こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「若者の○○離れ」は、もはや言われ過ぎてちょっとしたギャグみたいになっていますよね。「若者のお酒離れ」「若者のクルマ離れ」「若者の恋愛離れ」「若者の旅行離れ」……。なかには「若者のリンゴ離れ」「若者の若者離れ」なんていう文言も見かけました(笑)。

 

今の若者は仙人か、と思ったりもしますが(笑)、たいていの場合「だから今の若者はダメなんだ」という含みがあるのがこの「○○離れ」構文の嫌味なところ。よくリサーチをせずにイメージで言っているだけのケースも多いのではないでしょうか。

 

10代の読書を分析してわかったこと

 

さて、今回紹介する新書は『「若者の読書離れ」というウソ 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか』(飯田一史・著/平凡社新書)。著者の飯田 一史さんはライター。マーケティング的視点と批評的観点から、ウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材、調査、執筆を行っています。著書に『いま、子どもの本が売れる理由』『ウェブ小説の衝撃』(以上、筑摩書房)、『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』『ウェブ小説30年史』(以上、星海社新書)などがあります。

読書率がV字回復した理由とは?

まず第1章「10代の読書に関する調査」では、読書に関するさまざまなデータを分析していきます。すると浮かび上がってくるのは、意外な事実でした。

 

全国学校図書館協議会が毎年行っている「学校読書調査」の推移を見ると、1980年代から1990年代にかけて本離れが進み、1990年代末には平均読書冊数と不読率は過去最低レベルに……。しかしここで底打ちし、2010年代には小学生の平均読書冊数は過去最高を更新したというのです。つまり、若者はいったん読書離れしたあと、しばらくしてV字回復したことになります

 

その背景にあるのは、1990年代から官民連携した読書推進の動きが本格化したため、と飯田さん。小中高校で10分間程度読書する「朝の読書(朝読)」も浸透し、朝の読書推進協議会が発表した2020年の実施率は全国の小学校の80%、中学校の82%、高校の45%となっているそうです。

 

1章では、児童書の堅調ぶりと隆盛を誇ったライトノベルの不振……など現在の出版市場を解き明かす分析も読みどころ。Tiktokでの本紹介動画の影響力、いわゆる「Tiktok売れ」の真相を探る項も興味深いものがありました。

 

2章以降はこうした全体の傾向を踏まえて、10代に支持されている個別作品に迫っていきます。太宰治『人間失格』が根強く読まれる理由とは? 廣嶋玲子『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』の児童書としての異色性、20年を超えるロングセラー・時雨沢恵一『キノの旅』の特別な存在感……。これらの作品が満たす、10代が求める三大ニーズとは?

 

データや数字を的確にとらえる分析力と、作品の本質を掴む書評眼の双方が活かされている一冊。いわゆる“Z世代”を知る世代論としても、売れている本の理由がわかるビジネス本としても読み応えがある内容です。読書とは何か、物語とは何か、そんな深いテーマも隠れているように思います。

 

結局「若者の○○離れ」とは、その言葉を使う側が若者から離れているという証拠なんでしょうね。

 

【書籍紹介】

「若者の読書離れ」というウソ 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか

著:飯田 一史
発行:平凡社

この20年間で、小中学生の平均読書冊数はV字回復した。そんな中、なぜ「若者は本を読まない」という事実と異なる説が当たり前のように語られるのだろうか。各種データと10代が実際に読んでいる人気の本から、中高生が本に求める「三大ニーズ」とそれに応える「四つの型」を提示する。「TikTok売れ」の実情や、変わりゆくラノベの読者層、広がる短篇集の需要など、読書を通じZ世代のカルチャーにも迫る。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。