人を恐れない「アーバンベア」に怯えるしかない人類…駆除に「クマがかわいそう」クレーム殺到で秋田県庁パンク”どうすればいいんだ!”

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 全国でクマによる人身被害が深刻化している。クマは冬眠する11月下旬頃にかけて出没するケースが多く、8月から農地や住宅地などでの被害が急増。一部地域では小学校近くに出没するなど人間の生活圏を脅かし、人身被害は国が統計を取り始めた2006年度以降で過去最悪となった。危機感を強める自治体は住宅周辺での猟銃使用基準の明確化を国に要請するが、クマの捕獲や駆除には「かわいそう」「殺す必要まではないだろう」といったクレームも寄せられている。エサが凶作である今季は冬眠入りが遅れるとの専門家の見方もある中、国や自治体に打つ手はないのか―。経済アナリストの佐藤健太氏が解説するーー。

クマ駆除の苦情電話「付き合っていると仕事ができないので業務妨害

 「クマ類の出没抑制対策の財源確保や、法に基づく有害捕獲の制度改革の必要性、国民の理解促進について要望します」。北海道東北地方知事会は11月13日、捕獲や駆除にかかる財政的支援を要請するとともに、猟銃使用基準の明確化などを国に求めた。

 緊急要望の背景には、クマの人身被害が過去最多という恐怖に向き合っているものの、クマの駆除には多くの苦情が寄せられていることがある。被害が最も多い秋田県は「数を関係なく、今のところやっても良い。猟期になったら見つけたらすぐやる」(佐竹敬久知事)と積極的に狩猟する方針を打ち出し、すでに2023年度は1000頭以上を捕獲した。猟友会が使う猟銃の弾丸費用や運搬費用などの経済的支援も行い、被害の拡大防止策を強化していく構えを見せる。

 悩ましいのは、クマの駆除に対する苦情が殺到している点だ。佐竹知事は「電話は乱暴なんですよ。ほとんど『ワー!』でしょ。これに付き合っていると仕事ができないので業務妨害」と説明。2番目に被害が多い岩手県の達増拓也知事も「クマを撃つのはかわいそうという電話が自治体に殺到することがあり、必要な場合には撃つものだと国民に周知して欲しい」と政府に要請した。

愛護だけでは、地域社会のみならずクマ類の個体群をも守れない

 自治体に相次ぐ「クマがかわいそう」「駆除する以外に方法を考えろ」といった苦情は、地元からではなく他の住民から寄せられるケースが目立ち、抗議によっては威力業務妨害に当たる可能性もあるという。

 大量クレーム問題には「野生生物と社会」学会が11月12日、緊急声明で「クマ類は人との軋轢も大きく、付き合い方を間違えれば人命を奪うこともあり、一定数の捕獲は欠かせません。クマ類との共存のためには、人の生活圏に侵入した個体や再出没が懸念される個体は捕獲すること、さらには、人の生活圏には侵入させない対策は必要不可欠です」と指摘。その上で「愛護だけでは、地域社会のみならずクマ類の個体群をも守ることができません」「関係者への配慮の無い電話や執拗なクレームは、関係者の努力をくじき、かえってクマとの共存を妨げる結果を招きます」と説明している。

 そもそも日本にはヒグマとツキノワグマの2種類が生息し、ヒグマは北海道、ツキノワグマは本州や四国に分布している。ただ、近年は生息環境としての森林の変化やエサ不足などを引き金に生息域の拡大がみられ、田畑に放棄された生ゴミや柿、栗などが誘引物となって人里に出没するケースが後を絶たない。

今年4~9月の出没件数は1万2699件に達し、昨年1年間を上回った

 今年4~9月の出没件数は1万2699件に達し、昨年1年間の1万1135件をすでに上回った。10月末時点でクマの被害に遭った人は18道府県で180人に上り、人間を恐れず市街地に侵入する「アーバンベア」が地元住民に恐怖を与えているのだ。

 では、クマと「共存」する方法はあり得るのか。その手法の1つとされてきたのは「ゾーニング管理」だ。森林などクマの保護を優先すべき区域と、農地や住宅地周辺など人間の生活空間を守る区域に分け、その間に「ベアドッグ」と呼ばれる犬や銃器を用いた追い払いを行う緩衝地帯を設定。人とクマの適切な距離を確保し、人や農林業の被害を防ぐ手法と言える。

 ゾーニングで人とクマのすみ分けを目指す長野県軽井沢町では、捕獲したクマに発信器をつけて行動を調査し、電波情報をもとにベアドッグが追い払いを繰り返してきた。人間の生活空間での人身被害はなくなり、20年以上もかけた地道な活動が功を奏している形と言える。ただ、ゾーニング管理は長い時間と費用が欠かせず、出没が多い年だからといって急遽できるものではない。クマを侵入させないために柿などの誘引物を管理するにしても、伐採や刈り払い、フェンス設置などの費用をどこから賄うのかは課題と言える。

野生鳥獣による農作物被害は2021年度に約155億円

 野生鳥獣による農作物被害は2021年度に約155億円となっている。クマによる被害は飼料作物や果樹、野菜などが多く、これまでの対策は金網フェンスなどの侵入防止柵設置が多かった。電気柵は強い電気ショックを与えるが、ワイヤーに触れさせなければならず、適切な設置と維持管理ができなければ侵入防止効果は得られない。

 クマとのすみ分けで注目されることになったのがAI(人工知能)の活用だ。AIによる解析サービスを展開する「ZeroToInfinity」(ZTI、東京・新宿)と「カミエンス・テクノロジー」(東京・人形町)は2022年5月、AIを活用したクマ対策に乗り出した。群馬県嬬恋村の農家は例年、鳥獣による約1億円もの被害に悩まされ、電気柵を設置しても効果は限定的だった。そこで両社が共同開発したのは、クマが「嫌がり、監視する」もの。畑にAIセンサーを設置し、クマが接近すると検知するとともに忌避効果がある光や音を発信。登録先にどのようなクマが侵入したのかリアルタイムで通知する。

人の存在を恐れない「アーバンベア」

 ZTIの佐川亜希CEOは「設置期間中に複数のクマが周辺に近づいたことはあったが、この年の被害は確認されなかった」と語る。同社は秋田県北秋田市と連携し、クマの行動をディープラーニング(深層学習)させて検知率を上げており、鳥獣対策の依頼が殺到しているという。

 クマは植物を中心とした雑食性で、ブナ科の果実などを好む。地域によって引き金は異なるものの、好物の不作があれば代替となる食物を求めて人間の生活空間に出没するケースが多い。高齢化の進展で狩猟するハンターは減り、耕作放棄地が増える中、出没しやすくなったクマの生息範囲は広がっている。

 人の存在を恐れない「アーバンベア」にとっては柿や栗、リンゴといった果実に加え、家畜飼料や残飯は「ごちそう」に映るのだろう。クマによる被害は冬眠に入る時期にかけて相次いでおり、これ以上の犠牲者を出さないためにも国や自治体による新たな対策が求められている。