2023年7月1日の道路交通法の一部改正により特定小型原動機付自転車(特定原付)という車両区分が生まれる(写真:yosan / PIXTA)

16歳以上なら免許不要でヘルメット着用も努力義務。しかも、条件によっては歩道も走れる。そんな「電動キックボード等」の新しい乗り物が、ついに走り出す。

2023年7月1日に施行される「道路交通法の一部を改正する法律(令和4年法律第32号)」にともない、特定小型原動機付自転車(特定原付)という新しい車両区分の運用が始まる。


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特定原付は電動キックボードと同義ではなく、自転車に似た形(ペダル操作なし)や3輪での直立型なども含まれるのだが、すでに電動キックボードのシェアリングサービスが始まっていることなどもあり、特定原付に関する話題の中心は電動キックボードになる傾向が強い。

そうした中で、各種メディアやSNSでは電動キックボードに関して賛否両論がある。特にウェブメディアのコメント欄では、特定原付の導入に対して疑問視するコメントが目立つ印象だ。

そこで、本稿では電動キックボードに関する疑問や課題を整理してみたいと思う。最初に、一般的によく指摘される2つの疑問について考える。

疑問1:なぜ、電動キックボードの交通ルールは分かりにくいか?

電動キックボードといっても、2023年7月1日の改正道路交通法施行前から、さまざまな車両(乗り物)区分が並存している。それが、同法施行後「どのように変わるのかが分かりくい」という声が多い。

まず、2023年7月1日の改正道路交通法施行の前後で、変わらないことがある。

それは、電動キックボードには「公道で使用できないもの」と「公道で使用できるもの」の大きく2つの種類があるということだ。


筆者が個人所有する原付(1種)の電動キックボード(筆者関係者撮影)

「公道で使用できないもの」とは、ナンバープレートを持たず、また自賠責保険の加入義務を持たないものを指す。私有地において使用者の自己責任で使用するため、運転免許も不要だ。

一方で、「公道で使用できるもの」とは、原動機付自転車(原付)としての電動キックボードだ。使用する場合、原付として道路交通法に従い、運転免許の所持、ヘルメットの着用、ナンバープレート取得、そして自賠責保険の加入が義務となる。

ところが、全国各地で「公道で使用できないもの」を公道で使用しているケースが見られる。今後、警察による取締り強化が求められるところだ。

次に、2023年7月1日の改正道路交通法の施行後で「変わること」は、原動機付自転車(原付)が、大きく2つの種類に分かれることにある。

1つは、これまで通りの原動機付自転車(原付)。これを、警察庁では「一般原付」と呼ぶ。もう1つが、昨今話題となっている特定小型原動機自転車だ。こちらの略称を警察庁では「特定原付」とした。

特定原付をハードウェアとして見た場合、車体の大きさは、長さ190cm以下、幅60cm以下。車体の構造は、定格出力が0.6kW以下の電動機で、最高速度は時速20km以下等となっている。

ナンバープレート取得と自賠責保険の加入は「一般原付」と同じく「特定原付」でも義務であり、またヘルメット着用については自転車と同じく努力義務とした。16歳以上であれば、運転免許不要でヘルメット着用が努力義務ということになる。

つまり、「一般原付」(1種)と「特定原付」との違いは、最高速度が時速30kmに対して時速20kmと低くなることと、16歳以上であれば運転免許不要ということになる。

また、通行できる場所は、「一般原付」が車道のみなのに対して、「特定原付」は車道のほか、自転車道、普通自転車専用通行帯、そして走行可能な標識のある一方通行路など、「自転車」と同じようになる。

そのため、「運転免許を取得せず、交通ルールを学ぶ機会がない人が特定原付を使うこと」に対して違和感を持つ人もいるだろう。

実証実験とも異なるルール

電動キックボードに関する交通ルールについて「分かりにくい」と思う人が多いもう1つの理由は、電動キックボードを使った実証実験が2023年6月末まで行われていることだ。

運用事業者のLUUP(ループ)など、電動キックボードによるシェアリングサービスの一部で、産業競争力強化法に基づき、最高速度を時速15kmとするなどの措置を行うことで、ヘルメット着用を任意とした。


横浜市内で実証実験中のLUUP(筆者撮影)

また、この実証実験では、電動キックボードを「原付」ではなく「小型特殊自動車」という「クルマ」として位置付けている。そのため、使用するのは原付のみを使用できる運転免許ではなく、普通免許など「クルマが運転できる運転免許」が必要だ。

こうした「クルマ」であることによって、交差点では「小回りに右折」することが求められる。これは「原付」で行う「2段階右折」とは違う。

LUUPによると、2023年6月末の実証実験の終了に伴い、2023年7月1日以降は、それまで運用してきたシェアリングサービスの電動キックボードは原則すべてを「特定原付」に改めるという。

つまり、これまでLUUPを利用してきた人は、交差点で2段階右折するなど、乗車ルールが変わることに注意する必要がある。

そのため、LUUPを含むサービス各社や業界団体であるマイクロモビリティ推進協議会では、特定原付に関する広報活動や安全運転講習などを積極的に行うという。

次は、法改正が「時期尚早ではないか」という指摘だ。「なぜ、いきなり法律が決まったように感じるのか」というのが、2つ目の疑問である。

電動キックボードの新しいルールについての報道が増えたのは、2021年後半から2022年前半にかけて。2022年4月19日には、衆議院本会議で今回の改正道路交通法が可決・成立し、それから1年と少しで同法が施行されることに「特定原付ありきで、どんどん話が進んでしまった」ような印象を持つ人が少なくないだろう。

もとをただせば、電動キックボードが世界的に注目されるようなったのは、2017〜2018年に欧米でシェアリングエコノミーの観点から、電動キックボードシェアリングの事業化が一気に進んだことにある。


電動キックボードのシェアリング事業は欧米が筆頭となった(写真:forden / PIXTA)

これに対して、日本もシェアリングエコノミーなど新しい事業領域での経済発展を念頭に、2019年には生産性向上特別措置法(いわゆる規制のサンドボックス制度)による私有地内での電動キックボードシェアリング実証実験を始めた。それが、2020年の産業競争力強化法の改正によって、公道での実証実験に発展する。

これと並行して2021〜2022年には、警察庁では「多様な交通主体の交通ルール等の在り方に関する有識者検討会」や「パーソナルモビリティ安全利用官民協議会」により、電動キックボード等に対する道路交通法のあり方を話し合った。それに関連して、国土交通省が道路運送車両の保安基準に関する検討会を開くという経緯だ。

つまり、国は最終的に特定原付となる電動キックボード等の新しい乗り物の社会導入に対して、2019年の初期構想から4年ほどで社会実装したことになる。これまでの交通関連の過去事例の中では、かなり早いスピード感での法的対応をしたといえるだろう。

背景には、ベンチャー企業支援などの日本の産業競争力強化と、インバウンドへの対応などを見据えた、事実上の道路交通法の国際協調という側面があると思う。

特定原付にまつわる3つの課題

次に、課題について考えておこう。ここには、大きく3つ要素があると考えている。「モラル」「これまでにない法整備」、そして「本気の地域づくり」だ。

まず、モラルについて。これは、性善説に頼るのでは不十分であろう。すでにシェアリング実証実験や「公道で使用できない」電動キックボードでの、違法な利用や事故も報告されているからだ。

そのため、警察庁は特定原付の安全な利用を促進するための関係事業者ガイドラインを作成し、交通安全対策の強化を進めていく方針である。

同ガイドラインは、販売事業者、シェアリングサービス事業者、そしてデータ関連を含めたプラットフォーム提供事業者それぞれに対して、自主的かつ継続的にユーザーへの交通安全への対応の徹底と啓蒙活動を求めている。

また、特定原付では、道路運送車両として規定の装備を持つ場合、時速6kmの最高速度で一部の歩道を走行することが可能だ。これを、「特例特定原付」と呼ぶ。

この時速6kmとは、歩道走行を容認されている、いわゆる「歩行領域の乗り物」という解釈によるものだ。「歩行領域の乗り物」には、電動車いすや立ち乗り式ロボットなども含まれ、道路運送車両以外での「歩行者と同等の扱い」となる。

また、令和4年改正道路交通法(2023年4月1日施行)では、これらを「移動用小型車」と規定したほか、自動配送サービス用の遠隔操作型小型車を含めて、歩行者と同等に扱うとした。

電動車いすでは近年、これまでの医療機器というイメージを刷新するような、より幅広い高齢年齢層を念頭に置いたファッション性を重視する商品も登場しており、自動車新車販売店での取り扱いが増えるなど、需要が拡大し始めているところだ。


WHILLの電動車いす、「Model S」の商品発表会にて(筆者撮影)

こうした「歩行者と同等の扱い」となる乗り物、歩行者、自転車等、そして「特例特定原付」が一部の歩道で共存するためには、互いがモラルを重んじて歩道を通行することが求められるのは当然である。

「モノありき」で進んだために

2点目は「これまでにない法整備」についてだ。

特定原付は、道路交通法と道路運送車両の保安基準に係わる省令の改正によって誕生した。つまり、「モノありき」での議論が主体であり、「走行における社会実状」に対する議論が事実上、後付けになっている印象がある。

「走行する場所」については、現状での電動キックボードシェアリング事業での実績を鑑みると、需要が多いのは比較的交通量が多い都心になるだろう。


都市の道路を走る電動キックボード(’90 Bantam / PIXTA)

だが、都心部では自動車専用道などの整備が行われている場所が限定的であるなど、または歩道の拡張が物理的に難しい場合も少なくない。そうなると、道路法についても何らかの新しい考え方を取り入れることが考えられる。

また、都心部に限らず、観光地、地方部、中山間地域などでの利用については、公共交通として観点も必要となるはずだ。直近の通常国会では、地域公共交通活性化再生法が改正され、公共交通の「リ・デザイン(新しい姿への転換)」に対する議論が、全国各地で高まっている。

これまでも、いわゆるMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という施策を含めて、電動キックボードや歩行領域の乗りモノを使った、「ラストワンマイル・ファーストワンマイル」といった短距離の地域移動が議論されてきた。だが、多くのケースが「実証のための実証」にとどまっている印象がある。

特定原付には、さまざまな課題があることを十分承知したうえで、地域公共交通活性化再生法の有意義な活用を、地方自治体が議論することも考えられるはずだ。さらには、フランスにおけるモビリティ基本法など、新しいモビリティを総括的に考える新しい法律の制定も考えるべきかもしれない。だが、そこにも大きな課題がある。

フランスのパリ市といえば、電動キックボードシェアリングの先進的な導入都市として知られてきた。

ところが、2人乗り、飲酒運転、違法駐車など法令違反が後を絶たないため、2023年4月2日に「パリ市内での電動キックボードシェアリングの存続の有無」を問う住民投票を実施。その結果、反対多数で、2023年8月末でパリ市内での電動キックボードシェアリングは禁止されることが決定した。


パリの電動キックボード(Stsvirkun / PIXTA)

個人所有は継続するが、こうした禁止決定がグローバルで今後の電動キックボードのあり方に対する影響は計り知れない。なぜならば、欧州連合やフランスでは2000年代から、SRU(都市の連帯・再生法)やSUMP(持続可能な都市モビリティ計画)など、都市におけるモビリティに関する法律を定めてきたからだ。

また、パリ市は現在、全域でクルマ等の走行速度を時速30kmとする「ゾーン30」が実施されている。電動キックボードでは、歩行者が多い地域などで、GPSによる位置情報から最高速度を自動的に時速10kmに制御するシステムまで導入してきた。

こうした長年にわたるパリ市での取り組みがあっても、結果的に一部の電動キックボードシェアリング利用者の「モラルの欠如」によって、同サービスはパリ市内から姿を消すことになってしまったのだ。

また、パリ市のアンヌ・イダルゴ市長が2023年6月28日の記者会見で、同年9月以降にも利用可能な個人所有の電動キックボードについて説明。「歩行者が最優先」という観点で、罰則規定を厳格化した規則を同年7月6日から運用することを明らかにした。

日本においては、これからパリ市での教訓を十分に踏まえて、既存法の改正と新法の制定と利用者のモラルとのバランスを上手くとっていってもらいたい。

当事者意識を持って本気で取り組めるか?

最後の3点目は、「本気の地域づくり」である。特定原付などの新しい乗り物が、それぞれの地域でどうあるべきかを自治体、事業者、そして地域住民の1人ひとりが「当事者意識」を持って考えることが重要だ。

結果的に、都道府県や市町村による条例で、特定原付の利用について一定の制限を設けることや、それぞれの地域の社会実態に応じたガイドラインを作成することも考えられるだろう。

こうした「モラル」「これまでにない法整備」「本気の地域づくり」が三位一体になってこそ、特定原付の存在価値が高まるはずだ。

今後も、特定原付など、新しい乗り物の社会におけるあり方について、各地の現場取材を基にフォローアップしていきたい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)