今年1月に介護福祉士の国家試験を受験し、高得点で一発合格したグエン・ティ・チャンさん(筆者撮影)

岩手県盛岡市のデイサービスに、類まれなる意欲と頭脳を持つ、ベトナム人介護スタッフがいる。グエン・ティ・チャンさん、24歳だ。2019年に介護系の外国人技能実習生として来日し、今年1月に国家資格である介護福祉士の試験を受験。高得点で一発合格した。

日本に来る前から介護福祉士の資格取得を目指していたというチャンさん。その熱意の裏にはどんな思いが隠されているのか? チャンさんの資格取得の道のりや外国人技能実習生の働く実態をリポートする。

日本人以上に仕事を覚えるのが早かった

「はい、お茶とお菓子をどうぞ!」

テキパキと動きながらも、にこやかに高齢者一人ひとりにコーヒーとマドレーヌを配る、ベトナム人女性のグエン・ティ・チャンさん。ここは岩手県盛岡市にある「デイサービス ふくろうの広場長橋台」(運営会社:峰の山)だ。

チャンさんは現在、24歳。2019年4月に外国人技能実習生として来日し、2カ月間の介護実習を経て、同施設で介護士として働いている。

入職した当初から現場にすぐになじみ、仕事を覚えるのも早かったというチャンさん。

「デイサービス ふくろうの広場長橋台」の管理者である佐藤朋子さんは、「全部で60名ほどいる利用者さんの名前を早々に覚えて、コミュニケーションをとっていました。これは日本人スタッフでもなかなかできることではありません」と目を細める。

勤務時間は朝8時15分〜17時15分まで。利用者の身体介助をはじめ、食事や入浴介助など介護士としての仕事をひと通り身に付けつつ、日本語を猛勉強。毎日、仕事から帰宅すると2時間は自習していたという。

利用者との会話の中で最も頭を悩ませたのは、東北地方独特のなまりだ。

「この辺りの地域では、背中のことを「へなか」、かかとのことを「あぐど」と言います。身体の部位も言い方が異なるので、最初はちょっと混乱しましたね。でも、理解できないときは『わからない』と正直に伝えて、教えてもらいながら少しずつ日本語が上達していきました」(チャンさん)


チャンさんの日本語学習ノート。「漢字は読み方や意味がいくつもあるので、日本語の中でも一番難しいです」とチャンさん(筆者撮影)

実際、筆者からの質問も即座に理解し、流暢な日本語で受け答えしていたことに感心した。

介護福祉士の国家試験に高得点で一発合格

入職して4年近く経った、2023年1月。チャンさんは大きなチャレンジを試みた。国家資格である、介護福祉士の資格試験に挑んだのだ。

多くの日本人が受験する中、難関をくぐり抜け、見事一発合格。120点満点中、103点という高得点を獲得し(正解率約86%)、周りの日本人スタッフを驚かせた。

介護福祉士の試験を受けるにはいくつかルートがあるが、「実務経験が3年以上あることと、実務者研修を修了していること」などが条件となっている。

介護系の外国人技能実習生らが、初めて来日したのは2018年であることから、彼らが介護福祉士の試験を受けられるようになったのは、実務経験を3年以上積んだ2022年からだ。昨年に続き、2回目の試験ということもあり、受験者数も合格者数自体もまだ少ない。


チャンさんが独学で使用している日本語のテキスト。日本語能力試験にはN1〜N5まで5つのレベルがあり、N1が最も難易度が高い(筆者撮影)

試験問題は、漢字にふりがなが付いているものの、すべて日本語で出題される。そのため、N2レベル(日常会話に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解できるレベル)の日本語能力が必要となる。

チャンさんは、すでに2021年7月にN2の日本語能力試験に合格し、長めの文章もスラスラ読めるほど日本語をマスター。続いて2023年1月の介護福祉士国家試験に照準を当て、自らテキストを取り寄せ、必死に学んだ。

「一番わかりにくかったのは、介護保険や年金などの社会保障制度のしくみについてです。すごく難しかったけど、途中でくじけることはありませんでした。日本に来る前から、『介護福祉士の資格を必ず取る!』と心に決めていたからです」(チャンさん)

こうしてチャンさんが並々ならぬ思いで資格取得を目指したのは、それによって日本での永住が可能になるからだ。

チャンさんは、3年間の技能実習を経て、「特定技能1号」として勤務していたが、その場合、在留期間は最長5年でそれ以降は本国に帰国しなければならない。

だが、介護福祉士の資格を取得することができれば在留期間が更新でき、日本で永続的に就労できるようになる。本国から家族を呼び寄せて、ともに日本で暮らすこともできるのだ。

「これは、日本で長く働きたいという外国人技能実習生にとっても、人材不足に悩む介護施設側にとっても、大きな意味があることです」と、チャンさんら技能実習生の来日をサポートした、国際情報ビジネス協同組合(盛岡市)の宍戸諭専務理事は付け加える。

憧れの日本で国際経験を積みたい

そもそもチャンさんがどのようなきっかけで来日したのか、経緯を振り返りたい。

ベトナムの首都・ハノイ近郊で、父母と兄の4人家族のもとで育ったというチャンさん。子どもの頃から『ドラえもん』などのアニメが好きで、日本に親しみをおぼえるようになった。

「いつか憧れの日本で働いて国際経験を積みたい」と希望を抱くようになり、高校卒業後に技能実習生に応募した。

「両親からは『あなたと離れるのはさみしい』と反対されましたが、どうしても海外に出て自分を成長させたかったんです。それに日本のほうが、お給料が高いことも確か。父母は地元の港で漁をしていますが、収入が不安定なので、仕送りして家計を助けたいという思いもありました」(チャンさん)


来日時は盛岡ではまだ肌寒い4月。「初めて雪を見たときはびっくりしたけど、この寒さにも慣れました」とチャンさん(一番右) (写真:国際情報ビジネス協同組合提供)

現地でチャンさんの面接を行い、日本への受け入れを支援したのは、先述した国際情報ビジネス協同組合だ。

同組合の宍戸理事は、外国人技能実習生を求人募集する介護施設の採用担当者らとともにベトナムに飛び、2018年4月に合同面接会を実施した。そこでチャンさんら10名の応募者の中から8名に内定を出した。

「採用のポイントは、やはり明るい人柄と日本で介護職として働きたいという高い意欲を持っていることです。この時点では日本語能力はまだ乏しいので、通訳を介しながら質問していきますが、その受け答えを通して信頼できる人物かどうかを見極めました」(宍戸理事)


同組合での2カ月間の介護実習風景。ここで介護の基本を学んだことで、施設入職後もスムーズに業務に入れた(チャンさん写真中央) (写真:国際情報ビジネス協同組合提供)

内定した技能実習生たちは現地で1年間、日本語を学び、2019年4月に来日。その後、同組合にて2カ月間の介護実習が行われ、6月からそれぞれ採用された介護施設での勤務がスタートした。

給料の半分はベトナムの家族に仕送り

現地での日本語学習費用は一部、実習生の自己負担になるものの、その他の日本語学習費用や日本までの渡航費用、介護実習費用については、受け入れる介護施設側の負担によってまかなわれる。

給与体系は施設ごとに異なり、チャンさんが所属する「デイサービス ふくろうの広場長橋台」では、技能実習生も日本人介護スタッフと同様の給与額が支払われるという。

住まいは、施設から徒歩10分以内の寮を完備。チャンさんとともに同施設に採用されたグエン・ゴック・バン・ズォンさん(23歳)も、整った生活環境の中で一人暮らしを満喫しているそうだ。

「休日は部屋のお掃除をしたり、地元のスーパーに買い物に行ったりしてゆっくり過ごします。日本は景色が美しいですし、地域のお祭りも盛んなので暮らしているだけで楽しいです。だからあまりお金を使うこともありません。お給料の半分はベトナムの家族に仕送りできています」(チャンさん)


チャンさんとともに同施設に入職したグエン・ゴック・バン・ズォンさん(写真左)。ベトナム人技能実習生同士、励まし合いながら切磋琢磨している(筆者撮影)

彼女たちを受け入れた管理者の佐藤さんは、こう話す。

「初めて外国の方と一緒に働くので、受け入れ前は職場になじめるのか、高齢の利用者さんたちにすんなり受け入れてもらえるのか、とても不安でした。でも、彼女たちと会ったときに、なんてかわいい子たちなんだろうとホッとして。

仕事も日本語学習もとても熱心で、この子たちは並大抵の覚悟で来ていないんだなと感じました。求人募集を出しても若い人たちが集まらない中、貴重な戦力になってもらっていることは間違いありません」

利用者たちからも、「めんこい、めんこい」とかわいがられ、「これはベトナム語でなんて言うの?」などとミニベトナム語講座も繰り広げられるほど、最初から打ち解けたという。

「一番うれしかったのは、職場の皆さんも利用者さんも優しく受け入れてくれたことです。ベトナムにいる家族はさみしがるかもしれませんが、私はできれば日本で長く働きたいです。デイサービス以外の介護の仕事もやってみたいですし、ほかの福祉関係の資格も取得して仕事の幅を広げたいです」

と、チャンさんは今後のキャリアアップへの意欲に満ちている。

職場を逃げ出す実習生も少なくない

外国人技能実習生というと、低賃金や長時間労働など劣悪な労働環境を強いられているイメージを持つ人も多いかもしれない。中にはそうしたケースがあることも事実であり、「職場を逃げ出す実習生も少なからずいる」と、宍戸理事は話す。

だからこそ、受け入れを支援する機関や職場となる施設側がしっかりとした研修体制や労働環境を整えること。そして、業務に慣れるまで丁寧にサポートしたり、キャリアアップへの道筋を示したりしていく必要がある。

同組合では、施設に入職した後、1年間は毎月実習生一人ひとりと面談を行い、職場環境や生活状況についてヒアリングを行っている。何か問題があれば、関係各所と相談しながら解決に導くという。

とはいえ、外国人として特別視しすぎるのも、本人たちがかえってなじめなくなると佐藤さん。

「彼女たちが親しみやすい人柄というのもありますが、一緒に働いていてまったく違和感がありません。外国人だからといって特別視することもなく、ともに働く仲間として自然と職場になじめていることも、彼女たちが長く働けている秘訣かもしれません」


「ベトナムの子たちがかわいくて仕方ない。できれば日本で結婚してずっと働いてくれるとうれしいんだけどなぁ」と、利用者の佐藤マサ子さん(筆者撮影)

介護業界の人材不足は、年々深刻化している。2021年に公表された厚生労働省の試算によれば、必要となる介護職員の人数は2025年度が約243万人、団塊ジュニア世代が65〜70歳になる2040年度は約280万人に及ぶと言われる。

厚生労働省の調査結果(2021年度)によると、全国の介護職員数が約214万人であることから、2040年までに約66万人増やす必要がある。

大量の人材不足を解消するための対策として、介護職員の処遇改善やICT・介護ロボット導入による業務効率化が叫ばれるが、その中でも要となるのが、外国人技能実習生をはじめとする外国人材の活用だ。

チャンさんたちのような優秀かつ意欲的な外国人材が、国家資格取得によって、長く活躍し続けてくれることは、日本の介護の未来を救うための大きな一手となりうるかもしれない。

(伯耆原 良子 : ライター、コラムニスト)