わが子を「神経質な子」と思ってる人、それは「感覚過敏」のせいかもしれません(写真:Fast&Slow/PIXTA)

刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな理由で起きると考えられている「感覚過敏」――。光、音、におい、肌触りなど、私たちを取り巻くさまざまな“刺激”が、いま、多くの子どもたちを苦しめています。

本記事では、そんな感覚過敏の当事者で、「感覚過敏研究所」所長を務める現役高校生・加藤路瑛さんの著書『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(監修:児童精神科医・黒川駿哉、ワニブックス)の一部を抜粋・編集しつつ、見えない“感覚過敏のセカイ”に迫ります。

“登校しぶり”の理由は「運動会のピストル音」

ある日、Aさんの小学3年生になる息子が「小学校に行きたくない」と言い出した。春からの疲れが出たのだろうと見守っていたAさんだが、学校に行きしぶる様子が何日も続いたため心配になり、本人と話をしてみたところ、理由は意外なところにあったという。

それはなんと、「運動会のピストル音と騒音」だったのだ。

「パーンっていう(ピストルの)音とか、音楽とか、周りの声とか、いろんな音がしんどくて、苦しくなった」という息子。

振り返れば、家でもAさんが掃除機をかけるときも耳を塞いでいたり、遊園地のメリーゴーラウンドなどの乗り物にも「乗りたくない」と言って、せっかく来たのに木陰でお絵描きしているような子どもだった。聞けば、先生が大きな声で注意するときや、学校のチャイムの音、友だちの話し声、テレビの音もつらいのだという。

早速、インターネットで聴覚によるストレスについて調べてみたAさんは、「聴覚過敏」という感覚過敏の一種にたどり着く。そしてさらに調べていくと、自分にも思い当たることが次々と見つかった。

たとえば、PCの光が眩しくて、家の中でもサングラスをかけて仕事をしたり(視覚過敏)、下着の縫い目が肌にあたると痛いので、裏返しに着ていたり(触覚過敏)。そう、Aさんと息子を苦しめていたのは“感覚の困りごと”とされ、いま、多くの人が自覚しつつある感覚過敏だったのだ。

現在、「感覚過敏研究所」を主宰する加藤路瑛さんが不登校気味となり、中学2年生の秋からフリースクールに通うようになったのも、大きな原因の1つは、この感覚過敏だった。

中学に入学し、学校生活にも慣れてきた頃、保健室に駆け込むことが増えた。休み時間になると、決まって頭痛がする。保健室の先生にきっかけを問われたとき、思いついたのが「クラスのみんなの賑やかな会話」「甲高い笑い声」だったという。それを聞いた先生は、「それって感覚過敏かもしれない」と話した。

感覚過敏とは感覚特性の1つで、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの感覚が過敏になり、日常生活に困難を抱える状態のこと。「ああ、私は感覚過敏なんだ」……そう自覚した加藤さんは、小さい頃から感じていた違和感、そして、身体にまとわりついていた目に見えない重さから解放されたという。「私が弱いわけではなかったんだ」と、安心できた。

加藤さんは、先ほどのAさんの息子の“聴覚過敏”について、こう解説している。

「感覚過敏のある人は、学校行事などいつもと違う状況では人一倍ストレスを感じ、疲れてしまうことがあります。運動会はさまざまな強い刺激に満ちており、感覚過敏の人にとってはつらい状況です。周囲の応援の声、スピーカーから流れる音楽やアナウンス、そしてとりわけ徒競走のピストルの破裂音は、聴覚を激しく刺激します」

運動会で実力を発揮できない「感覚鈍麻」

これら感覚過敏がある一方で、寒さや痛みを感じにくい「感覚鈍麻」という“生きづらさ”についても同様に知ってほしいと、加藤さんは話す。感覚鈍麻のある人は、痛みや寒さ、暑さ、空腹などを感じにくく、人や物との距離を把握するのが苦手。そのため、知らないうちに身体にアザができていたり、季節に合わない服装をしていたりすることがあるそうだ。

この感覚鈍麻がある場合、同じ運動会でも「耳ではピストル音をとらえているのにスタートが遅れてしまう」などの困り事がみられることも……。これは、私たちが身体の五感を通して絶え間なく受けている多くの刺激を整理・統合して計画を立てる脳の働き「感覚の統合」がうまくいっていない可能性が原因ではないかと考えられている。

つまり、子どもが運動会という“画一的な環境の中”で実力を発揮できない理由の1つに、「感覚過敏」「感覚鈍麻」といった“感覚特性”が関係しているかもしれない、というワケだ。

自分の子どもが「神経質すぎる」と悩む人へ

「感覚」は、目に見えず、他人と共有することができないため、特に学校のような集団生活の中では、とかく勘違いされやすい。また、みんなが同じものを見て触れて同じように感じていると勘違いされるのみならず、当たり前のように存在する音や光やにおいなどで苦痛を感じている人がいるとは、なかなか想像できないもの。

加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏も、「児童精神科医として、感覚過敏や鈍麻が日常生活に大きな影響を与えていることを見てきた」という。

黒川氏曰く、「これらは、感覚の入力や統合、感情や記憶、強調運動などが複雑に絡み合った結果です。しかし、多くの人にとってこれは生まれつきの『デフォルト設定』で、自覚されにくいもの。感覚過敏や鈍麻は、病気だけでなく『定型発達』の人びとにも見られます。つまり、これは『異常』ではなく、人間の多様性の一部です」。

もちろん、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、知的発達症(ID)、発達性協調運動症(DCD)、不安症、うつ病、PTSDといった、感覚過敏や鈍麻と親和性の高い医学的診断名もあるが、「これらの診断名がつくことは『異常である』というレッテルが貼られることではありません」と黒川氏は強く訴える。


くり返しとなるが、先述したとおり、感覚過敏や鈍麻は「定型発達」にもみられる特性であり、いわば「人間の多様性の一部」なのだ。

私たちは「普通の人とは違う感覚過敏という人がいるから助けよう」という視点から、「もともと人はそれぞれ違うから、どんな特性の人の参加も阻まないようにしよう」という視点へのシフトが必要だと、黒川氏はメッセージを贈る。

現在、感覚による困難さを正確にアセスメントし、改善するような治療や支援についての科学的な知見が、日々、積み重ねられているという。

もし、自分の子どもが「神経質すぎる」「怖がりで何もできない」「大したことでもないのにツラそう」「理由もわからず登校しぶりや不登校がある」……そんな悩みを持つ保護者はぜひ、これら「感覚過敏」「感覚鈍麻」といった“感覚特性”について、一度、掘り下げてみてはいかがだろうか。

(加藤 路瑛 : 「感覚過敏研究所」所長)
(黒川 駿哉 : 精神科医)
(国実 マヤコ : 書籍編集者、文筆家)