高タンパク質の食事が減量を促すのは理由があった(写真:Composter/PIXTA)

食べ過ぎによる体重増や肥満を気にしている人は少なくない。

一方で、ヒトが食べ過ぎてしまうのにはれっきとした理由がある。シドニー大学の世界的栄養学者2人が「人類の食欲の謎」に迫った『食欲人』から一部抜粋、再構成してお届けする。

第1回:「食欲の謎」を追った科学者が見つけた意外な真理(6月2日配信)
第2回:バッタの食欲を調べ尽くした科学者が達した答え(6月9日配信)
第3回:カロリーばかり気にする人が知らない栄養の全貌(6月16日配信)
第4回:食事の栄養バランスが心配な人に伝えたい極意(6月23日配信)

発表を妨げられるほど「間違い」を指摘した論文

国連食糧農業機関(FAO)の栄養素利用可能性(栄養摂取とまったく同じではないが、十分近い)に関するデータベースによれば、1961年から2000年にかけて、アメリカの平均的な食事組成は重要な変化を遂げ、タンパク質比率は14%から12.5%に低下した。

その分上昇したのはもちろん、脂肪と炭水化物だ。

アメリカ人は、このタンパク質比率の低下した食事でタンパク質の摂取ターゲットを達成するには、総摂取カロリーを14%増やすしかなかった。そしてその結果が、エネルギー(カロリー)余剰と、ひいては体重増加である。

誰も注意を払っていなかったが、ここ数十年間の動きをひとことでいえばそうなる。

私たちはスイス山小屋研究(人間を山小屋に缶詰にして行われた実験)の結果をまとめて2003年に発表し、それから第二版の草案を書き始めたが、それが発表されるまで2年もかかった。題して「肥満:タンパク質レバレッジ仮説」である。どちらの論文も、人間栄養学の分野に波紋とためらいをもって迎えられた。

スティーヴは2005年にケンブリッジ大学で講演を行った際、その後の夕食会の席で、この分野の重鎮に打ち明けられた。彼はタンパク質レバレッジ仮説の論文が発表にこぎ着ける前の審査段階で、審査を引き延ばしたというのだ。

なぜそんなことをしたのだろう? 彼はこう言った。あなたたちはおそらく正しいのだろうが、私のような人間栄養学の分野の研究者にとって、これほど明白に思われることを見落とし、しかも2人の昆虫学者に先を越されたことが、どんなにつらかったかをわかってほしいと。

ベルリンでの1年間を終えてオックスフォードの多忙な生活に戻った数カ月後、デイヴィッドはニュージーランドにポストを得た。またスティーヴは、キャリアの大半を海外で過ごしたオーストラリア人科学者を本国に呼び戻すために特別に設置された、オーストラリア研究評議会連邦フェローシップを得て、シドニー大学に着任した。このフェローシップは自由度が高く、新しく刺激的な研究プログラムを立ち上げることだけを求められた。

私たちがシドニーで最初に取り組んだプロジェクトの1つが、スイス山小屋研究の強化版である。

強化版は、もとの研究の2つの不確かな側面を制御することを目指していた。

第一に、もとの研究では実験食の嗜好性(おいしさ)の違いを考慮に入れていなかった。もしかすると、被験者は用意された高タンパク質食の味を嫌い、そのせいで高タンパク質食だけを与えられた際に、食が進まなかったのかもしれない。またもしかすると低タンパク質/高炭水化物・高脂肪食の被験者は、実験食の味をとても気に入り、体が欲する以上に食べてしまったのかもしれない。

いいかえれば、タンパク質の摂取量がつねに変わらなかったのは、まったくの偶然だった可能性がある。

第二に、自由選択段階と制約段階での食事の摂取量の違いは、提供された食品数の違いによるものだったのかもしれない。

自由選択段階では、制約段階の2倍の数の食品から選ぶことができた。多様性が被験者の摂食に影響をおよぼしていた可能性がある。

今回の実験では、すべてのメニューで同数の食品を提供しつつ、タンパク質比率の違いを何らかの方法で隠し、また食品のおいしさに差がないようにしたかった。

科学的探究の多くが、このような方法で進行する。重要な意味をもち得ることが観察されると、それが真実であり、それ以外の説明がないことを証明するために、新たな実験が設計されるのだ。

低タンパク質食で「摂取カロリー」が12%増

シドニーでのプロジェクトには、栄養科学者アリソン・ゴスビーの助けを借りた。

彼女は苦心しながらも巧みに28種類の食品を設計し、それらを組み合わせて朝食、昼食、夕食、軽食のメニューをつくった。

すべての食品につき、総エネルギー(カロリー)は同じでタンパク質比率が10%、15%、25%の3つのバージョンを用意した。また各食品の3つのバージョンは、実験の被験者でのテストにより、嗜好性が同等であることが確かめられた。

次にアリソンは22人の健康でやせ形の志願者を集め、4日ずつ3回に分けて、シドニー大学睡眠研究センターの宿泊施設に少人数のグループで缶詰にした。

アリソンは被験者を毎日1時間散歩に連れ出し、その間被験者がこっそり抜け出してスナックを買いに走ったりしないよう監視した。被験者は、全員が毎週同じメニューを食べ続けていると思っており、また実験の目的を知らされていなかった。

嗜好性、エネルギー密度、多様性、提供数のすべての点で、抜かりはなかった。もし被験者のタンパク質摂取量に違いが見られるとすれば、それはメニューのタンパク質比率の違いによる可能性がきわめて高かった。

はたして今回の被験者は、スイスの山小屋の学生と同じように行動し、低タンパク質食では食べる量を増やすだろうか?

実際、彼らはそのとおりの行動を取った。低タンパク質食を与えられた被験者は、その週の間、摂取カロリーを12%増やした。

12%という総摂取カロリーの増加は、世界的な肥満の蔓延を説明するのに十分である。

私たちは現代世界の食事の縮図をつくり、前の実験と同様、憂慮すべき結果を得た。

「しょっぱいスナック」が食べたい

興味深いことに、余剰カロリーのほとんどは、食事量の増加ではなく、間食から来ていた。

実験では甘い系としょっぱい系の両方のスナックを提供した。たぶんあなたは、余剰カロリーはすべてスイーツのせいだと思うだろう。

ところがそうではなかった。増加したカロリーのほぼすべてが、しょっぱい系の、旨みの感じられるスナックから摂取されていた。

旨みは食品がタンパク質を含んでいることを知らせるシグナルだ。低タンパク質/高炭水化物・高脂肪食の被験者は、味だけタンパク質に似せて高度に加工された食品を食べていたため、体がタンパク質を欲し続けていた。

その後私たちは、シドニーの実験を少し変えたものをジャマイカで行う機会を得た。当時デイヴィッドが拠点としていたオークランドでの研究仲間、サー・ピーター・グラックマンの紹介で出会った、西インド諸島大学のテレンス・フォレスター教授の計らいである。

2011年にデイヴィッドは博士課程学生クラウディア・マルティネス=コルデロと一緒にジャマイカの首都キングストンに向かい、テレンスと彼の博士課程学生クラウディア・キャンベルの実験準備を手伝った。

この実験は、ほとんどの点でシドニーでの実験と同じだったが、1つ違いがあった。バッタやゴキブリなどの実験で行ったように、人間の被験者が同じタンパク質の摂取ターゲットを達成したかどうかを調べ、達成した場合は、被験者が摂取した主要栄養素の比率を調べることにした。

みんな「タンパク質比率15%」の食事になる

63人の志願者は最初の3日間、タンパク質比率が10%、15%、25%のメニューから好きなものを自由に組み合わせて食べることができた。つまり組み合わせ次第で、タンパク質比率が10%から25%までの食事をすることができた。

それでも被験者全員が、多様な選択肢を組み合わせて、全体とすればタンパク質比率が15%に非常に近い食事を摂った。これは世界中のほとんどの人が摂取している比率に近い値である。


続いて、各被験者にタンパク質比率が10%、15%、または25%だけの食事を与えた。

第2ステップでは、シドニーでの実験と同じ結果が出た。今回も低タンパク質食を与えられた被験者は、全体的な摂取量と摂取エネルギーを増やし、5日間の実験期間中に体重増加の兆しさえ見せた。

私たちの動物研究は、人間に関するきわめて大きな問題、いや、最大の問題の1つ――人間が200万年におよぶ人類史に類を見ないほどの体脂肪を蓄積するようになった原因は何だろう?――を解き明かす可能性があるように思われた。

ヒトはタンパク質が欠乏し炭水化物が豊富なこの世界で、タンパク質のターゲットを達成するために、炭水化物と脂肪を過剰に摂取し、肥満のリスクを負っている。食事のタンパク質比率が高い場合、ヒトはタンパク質の過剰摂取を避けるために、炭水化物と脂肪の摂取を減らす。高タンパク質食が減量を促すのは、このためである。

(デイヴィッド・ローベンハイマー : シドニー大学生命環境科学部栄養生態学教授)
(スティーブン・J・シンプソン : シドニー大学生命環境科学部教授)