと上昇し、発射約2分50秒後にはホットステージングが実行されてStarship宇宙船とSuper Heavyが分離されました(※発射からの時刻、高度、エンジン稼働状況等の情報はスペースXのライブ配信を参照して確認、以下同様)。Super Heavyのエンジンは前回に続き燃焼終了まで全て稼働することに成功しています。


【▲ Starship宇宙船に搭載されていたカメラが捉えたホットステージングの瞬間。段間の開口部から流れ出た燃焼ガスがSuper Heavyのグリッドフィン付近に見えている。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

分離後のSuper Heavyは計画通り13基のエンジンを再始動して減速し、着水に向けてメキシコ湾へと降下。スペースXによると、着水時に機体を減速させるためのエンジン再始動にも初めて成功したものの、発射約7分後に高度462メートルで機体が分解して飛行を終えました。


【▲ Super Heavyに搭載されていたカメラから最後に送られた映像。Super Heavyの高度情報(画像左下)は0キロメートルと表示されている。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

一方、Starship宇宙船は発射約8分35秒後に高度約150キロメートルでエンジン燃焼を停止し、Starshipとして初めて上昇飛行を完了した機体となりました。最大高度234キロメートルの準軌道飛行中に予定されていた各種テストのうち、ペイロードドア開閉と推進剤移送のデモンストレーションは実施されましたが、機体の回転率を理由にRaptorエンジンの再始動テストは行われませんでした。


【▲ 高度約150キロメートルの宇宙空間でエンジン燃焼を停止したスターシップ宇宙船。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

発射約46分後、Starship宇宙船は高度が100キロメートル(※国際的に定義された地球の大気圏と宇宙空間の境界)を下回って大気圏再突入を開始しました。今回の飛行試験ではStarship宇宙船に取り付けられたカメラの映像がスペースXの衛星インターネットサービス「Starlink(スターリンク)」経由で送信されており、再突入時の断熱圧縮によって機体周辺の大気がプラズマ化しているドラマチックな光景がライブ配信されました。


【▲ 発射約46分後、高度100キロメートルを下回った頃のスターシップ宇宙船。スペースXのライブ配信より(Credit: SpaceX)】

大気圏再突入時のStarship宇宙船は耐熱タイルが貼り付けられている機体の片面を進行方向へ向けることになっていますが、今回の飛行試験では機体の姿勢が安定せずに回転し続けている様子をカメラの映像が物語っていました。スペースXによると、Starlink経由のテレメトリ信号は発射約49分後(高度約65キロメートル)を最後に途絶しており、Starship宇宙船は再突入中に失われたものとみられます。


■飛行試験を重ねつつ着実に前進 次の焦点は大気圏再突入の成功か

第1回飛行試験(2023年4月)では発射台を離れることに成功し、第2回飛行試験(2023年11月)ではSuper Heavyの分離に成功したStarship宇宙船は、今回の第3回飛行試験では準軌道飛行のための上昇飛行を完了し、宇宙空間を飛行して大気圏に再突入する段階へ到達することに成功しました。


Starship宇宙船とSuper Heavyを複数同時に製造しているスペースXは、Starshipの飛行試験を短期間で反復しながら実用化へ向けて歩を進めています。地球低軌道への到達能力が実証された今回の知見が反映されるであろう次の飛行試験では、再利用型の打ち上げシステムとして実用化する上で避けては通れないStarship宇宙船の大気圏再突入とSuper Heavyの着陸(飛行試験では着水)が大きな焦点になると予想されます。


【▲ 参考画像:2021年5月の大気圏内飛行試験にて、エンジンを点火して着陸地点に降下するStarship試験機。スペースXによるライブ配信アーカイブより(Credit: SpaceX)】

Starship宇宙船は2021年5月までに実施された大気圏内の飛行試験で着陸に成功していますが、地球低軌道への飛行では帰還時に大気圏へ再突入する機体の姿勢と飛行経路を制御して着陸エリアまで正確に誘導しなければなりません。また、Super Heavyは発射台のタワーに備え付けられているアームを使って空中でキャッチすることが想定されているため、アームの可動範囲に許容される速度で到達しなければならず、やはり正確な誘導が求められます。


【▲ 月に着陸したHLS(有人着陸システム)仕様のスターシップを描いた想像図(Credit: SpaceX)】

Starshipはアメリカ航空宇宙局(NASA)の有人月面探査計画「Artemis(アルテミス)」の月着陸船「HLS(Human Landing System、有人着陸システム)」としてもすでに採用されていて、同計画初の有人月面着陸が行われる「Artemis III(アルテミス3)」ミッション(2026年実施予定)ではHLS仕様のStarshipが使用される予定です。無人で打ち上げられたStarship HLSはタンカー役のStarshipから地球低軌道で推進剤の補給を受けてから月周辺へ向かう必要がありますが、そのタンカーの推進剤タンクを満たすにはさらに10機以上のStarship宇宙船を打ち上げなければらないとも言われています。


【▲ 推進剤補給のために地球低軌道でタンカーとドッキングするスターシップ宇宙船の想像図(Credit: SpaceX)】

スペースXがうたう月や火星への飛行を支えるには、単に再利用ができるというだけではなく高頻度の打ち上げが可能なシステムとして完成させなければならず、Starshipの実用化にはまだ幾つものハードルが待ち構えていることになります。それだけに、宇宙への大量輸送を実現するStarshipには大きな期待が寄せられており、X(旧Twitter)ではNASAのBill Nelson(ビル・ネルソン)長官や欧州宇宙機関(ESA)のJosef Aschbacher(ヨーゼフ/ジョセフ・アッシュバッハー)長官らが第3回飛行試験の実施を祝うコメントを投稿しています。数か月以内の実施が予想される次の飛行試験では何が達成されるのか、引き続きStarshipの開発状況に注目です。




【▲ Starship第3回飛行試験を受けてNASAのネルソン長官とESAのアッシュバッハー長官がXに投稿したポスト】


 


Source


SpaceX - Starship's Third Flight TestSpaceX (X, fka Twitter)

文/sorae編集部