来年7月前半をメドにお目見えする新紙幣。今後の日銀の金融政策も株価に大きな影響を与えそうだ(写真:ブルームバーグ)

前回の記事「2023年の日経平均株価の高値は『今』かもしれない」(5月17日配信)の振り返りから始めたい。

日経平均株価が1年8カ月ぶりに終値で3万円を回復したのはまさに5月17日だったが、その後、株価は私の想定よりも大きく上昇した。6月16日には節目とされていた3万3000円も突破、終値で3万3706円まで駆け上がった。

前回の記事では日経平均が3万円前後では止まらず「6月中旬が高値になる可能性も残っている」としつつ、その条件として「政策金利据え置きを織りこむ形での米国株の堅調、それにつれての円安継続、日本株上昇」を挙げたが、結局はこのシナリオが実現した形だ。

日本株上昇の真の要因は何か?

上半期を振り返ると、年初からの上昇の起点となったのは、東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)1倍割れの改善に動いていることを投資家が認識したことだ。

東証が企業価値向上を主導するのは異例のことだが、これで改革に対する本気度が外国人投資家に伝わった。さらに4月に入って、アメリカの著名投資家のウォーレン・バフェット氏が日本株に追加投資方針を表明したことも効いた。だが、日本企業の企業価値向上への期待がいちばん大きいと言えそうだ。

外国人投資家の日本株現物売買は、12週連続の買い越し(3月27日〜6月16日)でストップしたものの、これほどまでの資金流入は、欧米の金融引き締め長期化で欧米の景気減速を懸念していることが背景にある。しかもアジア株へ資金移動を模索するなかで、中国は景気回復が鈍く、消去法でEPS(予想1株利益)の上昇余地があるとみられた日本株が選ばれたと考えている。

では、今後日本株はどこまで上昇するだろうか。TOPIX(東証株価指数)の1年先予想PER(株価収益率)は6月末現在で約14.4倍。過去10年のTOPIXの同PERの平均は、およそ15〜16倍付近が上限だった。ということは、株価は急騰してきたが、日本株にはまだ10%程度の上値余地があると言えそうだ。

実際、今回の急上昇に乗り遅れて買えなかった長期志向の投資家も多い。今後は国内、海外に限らず、まだ本格的に参入していない長期志向の投資家が買いを入れてくる。私はメインシナリオでは年内に日経平均株価は少なくとも3万5000円程度まで上昇、楽観シナリオでは3万7000円まで上昇する可能性があるとみている。

当面の日本株は上値が重くなるかもしれない

一方、急ピッチな上昇に対する警戒感からいったんスピード調整を経たというものの、アメリカの根強いインフレ圧力と金融引き締めを巡る不透明感、さらには年後半の同国の景気後退懸念や企業業績の悪化リスクなどは残っており、上値は重くなりそうだ。

今日本株を買っている外国人投資家が気にしているのは、株主総会で日本企業が企業価値向上についてどう説明したかという点だ。また、現在は7月下旬に本格化する企業の4〜6月期決算の結果なども冷静に判断するタイミングである、という点も重要だ。残念ながら現段階では一部の海外投資家が期待するほど株主総会で具体策に言及したとは言えない。また4〜6月期の決算が大幅増益となる可能性もそう高くはないだろう。

こうした点を考慮すると、7〜8月は失望した短期筋の利益確定売りが増えるとみている。ただし、株価が下がれば乗り遅れた投資家の買いが入る可能性が高く、日経平均が3万円を割り込むような局面は想定していない。いずれにしても、もし再び下落するなら、絶好の押し目買いのチャンスとなるかもしれない。

やはり、7月以降の一段の株価上昇、さらなる本格的な上昇相場入りには、デフレ脱却、実体を伴う企業変革の進展、さらには年度後半以降の景気・企業業績の見通し向上などが待たれる。

一方、今後を考えるうえでは、日銀の金融政策にも引き続き注目したい。日銀は6月15〜16日の金融政策決定会合で大規模な金融緩和策の現状維持(現行のYCC=イールドカーブコントロール政策の継続)を全員一致で決定した。植田和男総裁は記者会見で、日銀が目指す物価上昇率2%の安定的な達成について「なお時間がかかる」と述べた。

すでに日銀は4月の金融政策決定会合において、「賃金の上昇を伴う形で、2%の『物価安定の目標』を持続的・安定的に実現することを目指していく」との文言を加えている。そのため有力エコノミストは「年率3%の賃金上昇が慣性的に発生する状況が実現されたと判断されれば日銀は金融引き締め(≒政策金利の引き上げ)を開始する」と見ている。そして、「利上げ」の可能性が取り沙汰されるタイミングになって初めて、YCC撤廃が行われると考えることが基本となる。

サプライズYCC修正で下落なら押し目買いチャンス

もっとも、植田総裁は足元の物価の動きについて「下がり方が(想定していたよりも)やや遅い」と述べ、物価シナリオが揺れ始めていることを認めた。

またYCC修正に関しては、経済やインフレ、市場機能に関する評価を通じてのみ、YCCの政策変更タイミングをシグナルできると明らかにした。そのうえで決定は「(市場との丁寧な対話を心がけるものの)ある程度のサプライズはやむを得ない」と認めた。

そのため、今後の政策会合も、修正の可否は賃金上昇率を巡るデータに依存する「ライブ」となり、日銀は7月以降、いくつかの会合のうちにYCCをサプライズで調整する可能性がある。 その際、日本株は日米金利差縮小の思惑から円高ドル安となり、一時的に株安も予想される。だが、そこは良い押し目買いのチャンスを与えてくれるとみている。

植田総裁はこれまで「待つことのリスクは大きくない」と繰り返してきた。今回の会見では、金融政策が後手に回ってインフレが行き過ぎてしまうリスクは「ゼロではない」と述べた。ただ、政策修正を急いで物価目標を達成できなくなった場合のほうが「(政策)対応が難しい」と述べ、慎重に判断する姿勢を強調した。植田総裁は当面緩和継続の意向で、金融政策の修正はなさそうだ。現在の金融政策が近い将来に修正される可能性は今のところ限定的である。

日銀は賃上げが24年の春闘でも続くかを慎重に見極めたいという立場だが、賃上げの基調の強さを確認できれば、政策修正に早いタイミングで踏み切る可能性がある。ブルームバーグ調査でエコノミスト(47人)の6割強(64%)が年内の金融引き締めを予想している。早期引き締め論の根拠は、金融仲介機能の低下やイールドカーブの歪みなど、低金利政策の副作用などだ。

では、今後物色されるのはどのような銘柄になるのか。年初から4月末までは、本来の企業価値に比べてかなり割安な「大型のディープバリュー株」に買いを入れる戦略が目立ったが、これはかなり浸透してきた。

むしろ今後は単にPBR1倍割れの企業を探すよりも、1倍超になっても、さらにPBRを引き上げていける会社に注目が集まるだろう。どの業種というよりも「改革を進める覚悟を持つ企業」、つまり自己資本利益率(ROE)をより高める姿勢を打ち出す銘柄が買われていくとみている。

そのためには、企業の改革が一段と進むことが必須になる。日本株が長く低迷したのは、日本企業が時代の変化にあわせ、ときには本業を転換したり、不採算事業を切り離したりできなかったからだ。今後、どう企業を改革し、利益を伸ばすのか。投資家が知りたいのはそこだろう。PBR1倍を超えるのは企業として当然であり、そこからさらに自らの業績を伸ばす企業が市場で評価されていくステージに入りそうだ。

その観点からは優れたブランド力、技術力、商品・サービス開発力、マーケティング力などを背景に、業界で高いシェアを有し、競争優位性を生かして持続的な成長が可能な企業に注目が集まるとみている。

日本の投資家も真価が問われる局面に

改革が必要なのは日本企業だけではなく、日本の投資家も同じだ。残念ながら、いま株主として企業にさまざまな提言をしているのは海外アクティビスト(物言う株主)ばかりだ。

日本国内には、企業に積極的な提言を行うのが前提とするファンドがまだまだ少ないいっぽう、提言しなくても伸びそうな成長株に投資するアクティブファンドが多い。

このようなファンドに改革を任せるのはそもそも無理がある。またコストの安いパッシブファンドも、東証が作るインデックスなどを買うだけで、企業を積極的に選択しない。日本の投資家も、もっと株主として企業とやり合う必要がある。なんといっても、企業の価値向上には、日本企業をもっとも理解しているはずの国内の投資家が、日本企業の底上げのために本気で提言していくことが必要だ。

(本記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(糸島 孝俊 : 株式ストラテジスト)