■婚姻数・出生数ともに20年で35%以上も減少

結婚や出産は、かつて生産活動でした。

産業革命以前の農業社会では、結婚は共同体の維持のために必要な契約であり、出産は農耕共同体にとっての貴重な労働力の生産でもありました。明治維新以降は富国強兵の名の下で子どもは兵力の生産と変わりました。戦後の経済成長期においては、一億総中流社会の中で、夫婦と子ども2人の4人家族が標準世帯と呼ばれ、結婚も出産も標準という地位を得るための生産であったわけです。

1980年代、バブル経済が過熱する中、恋愛至上主義と呼ばれた自由恋愛・自由結婚の風潮が高まります。ちょうど、ユーミンが「恋人はサンタクロース」を発表し、雑誌『an・an』がクリスマスデート特集を組んだ頃です。

テレビドラマは恋愛トレンディドラマが大流行し、結婚相手の条件が「3高(高身長・高学歴・高収入)」といわれたのも同時期ですが、なんだかんだその頃までは結婚を希望する若者はほぼ100%が結婚できていた皆婚時代でした。

ところが、その後バブル経済が崩壊し、就職氷河期が訪れ、いわゆる「失われた30年」に突入します。この「失われた」時代において、婚姻数や出生数が激減したことはご存じの通りです。

特に、2000年と2022年で比較すると、婚姻数は37%減、出生数は35%減です。ほぼ、婚姻数が減った分だけ出生数が減ったことになります。

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■今の若者は恋愛どころか、生きるので精一杯

その減少の大きな見えざる要因に、かつて生産活動だった結婚と出産の意味が変わったことがあります。もはや、結婚も出産も「必要な生産活動」ではなく「選択的な消費活動」のひとつになってしまったのです。

思うように給料はあがらず、それどころか税金や社会保険料は知らぬ間にジワジワとあげられ、かえって手取りが減るという状況も起きています。所得は増えていないのに、大学の授業料は増え続け、親の所得だけでは足りずに奨学金を借りて進学したものの、就職後もその返済に苦しむ若者も増えました。

80年代までは、高卒であっても、将来の経済的な不安を抱えることもなく結婚や出産をしていたわけですが、2000年以降は、自分の日々の生活で精一杯で、結婚どころか恋愛もままならない若者も増えました。

内閣府の国民生活に関する世論調査では、1996年に「今後の収入や資産の見通しについて不安を感じる」割合は、20代男性37%、女性30%に過ぎなかったものが、2022年ではそれが男性68%、女性66%と激増しています。もちろん、20代だけではなく全世代の不安が増していますが、有配偶より未婚の不安のほうが高い。こうした経済環境と経済不安が、若者の結婚と出産を減少させていることは否定できません。

■中間層が子どもを産まなくなっている

結婚や出産の消費化とは、これらを実施するためには「まず、お金が必要」という前提に変わってしまったことです。しかも、この結婚と出産は、ちょっとした趣味レベルの消費金額とはわけが違います。

人生をかけた大きな消費活動になるわけで、将来の見通しもないまま決断することはできなくなっています。消費は消費でも、生きる上で必要不可欠な消費ではなく、もはや高級車や高級バッグを買うような「贅沢な消費」と変わってしまいました。

事実、児童のいる世帯数は2000年と2022年とで比較すれば、25%も減少していますが、大きく減少しているのは、以前はボリュームゾーンだった世帯年収400万〜600万円の中間層だけです。むしろ、世帯年収900万円以上の場合は22年前とほぼ変わっていません。

要するに、ある程度の年収がある者だけが結婚と出産ができているという状態に陥っているのです。これは児童のいる世帯の平均年収だけが、現役世代の平均年収と比べて近年高くなっていることからも類推できます。

■出生数の半分以上が8都市に集中する異常事態

児童のいる世帯の世帯数が減っているのに反比例して平均年収があがっているのは、元々年収の高い層しか子どもを持てなくなったことを意味します。これは、男性は、年収の高いほうから順番に結婚しているという事実とも符合します。

都道府県別に見ると、より興味深い事実がわかります。

2022年の就業構造基本調査より、6年以内に出生した子有り世帯だけを抽出して(6歳未満の末子のいる子有り世帯)、都道府県別にその世帯年収分布を世帯数ではなく、子どもの数合計として見たものです。

実は、年間の出生数の半分以上は大都市8エリア(首都圏、愛知、大阪、兵庫、福岡)だけで占められます。この8大都市の子ども総数(6歳未満末子のいる世帯のみ)は、317万人で、残りの39道府県全体の267万人を大きく上回ります。
そして、その子有り世帯の世帯年収分布を見ると、その両者で大きく構造が違うことがわかります。

■東京23区は1000万円以上なければ厳しい

8大都市以外の合計では、世帯年収の最頻値が500万円台であるのに対し、8大都市は最頻値こそ600万円台ですが、それに続くのが1000万〜1250万円の世帯になります。わかりやすくいうと、大都市では1000万円以上の世帯が最頻値となるのです。

世帯年収の中央値を計算すると、大都市以外は636万円、8大都市は760万円となり、その差は約130万円です。ちなみに、東京だけの中央値は958万円、東京23区だけに限れば中央値は1026万円となります。

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つまり、東京23区で6年以内に出生した子有り世帯の半分以上が世帯年収1000万円以上ということです。逆に考えれば、東京23区では世帯年収1000万円以上なければ、子どもを産み育てるという活動がなかなかできないということでもあります。

合計特殊出生率が全国最下位といわれる東京ですが、その中でも港区、中央区、千代田区など高所得層が多く住むエリアだけが出生率を伸長させていて、かつて子沢山の区として東京都全体の出生率を押し上げていた、足立区、葛飾区、江戸川区といった下町3区の出生率は激減しています。結婚や出産が経済的に余裕のある層しか選択できない「贅沢な消費」となっているというのはこういうことです。

■「東京は合計特殊出生率が低い」の誤解

そう考えれば、20代の若者が、東京をはじめ8大都市へ流出してしまうのも当然です。地元にいても稼げる仕事がないからです。実際、生涯賃金の高い大企業は東京や大阪などの大都市に集中しているわけですから(〈地元の仕事では「年収300万円の壁」を超えられない…結婚できない若者を生み出す「36道県」の残酷な現実〉参照)

そして、出生数と婚姻数は強い正の相関があります。婚姻数が少なければ確実に出生数は減ります。これも多くの人が勘違いしているのですが、東京の合計特殊出生率が最下位なのは計算母数が15〜49歳の全女性人口のため、未婚人口が多ければ自動的に低くなってしまうためです。

実出生数の推移だけ見れば、全国的に出生数が激減している中で、2000年以降の出生数を増やしているのは実は東京だけです(さすがに2020年以降は東京も下がりましたが)。そして、婚姻率の全国トップも長らく東京ですし、婚姻率の上位もほぼ大都市で占められます。

■「異次元の少子化対策」があまりに的外れな理由

未婚人口が多いということはそれだけ全国から若者を流入させているということであり、なぜ若者が流入するかといえば、給料の高い仕事があるからです。もちろん、東京に来れば全員が高収入になれるわけではありませんが、地元の地方にいるよりは確率があがることでしょう。

結果的に、今や経済的に余裕のある収入を獲得できた若者だけが、結婚をし、出産をし、子育て世帯になっているだけ、というのが現実の姿です。

政府の「異次元の少子化対策」が根本的に的外れなのは、結婚した夫婦が出生をしないのではなく、そもそもその前段階として結婚する若者が減っているということを完全に無視しているからです。

もっといえば、結婚する若者が減っているのは、若者の経済環境が30年間も全然改善されないからです。子育て支援は否定しませんが、少子化対策という新たな出生増を図るのであれば、この結婚したくてもできない若者の経済環境の改善こそが第一優先課題になるべきです。

■次は「出生地ガチャ」という言葉が生まれるのか

1990年代後半から2000年代前半にかけて、本当は第3次ベビーブームが来るはずでした。それが、来なかったのは、ひとえに就職氷河期の真っ只中で、20代の若者の経済環境が悪化したことによります。20年前の若者の支援を無視したばかりに、20年後の生涯未婚率は過去最高記録を打ち立てることになりました。その20年前の失敗をまた繰り返そうとしているのでしょうか。

親が1000万円以上の収入を持つ子どもの数は、8大都市で約80万人、それ以外では約30万人です。ある程度裕福な家の子の比率は、大都市だけで73%を占めるという歪(いびつ)な分布になってしまっています。

親の所得の違いに加え、出生地の場所の違いで、子どもの置かれた経済環境の格差が大きく広がっていることになります。このままいくと「親ガチャ」だけではなく「出生地ガチャ」と言われるようになるかもしれません。一体、20年後はどうなってしまうのでしょうか?

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荒川 和久(あらかわ・かずひさ)
コラムニスト・独身研究家
ソロ社会論及び非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。海外からも注目を集めている。著書に『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』(小学館新書)、『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会』(PHP新書)、『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書)、『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(中野信子共著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
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(コラムニスト・独身研究家 荒川 和久)