アメリカで人気沸騰「かにかま」投資合戦の舞台裏
水産大手のマルハニチロと極洋は、アメリカのかにかま工場に投資して攻勢をかける(写真上:マルハニチロ、下:記者撮影)
お正月のお節料理に欠かせない「かまぼこ」。その中で、カニのような見た目と風味が楽しめる「かに風味かまぼこ(かにかま)」の快進撃が続いている。
風味かまぼこの国内市場は、2011年に7万1650トンだった販売量が2021年には8万0350トンへ約12.1%伸びた(富士経済調べ)。一方、同期間におけるアメリカのかにかま消費量は、8万9221トンから12万2469トンへと37.2%も急拡大している(マルハニチロ推計)。
諸説あるものの水産練り物会社スギヨ(石川県七尾市)が起源とされる。日本発祥のかにかまが、国内にとどまらず世界で市場を拡大している。
健康志向で市場は伸び盛り
背景には、欧米を中心とした「健康食志向」が挙げられる。スケソウダラなどの魚のすり身を原料とし、タンパク質含有量が豊富で低カロリー。サラダなどにも合わせやすく、料理に取り入れやすいのが魅力だ。和食文化の広がりも追い風で、酢飯やマヨネーズなどを使用した巻きずし「カリフォルニアロール」の具材などに利用されている。
水産大手の極洋も「魚の生臭さに抵抗がある欧米の方でも、かにかまなら食べやすいのではないか。(安価で高タンパクな)鶏肉とも値段や栄養面で張り合える」(菱沼利光・海外事業部海外事業第一課長)と分析する。
とくに日本の水産大手が有望視するのがアメリカだ。現地で「SURIMI」という名で普及しており、「ウォルマートなどを筆頭に、かにかまを置いていない量販店はないというぐらい一般的な食材」(キョクヨーアメリカ代表・加藤穣氏)という。
各社がアメリカに熱視線を注ぐのは、ビジネスのやりやすさもある。
最大市場とされる欧州の消費量は20万トンを超えるとみられるが、攻略するうえで課題が多い。一正蒲鉾の小森道夫ESG推進部部長は「欧州ではビチュナイというリトアニア発の企業がシェアを握っており、新規参入が難しい状況」と語る。加えて、EUは輸入食品に対するハサップ(事業者がとるべき衛生管理手法)などの規制も厳しいという。
「仮にEU版のハサップを取得できたとしても、ビチュナイにやられてしまうだけ。苦労してまで負け戦をするつもりはない」(水産大手幹部)。この点で、「アメリカにはトライデント社やアクアマー社といった大手プレーヤーがいるものの、まだ参入の余地はある。規制もEUに比べると緩い」という背景がある。
マルハは大型投資、極洋は新会社設立
そんなアメリカ市場で先行するのが、水産最大手のマルハニチロだ。1985年に現地法人であるトランスオーシャンプロダクツを設立。黎明期の参入ではあったが、いまやアメリカのリテール向けでは5割程度のシェアを占めるほどの存在だ。
マルハニチロがアメリカで展開するかにかま(提供:マルハニチロ)
直近でも大型投資に動いており、ワシントン州にある同社工場の設備増強などに総額約49億円を投じる。
「マーケットが拡大しており、今の工場の生産能力だと追いつかなかった。商品によってはとにかく作って売っていくというものもあるだろうが、(認知度の高い)かにかまは、そういう状況にはない。需要が広がり、それに応じて自動的に当社の生産能力をあげていくというスタンス」 (マルハニチロの海外ユニット北米事業部・河野政道部長)
マルハニチロは海外展開を強化しており、北米の売上高は2022年度に627億円(2021年度は424億円)へ伸びている。トランスオーシャンプロダクツへの投資は、北米市場のさらなる成長に向けて欠かせない取り組みの1つだ。
そして2023年に一番目立った動きをしたのが、水産業界3位の極洋だ。現在は子会社キョクヨーフーズ(愛媛県)の工場で生産したものを輸出しているが、事業本格化に向けて、かにかま製造会社を4月にワシントン州に設立した。
「日本から輸送すると3〜4週間かかるうえ、解凍する時間がもったいないとの声が(飲食などの)顧客から届いていた」(極洋の菱沼課長)ということもあり、現地法人設立に踏み切った。2023年度は25億円程度の資金を投じて工場設備を整え、2024年度中に稼働する予定だ。中期的に年間3000トン規模の生産を目指す。
さらに「サラダスティック」で知られる水産練り物大手・一正蒲鉾も、中東や東南アジアに並ぶ重点市場としてアメリカを挙げる。今2024年6月期には海外への輸出額を、前期比で2.2倍増にする構えだ。
足元の中国リスクもアメリカ攻勢の流れを強める可能性がある。中国が水産品の禁輸に踏み切って久しいが、回復の兆しはいまだ見えない。中国向けにかにかまを販売する中堅水産会社の担当者も「代替の販路確保が課題だが、その筆頭候補はやはりアメリカ」と語る。
漁獲枠は楽観視できず
もちろん、アメリカ攻略のリスクもある。1つは競合増加に伴う価格競争だ。水産関係者は「インドから安いかにかまが入るようになってきた。現地大手も追随する動きを見せており、価格下落リスクがある」と実情を明かす。
もう1つは原料調達の不安定さ。原材料のスケソウダラには、資源保護の観点から漁獲枠(漁獲可能量)が設けられており、年によって大きく変動する。足元は全体の漁獲枠が増えているが、決して先行きを楽観視できない。
対策として、マルハニチロは資源アクセスの強化に力を入れている。加工施設や漁獲枠付きの漁船を譲り受けるなどして枠を徐々に増やしており、スケソウダラについてはアメリカ・ベーリング海において27%のアクセス権益を取得済みだ。
業界2位のニッスイも「スケソウダラの漁獲枠はとるかとられるかのゼロサムゲーム。大きく増やすのは難しいにしても、少しずつ増やせる余地はある」(浅井正秀取締役)と意気込む。
国内では「魚食離れ」が長期化する中、伸び盛りである海外市場の攻略は水産各社にとっても極めて重要な戦略だ。海外市場で成長シナリオを描けるか。相次ぐ積極投資や販路開拓の成果に注目が集まる。
(中尾 謙介 : 東洋経済 記者)