ガザ市のリマル地区の様子(写真:Ahmad Salem/Bloomberg)

イスラエルと、パレスチナ自治区のガザを実効支配するハマスとの間の軍事衝突が深刻さを増しています。そこで、過去の大規模衝突場面の株価推移を振り返って、今後の株式市場の動きを考えてみましょう。多くの専門家が今後の衝突の行方と株式市場への影響など予想していますが、今回は過去のデータから読み取れることを冷静にお伝えしたいと思います。

株式市場はどのように反応したのか

各種報道によれば、今回の大規模衝突の直接的な開始時期は、ハマスがイスラエルに向けて数千発のミサイルを発射した10月7日です。すでに2週間以上が経過しましたが、イスラエル軍は21日に“ガザ北部のハマスの拠点への空爆を強化すると表明”するなど、目先の収束が見えにくい状況です。

このような動きに対して、足元までの株式市場はどのように反応してきたでしょうか。

10月20日現在の日経平均株価は3万1259円でした。10月に入ってからの高値3万2494円から見ると3.8%下落しています。ただ、この10月高値は今回の軍事衝突の後の12日のものなので、軍事衝突が起こった後の株価を、おしなべて見ると底堅く推移してきました。

足元の株安は米金利上昇の懸念が高まった影響によるものが大きく、軍事衝突開始の7日終値(同日は休日のため前日の6日終値)から見れば0.9%高となっています。つまり、これまでの株価の動きから見ると、イスラエルとハマスとの間の衝突に対して、市場は冷静に受け止めていると言えます。

そこで、今後の動きを予想するうえで、過去に起こった大規模なイスラエルとハマスとの衝突と、その後の株式市場を振り返ってみました。イスラエルとハマスとの間では、これまで数多くの衝突がありました。そのうち大規模なものは過去4回あったと言われています。

現在、防衛大学校の名誉教授をされている立山良司氏が公益財団法人 日本国際問題研究所で公開した論文「激化したイスラエル・パレスチナ対立」(同研究所のウェブサイトで閲覧可能)では、4回の衝突が整理されています。そこで同論文を参考に、下表では、それぞれの衝突期間と、その後の市場の動きを見てみました。


これまでの4回の衝突で、最も日経平均株価が大きく下落したのは1回目です。衝突期間で5.8%株価が下落しました。また、停戦後も下落を続けています。

しかし、これは衝突によるものというよりも、当時、世界的な経済を大きく揺らしたリーマンショックの影響が大きかったと見られます。リーマンショックは、2008年9月にアメリカの有力投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻し、それを契機として広がった世界的な株価下落、金融危機と同時不況です。1回目はあまり参考にならないデータかもしれません。

戦闘期間の株価が底堅かった背景

そこで2回目から4回目の傾向を中心に見てみましょう。「開始から終了まで」は4回目では下落しましたが、−1.0%程度と大幅な下げというほどではありません。そして他の2回(2回目と3回目)は株価が上昇しました。こうした結果から基本的には「戦闘期間では株価は底堅かった」と言えます。その背景ですが原油価格が大きく上がることがなく安定していたことがあると見られます。

また、終了後「終了から10日後まで」は2回目から4回目の3回とも上昇しています。

こうして見ると、イスラエルとハマスとの間の軍事衝突が株価にとってポジティブとは、理由がないため考えにくいですが、特に注目される点は「株安要因にはなりがたい」と言うことです。

ところで、今回の衝突は過去4回と比べても規模が大きいものです。各種の報道によれば10月17日現在でイスラエル政府によると、これまでに少なくとも1300人の死亡が確認されたとのことです。一方のパレスチナ側では、保健当局がこれまでに約3000人が死亡したと発表しています。

立山氏の論文の引用からですが、過去4回の衝突で最大のものが2014年におきた第3回で、パレスチナ側が2130人、イスラエル側が71人の死者とのことでした。今回はすでに、これを上回っています。

そうなってくると、今後の戦禍の拡大、そして中東諸国を巻き込んだ国家間の戦争にもなりかねないという懸念から、過去4回の中東戦争が連想されます。そこで参考に中東戦争とその後の日経平均株価を見てみました。


第3次と第4次の中東戦争では株価が大きく下落

第1次の中東戦争の場面は、日本は第2次世界大戦の終戦からの復興時期で、東京証券取引所が再開(1949年)する前におこりました。そこで、第2次中東戦争以降を見てみましょう。

その結果、第2次は上昇、一方、第3次と第4次は日経平均株価が下落しています。第2次中東戦争は日本経済が「神武景気」と呼ばれる過去最大の好景気の時期と重なりました。国民が三種の神器(冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ)の購入ブームとなり、設備投資や消費といった国内需要の高い伸びに支えられた時期で株価が上昇したため、株価は第2次中東戦争の影響が小さかったと見られます。

一方で、第3次と第4次の中東戦争では株価が大きく下げました。この背後には原油供給への不安が高まったことが背後にあります。特に第4次中東戦争を契機として起こったのが第1次オイルショックです。

歴史的に見ると、国際石油資本(通称:石油メジャー)が原油の採油、輸送、販売や化学までを支配する時代が続いていました。石油メジャーが供給を支配していたのです。これに対して、1960年に中東産油各国が生産量の決定に発言力を持つため、石油輸出国機構(OPEC:オペック)を結成しました。そして時代の流れとともに、その発言力が強まってきたのです。

第4次中東戦争の際には、OPECはアメリカをはじめとするイスラエル支持諸国に石油輸出を禁止するという「石油戦略」を発動しました。これがオイルショックにつながり日本の株安、景気後退につながりました。

「日本株の大きな下げにはつながらない」

これまで、イスラエルとハマスとの間の軍事衝突と中東戦争のそれぞれの場面での、日経平均株価の騰落率を見てきました。今回改めて確認できることは「イスラエルとハマスとの間の衝突に関しては日本株の大きな下げにはつながらないこと。しかし、中東戦争のように国家間の戦争に発展すると、原油の供給不安からも株安の傾向になること」が示されました。

アラブ諸国はイスラエルとの国交の正常化という時代の大きな流れがあります。

イスラエルは1974年にエジプトと、1994年にヨルダンと国交正常化させた後は、なかなか、正常化が進みませんでした。しかし2020年にUAE(アラブ首長国連邦)・バーレーン・スーダン・モロッコの4カ国がイスラエルとの国交正常化に同意しました。

今回の軍事衝突で、凍結してしまったと報道されていますが、サウジアラビアもイスラエルとの国交正常化に向けた流れがあります。こうしたなか、足元の金融市場の動きからは、今回の衝突はこれまでのような中東戦争にまで発展するとの懸念は限定的のようです。衝突の今後の早期解決が期待されます。

(吉野 貴晶 : ニッセイアセットマネジメント 投資工学開発センター長)