損保ジャパン、ビッグの不正認識も当局に虚偽報告
ビッグモーターと損保ジャパンは、「工場長による(水増し請求の)指示があった」という現場作業員の証言を「指示はなかった」という内容に変えて報告文書を作成していた。右写真は国交省で取材に応じるビッグモーターの和泉伸二社長(左)と石橋光国副社長(写真:記者撮影)
損害保険ジャパンの経営責任が問われようとしている。
中古車販売大手・ビッグモーター(東京都港区、和泉伸二社長)が事故車修理における保険金を不正に水増し請求していた問題で、損保ジャパンが現場で不正の指示があったことを認識していながら、「指示はなかった」と金融庁に虚偽報告していることがわかった。
同報告があったのは、2022年7月19日のことだ。
そもそも板金工場は保険業法の所管外のため、水増し請求といった不祥事を金融庁に報告する義務はない。あくまで損保ジャパンが金融庁に対して任意に報告した形になっている。
報告文書に書かれていた内容
その報告文書には、こう書いてある。
「今回、唯一のエビデンスとなりえたA氏も『指示はない』というヒアリングシートに署名をしており、署名時にはBM(編集部注:ビッグモーター)内調査員(=保険会社からの出向者)に対してこれ以上の調査協力を行わない趣旨のコメントを残しています」。
ビッグモーターによる保険金水増し請求問題について、2022年7月に損保ジャパンが金融庁に任意報告した文書
損保ジャパンとしてはその署名入りヒアリングシートを基にして、不正の指示は確認できなかったと総括。その上で、水増し請求の主な原因は修理作業者のスキル不足や事務連携上のミスであるとして、中止していた事故車の入庫誘導(ビッグモーターに事故車を紹介すること)を再開することを決め、その旨金融庁に報告していた。
ところが、大手損保の幹部によると、A氏の証言自体は「工場長の指示で日常的に過剰な自動車の修理を行ったうえで、保険会社に対して過剰な修理費を請求している」という趣旨のものだったという。
A氏の証言を取ったのは、損保ジャパンの出向者だ。この出向者は「指示があった」という証言について「板金部門の当時の部長や損保ジャパン側にも伝えている」(大手損保幹部)。
証言と真逆の内容になったのはなぜか
しかしながら、最終的にA氏に署名を求めたヒアリングシートの内容は「指示はなかった」という真逆の内容になっていたという。
内容を変えたのは、ビッグモーターの板金部長なのか、はたまたヒアリングをした出向者自身なのか、その真相はまだ藪の中だ。
それでも、A氏に対して証言と全く異なる内容の文書に「署名を求め、サインさせているのは事実だ」と大手損保の幹部は話す。
本当にA氏は自らの証言と異なる内容の文書に署名をしたのか、あるいは署名をもらった後に証言部分を書き換えたのではないか、などさまざまな疑念が湧くものの、複数の関係者の話を総合すると上記のような事実が浮かび上がってくる。
いずれにしても、ビッグモーターと損保ジャパンは組織的ともいえる不正の事実を認識しながら、その事実を隠したことの責任は免れようがない。
不正を過失として事実を捻じ曲げ、金融庁にも虚偽の報告をした上で、損保ジャパンは自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)の獲得増のために、入庫誘導の再開に向かっていったわけだ。
それほどまでに両社の良識を蝕んだのは、2019年4月に導入した板金部門の「完全査定レス」の仕組みが瓦解することへの恐れが強かったからだろう。損保ジャパンの損害査定人による修理見積りの査定を省略し、ほぼノーチェックで保険金が支払われるその仕組みは、ビッグモーターにとっても、損保ジャパンにとっても増収につながるものでまさにウィンウインだった。
それを自分たちの手で壊すという選択肢は、さまざまな組織的圧力の中で雲散霧消してしまった。
白川社長はどこまで把握していたのか
気がかりなのは、入庫誘導の再開に至る一連の経緯を損保ジャパンの白川儀一社長や、当時の営業担当役員はどこまで把握していたのか、ということだ。
今となってはすべての事情を認識しているはずだが、「昨夏当時は知らなかった」とシラを切り、“とかげの尻尾切り”をするのであれば、晩節を汚すどころでは済まないはずだ。
昨夏、東京都内で開かれたある会合で、東京海上日動火災保険の広瀬伸一社長と三井住友海上火災保険の舩曵真一郎社長、白川社長の3人は偶然顔を合わせ、会談している。この段階ですでに、ビッグモーターによる水増し請求の疑いは濃厚になっていた。
取引額上位3社のトップによる顔合わせとあって、話題は自然と水増し請求問題になり、一丸となって毅然と対応していくことを「3人で確認している」(大手損保役員)という。
ところが、その後、損保ジャパンの白川社長は手のひらを返し、入庫誘導の再開にゴーサインを出した。そのあまりに軽率な判断は非難されてしかるべきだろう。
現在、国土交通省や金融庁まで実態解明に動き出しているが、その行政処分を待つことなく、損保ジャパンには経営責任の明確化が突きつけられている。
(中村 正毅 : 東洋経済 記者)