集団主義の社会は汚職や賄賂、身内びいきが起きやすい傾向があります(写真: jessie/PIXTA)

私たち人類が過酷な環境を生き延び、さまざまな問題を解決し、世界中で繁栄することができたのは、「協力」という能力のおかげだ。

だが、人間のみならず、多くの生物が協力し合って生きている。そもそも多細胞生物は、個々の細胞が協力し合うことから誕生したものであり、生命の歴史は協力の歴史ともいえるのだ。

一方で、協力には詐欺や汚職、身内びいきなどの負の側面もある。それでは、私たちはどうすればより良い形で協力し合うことができるのだろうか?

今回、日本語版が6月に刊行された『「協力」の生命全史』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

「自分の友人を助けますか?」

こんな質問をしてみたい。


身内の犯罪容疑を晴らすために法廷で噓をつくことを、あなたは容認するだろうか? 能力の劣る友人ではなく最良の人材を雇用する道義的義務があるかどうかを問われたら、あなたは何と答えるか?

このような質問への回答は一筋縄ではいかず、万人が支持するものもない。

1つの領域での協力はしばしば、別の領域での協力を台無しにする。道徳的かどうかの判断は、私たちがこうした競合する利益のバランスの取り方をどのように考えるかによって異なる。

たとえば、「いつも友人を助けている」人物は他者に信頼されないことがあるが、同じような非難は「友人さえ助けない」人物にも向けられる可能性があるということだ。

ここからは、あなた自身が1つの輪のなかにいて、地球上のすべての他者もその輪のなかのどこかにいると考えてみよう。

近くに立っている人(家族や親友)はあなたが道徳的義務を最も大きく感じる人物であり、その人物に対して誰よりも気をつかう。これは意外ではない。協力や相互依存の関係は血縁者どうしや長く続く関係において強くなる。

私たちは社会的な輪のなかにいるこうした主要メンバーの幸福や成功により強く関与するから、私たちの向社会的な努力が彼らに向けられる傾向にあるのは納得できる。

しかし、この輪のなかには、少し離れたところにほかの人々も存在する。こうした遠い関係は家族や友人と同等には扱われないものの、彼らの命運も私たちに関係するのは確かであり、状況によってはある程度の支援や信頼を向けるべき対象だ。

人々の世界に対する見方で最大の違い(お互いに対する見解の不一致を最も大きくする要因)は、最も身近にいる最愛の人々との関係をほかの人との関係よりどのぐらい優先させるべきかを決める場面で生じる。

「おおまかな傾向」を知ることの大切さ

話をはっきりさせるために、ここでは一般的な話をする。

しかし、これは決して、私たちが政治的な傾向、あるいは出身地や居住地にもとづいて人々を「道徳的に狭量」と「道徳的に広量」に分類できると主張しているわけではないので、誤解しないでほしい。

たとえば、男性のほうが女性よりも平均身長が高いのはわかっていても、身長からその人物の性別を判断する賭けに全財産をつぎ込むことはしないだろう。

逆もまた同じで、ある人物が男性か女性かをわかっていても身長を正確に予測することはできない。

これから述べる傾向を解釈するときにも、同じように考えてほしい。それは大まかな傾向であり、特定の個人について何かを主張するときに用いてはならない。

とはいえ、そうした大まかな傾向は、私たちが暮らす社会の機能や構造、そして社会のなかで形成する関係の種類に実際に影響を及ぼしている。

人々が協力関係をもっと遠くの関係に広げるのではなく、小さい社会的な輪のなかにとどめるべきだと考える度合いは、政治的スペクトルに沿ってある程度変化する。

これがよく表れているのが、近年のアメリカ大統領による就任演説だ。

2009年、バラク・オバマは「アメリカはそれぞれの国、そして男性や女性、子ども一人一人の友人である」と宣言し、「貧しい国の人々」と協力して「飢えた体に栄養を与え、ハングリーな心を満たす」と約束した。

一方、ドナルド・トランプは2017年の就任演説で地球全体ではなく、国の利益だけを囲むはるかに小さな輪を描き、「海外に何兆ドルも」つぎ込んでいると嘆いて、「いまこの瞬間からアメリカ・ファースト(第一主義)になる」と約束した。

保守派とリベラル派の「道徳的配慮の輪」

大規模な行動実験でこうした傾向が確認されている。実験では、政治的に保守派であると自任する人は家族への愛情が強いが、人類全体への愛情は弱いことがわかった(政治的にリベラル派だと言う人は反対の傾向を示す)。

同じ研究では、保守派は戦争や紛争のない世界を実現することより、祖国を敵から守るほうが重要だと考えた。また、保守派は人類全体より、自分に最も近いコミュニティのほうに強い共感を示す傾向にもあった。

架空のリソースをさまざまなカテゴリー(家族と友人、全人類とヒト以外の動物)に配分するよう言われたとき、保守派はリベラル派よりリソースを配分する範囲が狭い傾向にあり、ヒト以外の動物に何らかのリソースを配分することが少なかった。

私が最近リー・デ・ウィット(ケンブリッジ大学の研究者)と共同で行なった研究で、新型コロナウイルス感染症の影響に対する人々の懸念も政治的スペクトルに沿って変化することがわかった。

自分自身と親友や家族に対する懸念はあらゆる政治的立場の人が抱いていたものの、社会のほかの人々に対する影響をより熱心に広く懸念していたのはリベラル派だった。

まとめると、これらの実験で、政治的な保守派のほうが道徳的配慮の輪が小さいことが明らかになった。つまり、共感や思いやり、懸念は遠くの関係よりも近くの関係に多く向けられるということだ。

こうした道徳的配慮の輪は、近くの関係を優先して協力すべきか、あるいはもっと平等にすべての人に協力すべきかと判断する範囲に影響し、はるかに規模が大きい国レベルで見てもそれぞれ異なる。

このように文化によって異なる傾向は、普遍主義と集団主義のスペクトルに沿った相違にもとづいて表現されることがある。

集団主義の社会(中国、日本、韓国といった東アジアの国々など)は家族集団を中心に築かれる傾向にある。

このような社会では、社会的な輪は比較的小さいが、そのなかのメンバーどうしのつながりはきわめて強く、一人一人が互いに依存しながら暮らしている。この小さな輪のなかでは互いを支援する強い道徳的義務があるが、その輪の外にまで支援を広げる必要はない。

このスペクトルの反対側には、普遍主義の社会(西ヨーロッパの多くの国やアメリカなど)があり、人々は遠い関係を多く含んだより大きな社会的ネットワークを築く傾向にあるものの、近い家族に対する道徳的義務の縛りはそれに応じて弱くなる。

人々はそれでも友人や家族を優先的に支援し、信頼するのだが、この大事な集団の成功を手助けする道徳的義務は集団主義の社会と同じではない。

普遍主義の社会における道徳的規範は公平な向社会性に重きを置いている。つまり、すべての人に同じルールを適用すべきとの考え方だ。

汚職や賄賂、身内びいきが起きやすいのは?

このような社会的な輪の大きさは、社会が機能する仕組みについて大規模な相違のいくつかを生んでいる可能性がある。

たとえば、集団主義の社会は汚職や賄賂、身内びいきが起きやすい傾向にある。これらはすべて、道徳的配慮の輪のなかの必要性を輪の外の必要性よりも優先していると解釈できる。

実力主義で人材を雇うのではなく、友人や家族を重役に任命する行為は、家族の結びつきが強い文化のほうがよく見られる。また、集団主義では、友人を助けるためであれば、法廷で虚偽の証言をするなどの違法行為が支持される傾向が強いとも予測される。

お気づきのとおり、集団主義(つまり、家族の絆が強いこと)は見知らぬ者への信頼が低くなることとも関連している。これはアンケートや実社会の行動を通じて測定できる。

それが特によく表れているのがイタリアの事例だ。

イタリアでは北部よりも南部のほうが家族の絆が強い。南部出身のイタリア人は組織や機関への信頼が北部の人より低く、世帯の財産を銀行貯蓄や株式投資に回さずに現金で所持する割合が高い。

お金を借りる場合、南部出身のイタリア人は銀行よりも友人や家族に借りることが多い。また、買い物は小切手やクレジットカードではなく、現金で行なうことも多い。

集団主義からは、見知らぬ者を助ける傾向が小さくなることも予測される。献血はイタリアの北部より南部のほうが少ない。

「ロストレター」の設定を用いた最近の実験(宛先の書かれた切手つきの手紙を路上に放置し、何通が投函されるかを調べる実験)では、手紙が投函されて実験者のもとに戻ってきた割合は南部より北部のほうが高かった。

この大まかな傾向をまとめると、家族の絆が強いことは最も近い社会集団内での協力と信頼を増進するが、集団の外に対しては協力と信頼を減らすということだ。

財布が持ち主の元に返却されるかどうか

この種の影響は複数の国々を対象とした大規模な研究でも観察されることがある。

2019年に実施された壮大な実験では、研究チームが世界の350以上の都市で1万7000個を超える財布を落とし、その財布(現金と氏名と住所が入っている)が一般の人々によって返却されるかどうかを予測する要素を探った。

お金の入った財布を一度も会ったことがない人(そしておそらく将来会うこともない人)に返却する行為は、見知らぬ者を進んで支援する気持ちを測るうえで、まずまず強固な指標だ。

この実験で主な発見の1つは、「普遍主義」の国のほうが、親族の絆が強い国と比べて財布の返却率が高かったことだ。

(翻訳:藤原多伽夫)

(ニコラ・ライハニ : 進化生物学者)