石毛宏典が語る西武の再建 後編

(前編:西武「管理野球」広岡達朗から森祗晶らが受け継いだ後「緩んだタイミング」>>)

 西武がかつての強さを取り戻すには、どのようにチームを再建していけばいいのか。黄金期に長らくチームリーダーとして活躍した石毛宏典氏へのインタビュー後編では、今の指導の潮流とも言える"自主性"に対する見解、今の選手たちへのアプローチ法などを聞いた。


シーズン中の試合前、岸潤一郎(左)に指導する西武・松井稼頭央監督

【選手の自主性に任せていい段階とは】

――石毛さんは"管理野球"のもとで強い西武を牽引されてきましたが、"自主性"に対しての見解をお聞かせください。

石毛宏典(以下:石毛) 選手としては、「自分のことは自分で管理しろ」と言われたら居心地はいいかもしれませんが、若い選手の場合は「自分でやれと言われても、どんな練習をしたらいいの?」「どうやったらうまくなれるの?」と戸惑いが生まれて、本人が方向性を示すことはできません。なので、「自主性に任せる」という言葉は、多少なりともレギュラーを張ってきて、年齢的には31〜33歳ぐらいの選手に対して言えることなんじゃないかと。

――経験がある選手は自主性に任せてもいいけれど、経験の少ない若手には無理があるということでしょうか。

石毛 野球の難しさや大変さがわかるのは、31〜33歳くらいの年齢だと思うんです。レギュラーを張って活躍してヒーローになる。ミスをして罵声を浴びる。悔しさをバネにまた這い上がる。そういう経験を経て、初めて自分をコントロールできるようになりますから。

 松井稼頭央監督は選手の自主性を育むことを目指し、「コーチング」(答えは与えず、ヒントを与えて考えさせる)を重視しているようですが、経験の少ない若い選手たちに対してはコーチング一辺倒ではなく、「ティーチング」(答えをしっかりと選手に教える)の意識も持って接するべきだと思います。

――ティーチングも、強制力が強すぎるのはよくない?

石毛 私が若い頃は厳しい練習を強制的にやらされました。元来、人間は「休みたい」という感情が根底にある。だから厳しい練習を課されるとズル休みをしようとするのですが、「いいから来い!」と監督やコーチに引っ張られてヘロヘロになるまでやらされた。

「もうひとりの自分を見つけろ」と言われた時もありました。無意識に体が反応してバットが出るとか、守っている時も無意識に打球に反応するとか、そうなってこそ本物だと。練習は厳しいのですが、それを乗り越えていくことで技術や体力のキャパシティが広がっていくんです。そうなると、それまでつらかった練習が苦じゃなくなって当たり前になる。結果としてうまくなり、もっとうまくなりたいと欲が出てくる。それを繰り返すことで成長していくんです。

 強制されることで身についた技術の土台があった上で、それなりに試合も経験していくと、「じゃあ、今度はこうしてみよう」と創意工夫をするようになる。基礎ができて応用に向かうタイミングが、自主性に任せていい段階だと思います。

――ある程度の技術と経験が身についた段階での自主性はいいけれど、技術や経験の少ない段階では強制的な練習が必要だという考えでしょうか。

石毛 例えば1、2時間で500〜1000本のノックなんて、今の若い選手たちからしたら「なぜ、非科学的な練習をしなきゃいけないんだ」と思う時代かもしれません。ただ、私たちは選手時代にそうやって鍛えられてきましたし、実際にいい結果が出たのでそれでよかったと思っています。

 今は練習にも科学的な根拠があって、「こういう練習、筋トレをすればいい」といったものがあると思いますし、私自身が現役時代にそういう体験をしていないので肯定も否定もできません。それは逆も言えますよね。今の若い選手たちが自分を徹底的に追い込む練習をした経験がないのであれば、僕らの感覚がわからないと思いますし、「昔の選手はそうやって鍛えられてきたんだ」と思う程度のことでしょう。

【指導の基本は昔も今も変わらない】

――そうだとすれば、若い選手たちにどのように歩み寄っていけばいいと思いますか?

石毛 やはり基本は"しっかりした技術指導ができること"だと思うんです。僕らが強制的な練習で目指したことも、今の選手たちが求めていることも、結局は投げる、打つ、捕るの技術。体力がどうであれ、時代が変わっても、技術の理論は今も昔も根本的には変わっていないはずですから。

 なので、しっかりとした技術を指導できる監督やコーチは、いつの時代も必要じゃないかなと。例えば広岡(達朗)さんが監督の時代は、広岡さん自身がグラブを片手に自ら技術指導をしていましたし、ヘッドコーチの森祇晶さん、打撃コーチの佐藤孝夫さん、守備・走塁コーチの近藤昭仁さんらあらゆるコーチングスタッフが、広岡さんの方針を理解して動いていました。

 そういう監督、コーチからの指導であれば、今の選手たちも聞く耳を持つと思いますし、納得してくれると思うんです。練習を強制的にやらせる、という言い方がいいのかはわかりませんが、結果としてそうさせることも可能になると思います。

――今年、阪神をリーグ優勝に導いた岡田彰布監督も「今の若い選手たちは、ゲッツーの取り方など、今までに教えられていなかっただろうことを教えてあげると、すごく積極的に練習しますね」と言われていました。技術指導といえば、2017年から昨季まで西武の監督を務めた辻発彦さんは、就任当初から内野守備を身振り手振りでレクチャーされていましたね。

石毛 辻は技術指導ができますからね。辻が監督時代に西武のキャンプを何回か見に行ったのですが、本人がしっかりと指導していました。

 彼も私と同様に広岡さんや森さんからの指導を受けていますし、現役時代には晩年にヤクルトで野村克也監督のもとで選手としてプレーし、中日では落合博満監督のもとでコーチを経験しました。特に落合監督時代は選手たちに厳しい練習を課したところもあるので、そういうことはわかってるんじゃないですか。

【技術指導以外に必要なもの】

――それが2018、2019年のリーグ優勝につながったのかもしれませんね。技術指導以外に必要なものはありますか?

石毛 球団でも一般企業でも、理念や方針があります。監督がそれを示して導いていく。やはり熱量、迫力も必要です。それと、「監督ってそんなにやることあるの?」と言われることもあるんですが、本当にたくさんあるんです。

 あるピッチャー出身の監督が「野手のことはわからないから、コーチに任せる」と言ったことがあります。最初は知らなくてもいいと思うんですが、監督である以上は「コーチはこうやって指導してるんだな」と知ること、選手やコーチと「自分はこう思うんだけどどう思う?」といったコミュニケーションをとりながら、知らない部分を埋めていく努力は必要だと思います。
 
 それらを知った上で任せるのか、まったく知ろうとせずに人に任せっきりになることは全然違います。それをやらなきゃいけないのが、監督の仕事だと思います。

――熱量を選手たちに伝えていくためにはどうするべきか?

石毛 今年のWBCで日本を優勝に導いた栗山英樹監督、昨年のサッカーW杯で日本をベスト16に導いた森保一監督は、決して強面の指導者ではなくコミュニケーションのとり方がソフトな印象です。それでも熱量は十分すぎるほど選手たちに伝わっていたように感じます。

 それと、栗山監督は選手のヒーローインタビューをベンチで聞く監督でしたが、今までそんな監督はいなかった。本人に「なんでヒーローインタビューをベンチで聞いているのか?」と聞いたことがあるんですが、彼は「自分がやりたい野球があって、それを選手たちに聞いてもらうために、『選手の意見もしっかり聞いているよ』と伝えたかったんです。一方通行の監督ではなく、双方向のコミュニケーションを取るためのひとつの手段なんです」と言っていました。

 授業参観で、保護者が後ろから子どものスピーチを聞いているような感じだと思いますよ。子どもは親が聞いてくれていると安心するじゃないですか。ちゃんと自分のこと見てくれて、話も聞いてくれて、時折アドバイスもくれる。だったら「この人のために頑張ろう」という気持ちが自然と芽生えるんだと思います。

――監督から選手へのアプローチも変わってきた?

石毛 そう思います。私たちが若い頃は練習で「これをやれ!」と強制されることが多かった、という話をしてきましたが、今は「何がうまくなりたい? じゃあ、こうやろうか?」みたいな感じ。昔の根底にあったのは「有無を言わさない厳しさ」だったのが、今は人が人のことを思う「愛情」になっていると思うんです。

 もちろん昔の指導者にも、愛情は多かれ少なかれあったとは思うのですが、それよりも厳しさが全面に出ていましたから。いずれにせよ、強いチームを再建していくためには選手の頑張りはもちろん、指導者の意識や方針、熱量といったものが必須でしょうね。

【プロフィール】

石毛宏典(いしげ・ひろみち)

1956年 9月22日生まれ、千葉県出身。駒澤大学、プリンスホテルを経て1980年ドラフト1位で西武に入団。黄金時代のチームリーダーとして活躍する。1994年にFA権を行使してダイエーに移籍。1996年限りで引退し、ダイエーの2軍監督、オリックスの監督を歴任する。2004年には独立リーグの四国アイランドリーグを創設。同リーグコミッショナーを経て、2008年より四国・九州アイランド リーグの「愛媛マンダリンパイレーツ」のシニア・チームアドバイザーを務めた。そのほか、指導者やプロ野球解説者など幅広く活躍している。