部下との会話に「ABテスト」を取り入れてみたら新しい発見がありそうです(写真:kotoru / PIXTA)

近年、中間管理職のなかで問題となっているのが「上司の負担増大」だ。その原因は3つある。

(1)人手不足で総労働時間が急減している
(2)にもかかわらず革新を求められる
(3)デジタル対応をはじめ新たに覚えることが急増している

そのうえ部下が一人でもいれば、「部下の育成」というさらに大きな課題も持ち合わせることになる。

こんな状況では、年齢を重ねるごとに負荷が増えていく。手詰まり感を覚える「上司」も多いことだろう。

「部下の育成」は見極めの精度を上げる

そこで私は提言したい。「部下育成に引っ張られてはならない」、と。

部下には多様なバックグラウンドや価値観があり、個々に合わせた育成やサポートが求められる。上司は部下が何をできて、何をできないのかを迅速に見極め、必要なスキルを身につけさせなければならない。

一方で、あまりに部下育成に時間や労力をかけてしまうと、自分自身が直面している多くの課題を解決できないまま放置することになる。

そうなると「負の連鎖」が止まらなくなる。

人間の意識というのは、基本的に1つのものにしか当てることができない。3つの課題を抱えているのなら、1つ目の課題、2つ目の課題、3つ目の課題……と、1つずつ課題を解決していかなければならない。並行して3つの課題を解決するだなんてこと、よっぽど器用でない限りできないのである。

そのため最も負担の大きい「部下の育成」は、見極めの精度を上げていく必要がある。何を諦め、何を諦めないのかを見極めるのだ。

渋沢栄一の人間観察法「視観察」

見極める力をアップするのに必要なスキルが「洞察力」だ。

洞察力を養うために有効な手法として、私は渋沢栄一の「視観察」をおススメする。「視観察」とは、渋沢栄一の著書『論語と算盤』に書かれてある人間観察法だ。

まずは「視観察」それぞれの意味を簡単に解説していく。

・視 → その人の外見や行動を見ること
・観 → その人の行動の動機を見ること
・察 → その人が何に対して喜び、満足を得るかを見ること

「視観察」の話をすると、ほとんどの人が「観」と「察」が難しいと感想を言う。しかし、侮ってはいけない。「視」も意外と難しいのだ。

人間は「自分の見たいようにしか見ない」生き物だ。先入観もなく、その人の外見、言葉、行動を正しく見ているだろうか。

部下がどんなときに、どんな表情をし、どんな言葉を発し、どれぐらい行動をしているか、正しく把握している上司は、それほど多くない。

また「観」は、その人の行動の動機を見ることだ。

「お客様の笑顔を見たいから頑張れます」

「部長にはいつもお世話になっているので、恩返しをしたいです」

という言葉からは、部下が頑張る動機を理解できるはずだ。

次に「察」は、その人がどんなことで喜び、満足するかを見ることだ。最もその人の「素」がわかる部分と言えるだろう。

「社会に貢献したい」

「お客様を感動させる商品を作りたい」

などと言いながら、SNSのフォロワーが増えたことを喜んでいるのなら、利他的ではなく利己的な性格なのかもしれない。他者貢献よりも自分が目立つことのほうが夢中になる可能性は高い。

反対のケースもある。

「もっとお金が欲しい」

「出世して多くの人に認められたい」

「そのためなら、何でもやる」

と言いながら、後輩が結果を出すと自分のことのように喜んでいるのなら、自分のキャリアよりも他者貢献の意識が強いのだ。言葉と実際の行動をよく見極めなければ、本当の意味で人を洞察することはできない。

部下を見極めるABテストのやり方

「自分の時間を大切にしたい」「ワークライフバランスを第一に考えたい」と言いながら、やりがいのある仕事を任せると時間を忘れて没頭する若者もいる。

「意外と仕事にのめり込むタイプだろ?」と尋ねても、自覚がなければ認めないだろう。自分の言ったことは覚えていても、自分が表現した感情や感覚は、自分自身で認識するのは難しいものだ。

そういうときに利用したいのが「ABテスト」だ。

本来ABテストはマーケティングで使われる手法だ。特定の要素を変更したAパターン、Bパターンのチラシや広告を作成し、ランダムに示して、ユーザーの反応を探る手法だ。

このABテストを部下の見極めにもうまく使うことで、より高い成果を得られるパターンがどちらなのかが見つけやすくなる。

わかりやすいのは、

(A)叱ると伸びる?
(B)褒めると伸びる?

の比較だ。

「私は褒められて伸びるタイプです」と自分では言っていても、実は正反対の人も多い。褒めたり叱ったりを繰り返していると、パターンがわかってくる。

ちなみに私も「褒められると調子に乗るタイプ」なので、自分は褒められたほうが伸びると思い込んでいた。しかし過去を振り返ってパターン分析してみると、明らかに厳しい上司、強制力が強い講師のもとで学んだときのほうが大きく成長していた。

私のように「厳しく叱られて伸びる」人もいる。先入観を持たずにABテストしてみることだ。結果が証明してくれる。

洞察力をアップするABテストの具体例

それでは、どんなABテストがあるのだろうか? 相手が何で喜ぶのか? 満足するのか?

いくつかABテストの例を紹介してみたい。例えば、

(A)本人を褒めると喜ぶか?
(B)部下を褒めると喜ぶか?

で、テストしてみよう。

まずパターンAだ。

「鈴木さんって、すごく仕事ができますよね。見習いたいです」と褒めると、素直に喜ぶか。それとも「いやいや、いいって。俺のことは」と、それほど嬉しそうにしないか。

次にパターンBである。部下を褒めたら、どうか?

例えば「鈴木さんの部下の中村さん、すごく成長してますよね。見違えるようです」と褒めたとき、「そうそう! そうなんだよ。中村さん、本当に頑張ってるんだ」と喜ぶか。それとも、「そうかなあ。まあ、そうかもね」と、それほど食いつかないか。

1回や2回ではわからない。だが、何度かABテストを繰り返すとパターンがわかってくる。

「人の喜ぶ顔が見たいと言いながら、やっぱり自分のことを承認されたほうが嬉しいんだな」とか、「自分のことを褒められても照れるだけなのに、自分の部下とか自分が開発した商品を褒められるとすごく喜ぶな」ということがわかってくる。

お金とやりがいどっち?

(A)お金が大事か?
(B)やりがいが大事か?

このABテストもわかりやすい。

「やりがいのある仕事をしたいです!」

と言いながらも、やりがいよりも給料が高い仕事を選ぶ人もいる。日常的にも、ABテストはいろいろと使えるだろう。

(A)一人でコツコツやりたいか?
(B)みんなで協力してやりたいか?

(A)会社に貢献できたほうが嬉しいか?
(B)自分が成長したほうが嬉しいか?

(A)細かく指導してほしいか?
(B)やりたいようにさせてほしいか?

(A)一つのことを追求したいか?
(B)広く浅く何でも経験したいか?

「本人はAだと言っているけれど、Bのような気もする。どっちなんだ?」と思うことがあれば、ABテストを繰り返してみよう。意外と言っていることと感じていることが裏腹なことも多い。

その人の言葉を真に受けず、生理的反応や感情の揺れに注目するのだ。そうすることで意外な発見があり、洞察力は高まる。

洞察力が高くなれば、何をすれば相手が心地いい思いをするか、わかることだろう。ぜひ試してもらいたい。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)