新聞などでは「日本人の英語力は世界最低クラス」などとする報道をたびたび目にする。本当にそうなのか。立教大学異文化コミュニケーション学部の中田達也教授は「TOEFLなどの平均スコアを国別に比べても意味がない。日本人の英語力が突出して低いというデータはない」という――。

※本稿は、中田達也『最新の第二言語習得研究に基づく 究極の英語学習法』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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■日本人の英語力は本当に世界最低クラスなのか

新聞や雑誌などのメディアでは、「日本の英語力はアジア最下位」「諸外国の中で最低クラス」といったセンセーショナルな見出しが定期的に躍ります。「中学・高校と6年間も英語を勉強したのに、英語が話せるようにならなかった」といった不満もよく耳にします。しかし、日本人が本当に世界に名だたる英語下手であるかどうかは、疑わしいところがあります。

「日本人の英語下手」を煽る記事では、TOEFLなど、英語試験の国別ランキングを引用するのが定番です。しかし、これらのランキングをもとに英語力を比較するのは不適切です。

■英語試験の結果から日本人全体の英語力を測れるのか

その理由は、英語試験の受験者は日本人全体の英語力を代表しているとは限らないためです。例えば、日本の大学生の英語力を調べたいとしましょう。最も確実な方法は、日本の大学生全員に英語のテストを受けてもらうことです。しかし、日本に存在するありとあらゆる大学の全学生に同じテストを受けてもらうのは、時間的・金銭的な制約から現実的ではありません。

より現実的な策としては、全国の大学生から無作為に一部を抽出し、その試験結果から大学生全員の英語力を推定する方法が考えられます。ここで重要なのは、英語があまり得意ではない学生から、かなり得意な学生まで幅広く調査対象とする必要があるということです。例えば、日本の大学生全員の英語力を推定したいにもかかわらず、東大生や京大生ばかりからデータを収集したとしたら、その結果は日本の平均的な大学生の実態とはだいぶかけ離れたものになるでしょう。

■ごく一部のエリートだけが試験を受けられる国もある

同じ理由で、TOEFLなど英語試験の国別スコアから、その国全体の英語力を推定するのも不適切です。TOEFLは英語圏(特に北米)の大学や大学院に留学するための英語力があるかを測定するためのテストです。そのため、TOEFLをわざわざ受験するのは、英語に関心があり、比較的高い英語力を持っている層に限られるでしょう。そのため、TOEFLスコアの平均点は、その国の平均的な英語学習者の実情とはかけ離れている可能性があります。

また、TOEFLは受験料が非常に高額(2023年時点で245米ドル)であることにも留意すべきです。国民の平均所得が低い国であれば、TOEFLのような高額な英語試験を受けるのは、金銭的に恵まれたごく一部のエリートだけでしょう。

国によって主な受験者層が異なる(=一部のエリートしか受けない国もあれば、そうでない国もある)ため、国ごとの平均点を比較することにはあまり意味がありません。日本の中堅大学に通う学生の英語力と、海外のトップ大学の学生の英語力を比較して、「日本の大学生の英語力は低すぎる! 日本の英語教育は改善すべきだ!」と騒いでいるようなものです。

■どの英語試験であっても国別のスコア比較は不適切

英語には、compare apples and orangesという表現があります。文字通りには「リンゴとオレンジを比べる」という意味ですが、「本来比べようがないものを無理に比べる」という意味の定型表現です。

国別のTOEFLスコアを比較するのも、まさにリンゴとオレンジを比べているようなものです。「リンゴの皮はオレンジよりも薄い」「オレンジの方がリンゴよりもビタミンCが豊富だ」などと両者の違いを色々と指摘することはできるでしょうが、そのような比較から有益な示唆が得られるかというと、はなはだ疑問です。

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近年ではTOEFLだけでなく、EF Education First社のEPI(English Proficiency Index)という指標が引用されることもあります。EF EPIランキングは「世界最大の英語能力指数ランキング」と謳われており、新聞などの大手メディアでもよく取り上げられます。

しかし、TOEFLと同じように、受験者が無作為抽出されておらず、「その年にたまたまEF EPIテストを受けた人」の英語力の指標にすぎません。そのため、EF EPIランキングを元に、その国の平均的な学習者の英語力を推定するのもやはり不適切です。TOEICやIELTSなど、他の英語試験も同様です。

■日本人の英語力が低いのは無理もない

それでは、日本人の英語力の実態はどのくらいなのでしょうか? 寺沢拓敬氏(関西学院大学)は『「日本人と英語」の社会学』(研究社)で、「『日本人』の英語力が国際的に見て低いレベルにあることは事実だが、日本だけが突出して低いわけではなく、東アジアや南欧の国々も日本と同水準である」(寺沢、2015、p.72)と述べています。

平均的な日本人の英語力が、世界的に見て低いレベルにあることには、いくつかの理由があります。その理由の1つは、英語の社会的な位置づけです。日本より英語力が高いアジアの国としては、シンガポールが代表的です。しかし、シンガポールでは英語が公用語の1つですから、シンガポール人の英語力と日本人の英語力を比較するのもやはりapples and orangesです。

シンガポールに限らず、英米に統治された歴史を持つ国では、現在でも英語が公用語やそれに準ずるものとして使われていることがあります。一方で、日本では英語はあくまで外国語の1つにすぎません。日本では日常生活で英語に触れる機会がほとんどないわけですから、日本人の英語力があまり高くないのも、無理はないでしょう。

■日本語ネイティヴにとって英語の習得が難しい言語学的理由

2つ目の理由は、英語と日本語の言語的な相違です。例えば、英語の母語話者にとって、スペイン語・イタリア語・オランダ語などヨーロッパ系言語は比較的簡単に習得できる一方で、アラビア語・中国語・韓国語・日本語などは習得に多くの時間がかかることを示すデータがあります。この結果は、母語と言語的に距離が近い(=共通点が多い)外国語の方が、そうでない言語よりも習得が容易であることを示唆しています。

中田達也『最新の第二言語習得研究に基づく 究極の英語学習法』(KADOKAWA)

ヨーロッパ系の言語を母語とする学習者にとって、英語の習得は比較的容易です。フランス語・ドイツ語・スペイン語などを学習された経験のある方は、英語との様々な類似点に気づかれたことでしょう。これらの言語は歴史的にも英語と結びつきが強いため、母語の知識が学習に役立つことが多いのです。日本語話者が中国語を学ぶときに、漢字の知識が役立つことがあるのと同じです。

一方で、日本語と英語はかなり距離の離れた言語で、相違点が非常に多くあります。例えば、「英語ではアルファベットが使われるが、日本語はひらがな・カタカナ・漢字を使う」「英語には冠詞があるが日本語にはない」「英語では可算名詞と不可算名詞を区別するが、日本語では区別されない」「英語には前置詞があるが、日本語にはない」「英語の基本的な語順はSVOだが、日本語ではSOVである」など、枚挙に暇がありません。このような事情を考えると、日本人の英語力が世界的に見て低い方に位置するのも無理はないでしょう。

■英語話者も「フランス語を6年も学んだのに」と嘆く

今でこそ英語は国際的な言語としての地位を確立していますが、今後も英語の覇権が続くとは限りません。もし、数十年後、英語に代わって中国語が国際的な共通語となったとしたら、漢字の知識が生かせる日本人は、「世界に名だたる外国語達人」として注目を集めているかもしれません。

そして、「日本人はなぜこんなに外国語が得意なのか」「日本の外国語教育はなぜこんなに成功しているのか」という秘訣(ひけつ)を探るため、世界各国から日本に視察団が押し寄せているかもしれません。

ちなみに、日本では「中学・高校と英語を6年間も学んだのに、ちっとも身につかなかった」とよく聞きますが、このような不満は日本に特有ではありません。第二言語習得の分野で著名な研究者であるパッツィ・ライトバウン氏(コンコーディア大学)は、「フランス語を6年学んだのに朝食も注文できないという不満は、英語圏でよく聞かれる」と述べています。外国語に苦手意識を抱えているのは、日本人だけではないのですね。

■日本人の英語力が低いのは英語教育が失敗しているからではない

TOEFLなどの英語試験のスコアランキングを引用した、

日本の英語力はアジア最下位! 諸外国の中で最低クラス!
→日本の英語教育は間違っている!
→だから日本の英語教育は改善すべきだ!

といった報道は、半ばお約束となっています。しかし、すでに述べた通り、日本人の英語力が突出して低いというデータはありません。

同時に、日本人の英語力が非常に高いわけではないのも事実です。しかし、その大きな理由としては、日本における英語の社会的な位置づけや英語と日本語の言語的距離が考えられ、日本の英語教育が失敗しているからではありません。

「日本人は英語下手だから、努力してもどうせ身につかないだろう」と卑屈になる必要はありません。同時に、「中学・高校と英語を6年間も学んだのに、ちっとも身につかなかったのは日本の英語教育が間違っているからだ」と、責任転嫁するのも不適切です。

日本の英語力が「諸外国の中で最低クラス」「アジア最下位」といったセンセーショナルな報道に惑わされることなく、今まで受けてきた英語教育を信じて、地道に学習を続けましょう。

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中田 達也(なかた・たつや)
立教大学教授
東京大学大学院修士課程修了後、ヴィクトリア大学ウェリントンにて博士号(応用言語学取得)。立教大学異文化コミュニケーション学部・異文化コミュニケーション研究科教授。著書に『英語は決まり文句が8割 今日から役立つ「定型表現」学習法』(講談社)、『英単語学習の科学』(研究社)などがある。
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(立教大学教授 中田 達也)