北海道の全市町村、廃線を含む全鉄道路線を網羅した『北海道旅事典』。北海道好き、地図好き、旅好きにはたまらないつくりになっている(編集部撮影)

コロナ禍が始まって以降、今年は久しぶりに自由な夏休みがやってくる。そんななか、道路地図や旅のガイドブック「まっぷるマガジン」などを出版する昭文社から、『北海道旅事典』が発売された。

総ページ数480ページ、全17テーマにわたり北海道の全市町村を網羅したまさに“事典”だ。この事典が生まれた経緯とこの夏訪れたい北海道のオススメプランについて、同書の企画担当者であり、10年にわたり「まっぷるマガジン 北海道」の編集を担当する茂呂真理さんに聞いた。

「北海道旅事典」とはいったい?

日本の総面積のおよそ2割を占めるほどの広大な面積に、全国の地方自治体の約1割にあたる179市町村を有する北海道。コロナ前の2018年度の観光入込客数は5520万人、コロナ禍の2021年度でも3495万人と日本有数の観光地だ。

しかし、とにかく広い北海道を旅するには大都市を拠点に足を延ばすため、道内すべてを回り尽くした人は少ないだろう。宿泊のべ人数では、札幌市や石狩市を有する道央エリアが5割以上を占めているのが現状だ(北海道経済部観光局観光振興課「北海道観光入込客数調査報告書」/「北海道の現況2022」)。

旅行のガイドブック「まっぷるマガジン」を刊行する昭文社から登場した『北海道旅事典』は、北海道の全市町村、廃線を含む全鉄道路線を網羅。絶景、観光施設、近代遺産、ロケ地、体験、グルメ、温泉など、北海道をより深く楽しむための全17テーマで構成され、北海道好き、地図好き、旅好きにはたまらないつくりになっている。


(画像:『北海道旅事典』)

企画経緯について、同書を企画編集し『まっぷるマガジン 北海道』を10年にわたり担当してきた茂呂さんは、「ガイドブック『まっぷるマガジン』の売れ筋5大エリアは北海道、沖縄、京都、東京、大阪。その中で最もボリュームがあるのが北海道ですが、それでも毎回伝えたいものを載せきれていないもどかしさがあった」と言う。

「ガイドブックはどうしてもメジャーな観光地や旬の情報を中心にしたダイジェスト版になる。一方、『北海道旅事典』は、隅々まで紹介したいと思った。すべての市町村の名前、ヨミ、地名の由来、さらに地理的な場所や形などの基本情報も旅人目線では面白いので、そのあたりが調べやすい “事典”スタイルにした」(茂呂さん)


メジャーな観光地や旬の情報・テーマを中心にしたガイドブック(画像:『まっぷる 北海道』)

特徴的なのは、その作りだ。ガイドブックは最新情報や話題のスポットなど強弱を付けながら紹介しているが、『北海道旅事典』は、ページを開いた見開きの左側に情報、右ページには地図が規則正しく載っている。つまり情報の半分が、地図なのだ。


(画像:『北海道旅事典』)

スマートフォンの地図アプリは、もはや私たちの生活必需品だが、

「地図アプリはピンポイントで行き先がわかっている時にはとても便利。しかし、ワードがわからないと検索もできない。また土地勘がなく距離感もわからない土地では、地図はピンポイントではなく、“引いて”みないと自分の位置が掴めない。地図アプリの場合、引いてみると固有名詞の文字は画面上から消えてしまう。

そこで、本書は広域地図をベースに特定テーマの情報がひと目で一覧できるように、また知らないことにも出会えるように、あえて広域ベースでの見やすい地図を作ることに重点を置いた」(茂呂さん)


(画像:『北海道旅事典』)

「地図アプリと地図」の違い

茂呂さんによると、私たちがスマホでよく見ているのは5000分の1程度の縮尺で、建物形状がわかるレベルだが、駅から最寄りのスポットを見比べようというときには2〜3万分の1の縮尺に縮小していると言う。

さらに広い範囲を見ると細かな情報は消えてしまうが、市町村同士で見比べて旅の情報だけが見えるように今回の北海道旅事典は70万分の1程度の地図で一覧できるように工夫。

見たいテーマ、目的によって地図縮尺の最適解は違うため、旅事典の地図にはこだわりがある、とのこと。さすが、地図を扱う出版社だけあって説得力がある。

同社では、コロナ禍の2020年、地図情報をメインに日本にある鉄道の全線路と全駅を収録した『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』を刊行し大ヒットした。家で地図を眺めながら現地に思いを馳せる人も多かったようで、多くの鉄道ファンの“鉄道旅”欲を掻き立てたのだろう。

「『全国鉄道地図帳』は深掘りした愛好家向けの本で、『北海道旅事典』は基本的にその姉妹本のようなイメージ。昭文社の強みである地図をメインに据えた、これまでにないガイドブックを作ろうとした」(茂呂さん)と言う。

例えば、事典でありながら旅先での目的物を見つけやすくするために、まず北海道を道北、道央、道南、道東の4エリアに色分けし、さらに観光しやすいように11エリアに分解。そこから17テーマに分けてタグ付けするなど、「目的物を見つけやすく」する仕掛けが随所に施されている。

北海道の大きな楽しみの1つである飲食についても「グルメ」の項目だけでなく、「丼」「ラーメン」「銘菓」「名酒」と旅の“目的物”となり得るものを厳選かつ深掘りしている。


(画像:『北海道旅事典』)

さらに、巻末には北海道全域の食材について掘り下げた「北海道食材図鑑」も収録した。じゃがいもだけでも8種類も載っているが、「図鑑で見て、現地で食べた品種を地元のスーパーで見つけた時に『これは北海道旅行で食べたあのホクホクのじゃがいも』と、旅の思い出と、事典の知識が結びつく。旅の思い出が、記憶と知識として残ってほしい」(茂呂さん)との思いから。


(画像:『北海道旅事典』)

一部食材には、花の見頃の時期も掲載されている。これには茂呂さんの強い思いがあったようだ。

「夏の北海道旅行でぜひ見てもらいたいのは、やっぱり花なんです。北海道の広大な風景になびく有名なラベンダーやひまわりなどは畑で育てられている工芸作物の花畑で、ほかにも北海道の豊かな食材の花の景色も趣がある。

例えば幌加内町の7〜8月の真っ白なソバ畑、ニセコ町の6〜7月のじゃがいもの花の風景など、収穫される旬の時期と同様に、北海道では花の旬もぜひ楽しんでほしい」と言う。


北海道のソバの花畑(写真:よっちゃん必撮仕事人/PIXTA)

北海道旅行プランニングのコツ

では、北海道の旅行はどのように計画を立てるのがいいのか。茂呂さんにおすすめの旅先とコツを聞いた。


エゾカンゾウの花と利尻山(写真:のこのこのんた/PIXTA)

「おすすめの場所は道北の離島、利尻島と礼文島。とにかく花がきれいで、ぜひ夏に行ってほしいですね。ただ、北海道旅行のプランニングで重要なのは距離感です。例えば、観光名所である札幌〜函館〜知床を数日間で巡るのは無理です」

実際、同じ縮尺の北海道の地図を本州に合わせてみると、「函館―知床」はだいたい「和歌山―東京」、「札幌―知床」は「京都―東京」くらいの位置関係で、1回の旅行ですべてを巡るのは現実的でないことがわかる。

鉄道の廃線が続く中、広い北海道を効率よく回る移動手段として注目されているのは「“飛行機”で移動すること」だと言う。

昭文社ホールティング広報竹内渉さんによると、

「実際、札幌にある『札幌丘珠(おかだま)空港』の2022年の利用者数は13年ぶりに30万人を上回っており、道外からの発着便も増えています。市中心部からのアクセスやジェット機が就航できない点など課題もありますが、今後改善していく動きもあり、新千歳空港以外にも活用できる空港がある、と知っていただけると旅のプランも広がると思います」。

「丘珠空港からは道内の主要都市、離島を結ぶ航空便が出ています。札幌とセットで利尻島や礼文島に行くプランニングも可能です」(茂呂さん)


札幌丘珠空港(写真:bee/PIXTA)

札幌丘珠空港(通称・丘珠空港)は、もともと自衛隊専用飛行場だったが、1961年から民間機が乗り入れており、札幌の中心部から車で約20分とアクセスもよい。

北海道旅行をする上での注意点

さらに、夏の北海道旅行をする上での注意点がもう1つ。それは、北海道が万人にとって人気の旅先であることだ。

『北海道旅事典』は発売前から北海道内でも注文が殺到したが、「これは、北海道ならではの事情もある」と、竹内さん。

「北海道は外国人観光客にも人気の旅先。コロナ禍が明け、インバウンド客と日本人観光客が被ると混雑が予想され、すでにガイドブックなどに載っているメジャーな観光客が収まりきらない時もある。

また、コロナ禍ではマイクロツーリズムが推奨され、改めて道内の観光に目を向け始めた道民のみなさんが、札幌から足を延ばして観光するようになった。そうしたことから、情報がたくさんあるものが求められると予想している」(竹内さん)


今年の夏は、国内外、道内からの観光客で賑わいそうな予感がする北海道。

「行きたくなったら、とにかく早く計画することも大事。最近は宿泊費や航空運賃だけでなく、観光関係のさまざまな利用料、価格が変動するようになりつつあり、直前に予約すると思いのほか高額になってしまう傾向がある」(竹内さん)

久しぶりの自由度の高い夏休みは、情報をうまく活用しつつ、今までに行ったことのない北海道のエリアに足を延ばしてみてはいかがだろうか。

(吉田 理栄子 : ライター/エディター)