「チェンジマン」好きすぎる彼が"埼玉"で叶えた夢
“聖地”でのチェンジドラゴンのコスプレ撮影を果たしたダニー・ツルギさん(写真:Danny Tsurugi)
日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2023年10月、訪日外国人観光客数が2019年同月比100.8%の251万6500人となり、月間としてはパンデミック後初めて2019年度を超えた。
“オタク”界隈で人気のパック旅行
日本食やアニメ・漫画などの人気も後押しして、外国人客の訪日目的が多様化している。そんななかブラジルではポップカルチャーの人気インフルエンサーとともに日本を訪問するニッチなパック旅行が “オタク”界隈で注目を集めている。
日本通のブラジル人インフルエンサーってだれ? ツアーの訪問先はどこ? 世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」の会員が、日本人の知らない日本旅行の魅力に迫った。
「憧れの特撮ヒーローの撮影現場に着いたんだ!僕はここにいるんだ!っていう感情の高まりが抑えきれず、自然と涙があふれ出てきました」
これは、ブラジルの特撮ヒーロー専門ポッドキャスト「トクキャスト(特撮+ポッドキャストの造語) 」にレギュラー出演するダニー・ツルギさん(45)が、今年1月の放送で語った昨年末の日本初訪問の逸話だ。
日頃は英語の家庭教師として働くツルギさんは、「電撃戦隊チェンジマン」のコスプレ歴19年で、そのための日々の筋トレを欠かさない筋金入りの特撮ヒーローファンだ。
サンパウロ市郊外の自宅で特撮ヒーローもののお宝を見せてくれたダニー・ツルギさん(写真:筆者撮影)
いざ、夢の「埼玉県寄居町」へ
特撮ヒーローに憧れて、これまで何度も日本訪問を考えたツルギさん。貯金残高の少なさが理由で観光ビザの申請を拒否されたこともあったが、15年間に及んだ貯金を元に昨年末に晴れて訪日を果たした。
「今こそ!」とツルギさんの背中を押したのは、ブラジルの特撮ヒーロー界の生き字引ヒカルド・クルーズさん(42)が引率する特撮の聖地巡り「トクツアー(特撮+ツアーの造語) 」の開催だった。
ブラジル特撮ヒーロー界のカリスマにして生き字引であるヒカルド・クルーズさん(写真:©HIGHWAY STAR)
特撮ヒーロー界の“ヒカちゃん”こと、ヒカルド・クルーズさんは、日本でもその世界で名の通ったアーティストだ。
影山ヒロノブらが率いる実力派アニソングループJAM Projectの準メンバーであり、アニメ「ワンパンマン」シーズン2主題歌の作曲を手掛けた。クルーズさんはブラジルの特撮ヒーロー界唯一無二のカリスマだ。
少年時代から特撮ヒーローものを愛するクルーズさんが、「ファンを泣かせたい!」と企画したトクツアーは、2023年12月11日〜23日に初開催された。
埼玉県・吉見百穴にて。中央のカーキ色ジャケットがヒカルド・クルーズさん、右端が渡洋史さん(写真:Ricardo Cruz)
行き先はニッチなスポットばかり
クルーズさんの案内のもと、ダニー・ツルギさんを含む10人のツアー客が訪れたのは、日本人でも「どこそれ?」と聞き返したくなるスポットばかり。
埼玉県寄居町の採石場、同県吉見町の古代遺跡吉見百穴、神奈川県三浦市の馬の背洞門、栃木県宇都宮市の大谷資料館……。いずれも特撮ヒーローシリーズの爆発や格闘のシーン、あるいは悪の組織の秘密基地として撮影されたロケ地だ。
クルーズさんの人脈でツアーの一部では、「巨獣特捜ジャスピオン」や「宇宙刑事シャリバン」に出演した特撮ヒーローのレジェンド俳優である渡洋史さん(60)が同行し、場所を案内した。
日中に渡さんから撮影時の逸話を聞いた参加者らは、夜にはレジェンドとともにカラオケでヒーローソングを歌うなど、濃厚な時間を過ごした。渡さんはブラジル特撮ファンからの人気が高く、イベント参加のためにすでにブラジルを5回訪問している。
「ブラジルでは1988年から90年代半ばにかけてチェンジマン、ジャスピオン、仮面ライダーBLACKなどの特撮ヒーローシリーズが立て続けに放送され、大人気だったんです」とクルーズさん。
筆者のまわりにも少年時代に特撮ヒーローにハマった理髪師や警察官などがいることもあり、当時のフィーバーが本物だったことは確かだ。
新宿や横浜などの都市部でもロケ地を巡った。ネクタイ姿がヒカルド・クルーズさん(写真:Ricardo Cruz)
「現在30〜40代で、今でも特撮ヒーローに熱い思いを寄せるファンが多いんです。今年も10月にトクツアー第2弾を行います!」とクルーズさん。すでにリピーターもいるそうで、情熱を注ぐ特撮ヒーローの聖地巡礼に手応えを感じているようだ。
人気No.1の女性ユーチューバーの旅
インフルエンサーと行くブラジル発日本の聖地巡りは、ほかにもある。
今年3〜4月にかけて3回目を迎えて開催される「日本100%:伝統からギークまで」(以下、日本100%)は、アニメ・漫画系女性ユーチューバーとしてブラジルで人気ナンバー1の、ガビー・シャビエルさん(32)が案内するツアーだ。
今年で8年目を迎えるチャンネル「Gabi Xavier」は、登録者数約95万人を数え、視聴回数が数十万に達した動画も少なくない。落ち着いた口調のシャビエルさんがその時々のアニメ・漫画の作品を愛情たっぷりに語るチャンネルは、ライト層からの支持が特に高いようだ。
行くたびにますます日本が恋しいと語るガビー・シャビエルさん(写真:筆者撮影)
プライベートでもすでに3回訪日しているシャビエルさんのツアーでは、ポップな日本を象徴する秋葉原やユニバーサル・スタジオ・ジャパン、神社仏閣や城といった歴史スポットを訪れる。
「セーラームーンや幽遊白書でアニメが好きになりましたが、実際に日本を訪れるようになってからは、歴史にも惹かれるようになりました。ツアーは広がり続ける私の日本への興味を形にしたものです」
「トクツアー」と「日本100%」は、いずれも同じ旅行会社のパックツアーだ。旅行会社ア・グランジ・ホッタ(グランドラインの意味)は 2018年11月創立、新型コロナのパンデミックによる約3年間の事業の中断を経て、従業員ゼロで再建し、昨年4件のパック旅行を催行した。
「ポップカルチャーをテーマにした旅行業を手掛けたくて起業しました。日本のポップカルチャーに特化した旅行会社は、ブラジルで当社だけです」と話す社長のファブリシオ・ロッバさん(43)は、旅行会社設立まで日本に行ったことがなかった。
ポップカルチャーなら「日本」
そんな彼が日本に注目したのは、なぜだろうか。
「ポップカルチャー全般に詳しいジャーナリスト兼ユーチューバーのミリアン・カストロ(31)にパック旅行の企画を相談したら、“なら日本ね!”と一押しされたんです」
ロッバさんは、訪日経験のあったカストロさんを2019年1月に単身東京に送り、彼女自身が立てた旅程を自撮りしながら巡ってもらい、その映像をパック旅行のプロモーションに活用した。
現在、登録者数約59万人を数えるカストロさんのユーチューブチャンネル「mikannn」で、その映像を紹介すると大きな反響があり、同年9月にカストロさんが引率し、ロッバ社長も同行する「ジャパン・ポップ・オタク」ツアーを開催したのだった。
ア・グランジ・ホッタを紹介するミリアン・カストロさんの動画チャンネル。2019年公開(写真:©Canal Mikannn)
「ア・グランジ・ホッタ」社は、現在5組の日本のポップカルチャーに詳しいインフルエンサーと提携している。
「日本に詳しければ誰でもいいというわけではありません。10〜14日間団体行動するわけですから、フォロワーである参加者との意見交換や触れ合いを積極的に楽しめる人でなければ案内役は務まりません。パック旅行の集客には日本の魅力に増して、インフルエンサーが魅力的であることが大切です」とロッバさん。
提携するインフルエンサーのカリスマと熱意を讃えた。
これまでの5つのツアーパンフレットを抱えるファブリシオ・ロッバ社長(写真:筆者撮影)
日本がニッチな旅行先から変わる?
昨年は、4回のツアーで48人の参加者を数えた。パンデミック後、事業を再開した年にしては、まずまずの1年だったとロッバさんは感じている。
「ブラジル人の主な海外旅行の行き先は、アメリカとヨーロッパです。日本は地理的に遠いこともあって、いまだにエキゾチックでニッチな旅先なんです。ですので、私たちはつねに定員を10〜15人程度に抑えたコンパクトなパックツアーを企画しています」
日本がニッチな旅先とは寂しいが、状況を一変しうるビッグニュースが昨年8月に報じられた。日本の外務省が昨年9月30日をもって、ブラジル人の90日を超えない短期滞在に対してビザを免除することを発表したのだ。
冒頭のダニー・ツルギさんの訪日がかなったのも、実はビザ免除となり、観光ビザ申請時に必要だった貯蓄残高の証明が必要なくなったからだ。
「これでかなり集客がしやすくなります。2025年からは映画や格闘技をテーマとした新たな日本行きパック旅行も検討しています」と、ビザ免除について意見を求めると心なしかロッバ氏の頬が緩んだようにうかがえた。
パンデミックという霧が晴れるや、願ってもないほどに鮮やかな陽光が差し込んだかのようだ。
(仁尾 帯刀(海外書き人クラブ) : ブラジル・サンパウロ市在住フォトグラファー)