いちごオフィスの臨時投資主総会には、個人投資家と思われる投資主が大勢参加した(記者撮影)

J-REIT(上場不動産投資信託)をめぐる投資ファンドによる投資主提案は不発に終わった。

6月23日、都内の貸会議室では緊張した空気が流れていた。投資ファンドのスターアジア・グループによる投資主提案で、いちごオフィスリート投資法人の臨時投資主総会が開催されたためだ。

結果は、いちご側の議案が可決された一方で、スターアジア側の議案はすべて否決された。いちご側の議案は少なくとも7割を超える賛成率だったのに対して、スターアジア側の議案の賛成率は最大で2割強と、差は歴然としていた。

寝耳に水の提案にいちご側は猛反発

まずは経緯を振り返ろう。事の発端は2023年3月17日、スターアジアの子会社であるバークレー・グローバルが投資主提案をしたことに始まる。スターアジア側は、いちごオフィスの投資主価値を向上させるため、運用報酬体系の改定と新たな執行役員・監査役員の選任を求めた。

寝耳に水の提案に対していちご側が猛反発。4月27日には、スポンサーであるいちごトラスト・ピーティーイー・リミテッド(以下、いちごトラスト)がスターアジアに対抗する形で投資主提案をした。

その後、いちごオフィスはいちごトラスト案に賛同。5月25日に、いちごトラストの提案を、いちごオフィスの議案として総会に付議するとともに、スターアジア側の提案に反対意見を表明した。

いちごオフィスは、割安な独立系リートだったがゆえに投資ファンドに狙われたとみられる。ある不動産投資ファンド幹部は「スポンサーである金融機関との取引に影響が出るおそれがあるため、銀行系のリートなどにはちょっかいをかけづらい」とこぼす。

スターアジア側は、投資口価格の上昇でリターンを稼ぐ目算だった。スターアジア・グループの杉原亨氏は、「いちごオフィスの投資口価格が8万円台前半なのは割安すぎると判断し、2022年頃から取得した。保有物件を考慮すると投資口価格は、定常的に10万円を超えなければおかしい」と話す。

実際、直近2022年のいちごオフィスのNAV倍率(Net Asset Value倍率、リートの純資産に対して投資口価格がどれくらい割安かを示す)は1倍を下回っている。投資口価格が上がっていない以上、増資などによる外部成長も難しい。「投資口価格が割安である原因を分析したところ、異常に高額な運用報酬が問題だとわかった」と、杉原氏は指摘する。

通常、リートは資産規模に連動する運用報酬体系を採用しており、一定の料率を総資産額に乗算したものが運用報酬額となる。一方、いちごオフィスは、2020年11月から「完全成果報酬」をうたった独自の運用報酬体系を採用している。

いちごオフィスは資産規模と連動した運用報酬体系がない代わりに、DPU(一口当たり分配金)とNOI(純収益)に料率を乗算した「収益・分配金成果報酬」のほか、不動産の譲渡益15%に相当する「譲渡成果報酬」が設定されている。不動産賃貸の純収益や物件売却に伴う譲渡益を伸ばすことで、いちご側も多くの報酬を得られるというわけだ。

当初、いちごオフィスは運用報酬体系を変更することで報酬額が4%ほど下がると説明していた。ところが、実際には運用報酬額が増えており、投資主価値向上と相反するとスターアジア側は反発した。

「いちごも痛いところを突かれた」

いちごオフィスを運用するいちご投資顧問の岩井裕志・代表取締役は「リートの成長にコミットすべく、完全成果型の報酬体系を導入して報酬の対価を明確にした。中長期的に報酬が大きく変わらない水準を考えたつもりだが、実際は想定よりもDPUが12%ほど上昇したことで報酬額も11%ほど上振れた」と説明する。


いちごオフィスの投資主に向けて、スターアジア側は議案への賛同を呼びかけた(記者撮影)

スターアジアによる批判を受け、いちごトラストは運用報酬の引き下げを提案した。この改定案では、運用報酬の料率が1割ほど低下している。「資産運用会社が成果を追求できることなどを確認できたため、料率を引き下げた。利益成長が続けば、料率の引き下げについては今後も継続的に検討したい」(いちご投資顧問の岩井氏)

スターアジア側の議案(運用報酬の料率の3割超の引き下げを要求)ほどではないものの、いちご側も報酬引き下げに応じた形だ。リートに詳しいアナリストからは「スターアジアは大義名分のある提案をした。いちごも痛いところを突かれたと感じ、運用報酬の料率の引き下げに転じたのだろう」という声もあがる。

一方で、いちご側が譲歩しなかったのが「被合併時成果報酬」と「被買収時成果報酬」だ。スターアジア側は「実質的な買収防衛策として機能しうる報酬体系だ」(杉原氏)と主張し廃止を求めたが、いちご側は一部規約を変更しつつも堅持。あわせて、新たな役員の選任についても、いちご側で独自に候補者を選び、杉原氏らの役員選任を要求するスターアジアとは真っ向から対立した。

2019年にスターアジアは、さくら総合リート投資法人に投資主提案し、その後、傘下のスターアジア不動産投資法人と合併させている。「役員を送り込まれたら、さくら総合リートのように、いちごオフィスもスターアジア傘下のリートと合併させられるのではないか」と、いちご幹部は懸念を示す。

一方で、スターアジアの杉原氏は、「スターアジア不動産の直近の投資口価格は鈍く、いちごオフィスの合併先としてベストではない。もし合併を要求するならば、運用会社の変更などを提案している」と話した。

いちごオフィスを存続させるため、いちご側は投資口取得を水面下で進めた。2023年2月下旬以降、いちごトラストは少しずついちごオフィスの投資口を取得し、5月末時点では保有比率が3割を超えた。


スターアジア側が求めた規約変更をするには特別決議が必要であり、そのためには議決権の3分の2以上の賛成が求められる。いちご側が3分の1超の議決権を保有している以上、この時点でスターアジア側の提案が通る可能性は低かった。

議決権行使助言機関の意見表明もスターアジア側にとって逆風となった。ISSとグラスルイスはともに、「被合併時成果報酬」と「被買収時成果報酬」の廃止、ならびに、杉原氏の役員への選任に反対を示した。

第2ラウンドが始まるのか

とはいえ、臨時投資主総会では、複数の投資主からいちご側に対して厳しい意見が出た。ある投資主は「DPUが増えると運用報酬が二次関数的に増えてしまう。またDPUが減ったとしても、増資でNOIを増やせば運用報酬も拡大するのはおかしい」と報酬体系を問題視した。また別の投資主は「いちご側からは運用報酬が減ると説明されたのに実態は異なった。説明責任を果たせていない」と不満を述べた。

総会を終えて今後はどうなるのか。いちごトラストによる取得の影響もあり、いちごオフィスリートの投資口価格は2023年2月頃から上昇し、6月26日の終値は8万8400円だった。投資口を売却することでスターアジア側は一定程度の利益を確保できる。

一方で、「もともと、いちごオフィスはスポンサーが議決権を多く保有しており、機関投資家の保有比率も高い。なのに今回、狙われた。用意周到に提案してきたので、ほかに何か考えがあるのではないかという怖さがある」と、いちご投資顧問の岩井氏は語る。

このまま投資口を売却して手仕舞いか、はたまた新たな提案で第2ラウンドが始まるのか。スターアジアの次の一手に、いちごオフィスのステークホルダーは気もそぞろだ。

(佃 陸生 : 東洋経済 記者)