6月26日のオンライン会見で、「業界再編の主導的役割を担っていきたい」と宣言したJSRのエリック・ジョンソン社長(編集部撮影)

「日本の半導体材料セクターにおける業界再編の主導的な役割を担っていきたい」「材料業界では(再編への)抵抗が強かった。政府系ファンドと組むことで、パートナーの参加に弾みをつけることができる」

半導体材料であるフォトレジストの大手・JSRが株式非公開化の道を選んだ。同社は6月26日に会見を開催。その場でエリック・ジョンソン社長が非公開化の説明とともに行ったのは、「業界再編」の宣言だった。

社長の発言にある「政府系ファンド」の産業革新投資機構(JIC)が主体となり、東証プライム市場に上場するJSR株をTOB(株式公開買い付け)する。予定では今年の12月下旬までに開始する。TOB後にJSRは上場廃止となるが、企業価値を向上させた5〜7年後の再上場を見すえる。

最先端半導体の製造を目指す「ラピダス」に政府が巨額の助成を行うなど、半導体産業の支援は国策となっている。政府系ファンドがJSRをTOBして買収すると聞けば、「国有化」という言葉を連想するが、様相は少し異なるようだ。

再編候補になるのはどこか

2022年11月にJSR側からJICに話を持ちかけたことが、非公開化選択のきっかけになったという。JSR単独で業界再編を進めるのは不可能だと判断し、政府の資金や“威光”を利用して自社主導の業界再編に乗り出す決断をしたというわけだ。政府からすると「渡りに船」と映ったことだろう。

では、どのような再編を想定しているのか。ジョンソン社長は、「基本的に日本の半導体材料業界が対象」と述べた。国内企業は「能力は優れているが、プレーヤーの数が多く、各社が重複した投資をしている」ため、再編のメリットがあるとする。

会見ではそれ以上の具体的な言及はなかった。だが、ここではさらに一歩踏み込んで、どのような再編がありえるのか、大胆だが予測してみよう。

まず考えられるのは「水平統合」のケースだ。つまり、JSRが強みを持つフォトレジストの同業との統合である。

フォトレジストとは、半導体の製造で重要な「露光」という工程で欠かせない液状の化学薬剤だ。半導体チップの土台となる円盤状のシリコンウェハーの表面にフォトレジストを塗布し、その上から光を照射することで回路を描いていく。

露光の方法は、半導体の高性能化(回路線幅の微細化)に伴い変わっていく。フォトレジストもそれに合わせて対応していく必要があるため、各社の技術力が試される。半導体材料の中でも、付加価値を比較的つけやすい分野だ。

世界のフォトレジスト市場では、JSRは27%のシェアを持つトップメーカー。JSRを含めた日本メーカー5社でシェア9割を握っている。


再編相手の候補として最初に挙げられるのは、シェア2位の東京応化工業だろう。3位の信越化学工業などほかのメーカーと違い、東京応化の事業構造はシンプルで、ほぼフォトレジスト専業といえるからだ。

しかし、JSRと東京応化を合わせると、フォトレジストの世界シェアは6割に近づく。独占禁止法など競争法上の問題があり、統合がスムーズに進むかはわからない。

レゾナックや「垂直統合」はどうか?

次に考えられる再編相手は、露光ではないほかの半導体製造工程における材料メーカーだ。1つの材料だけを手がけるメーカーに比べて、複数の製造工程にまたがって材料を手がけるメーカーのほうが、収益性は高い傾向にある。

たとえば、昭和電工が日立化成を買収して発足したレゾナック・ホールディングス。半導体関連で世界シェアトップ級の材料を複数手がけている。同社は開示していないが、「半導体材料の中でも稼ぎ頭の製品では、利益率20〜30%の水準を確保しているのではないか」(同社関係者)。

対するJSRの半導体材料を含むセグメントの利益率は16%。両社が手を組めば世界シェア首位級の材料のラインナップが広がるうえ、収益性の向上も見込める。

だがレゾナックの郄橋秀仁社長は、「うちの買収は難しいだろう。半導体材料以外の事業もついてきちゃうから」と、以前から周囲に自嘲気味に語っているという。確かに、レゾナックは市況によって収益が大きく変動する石油化学事業の売上高構成比が約4割を占める。

このことはJSRにとってかなり都合が悪い。「保守的な社風の会社」(取引先関係者)という評判とは裏腹に、ジョンソン社長は事業の「選択と集中」に邁進。1957年に国策会社の「日本合成ゴム」として設立されて以来手がけてきた、合成ゴム(エラストマー)事業も売却した。

レゾナックの持つ石油化学事業を取り込んでしまえば、祖業を手放してまで進めてきた「選択と集中」戦略が逆戻りしてしまう。

再編は同業との「水平統合」とは異なる「垂直統合」のパターンもありえる。フォトレジストの原料メーカーを取り込み、川上のメーカーと一緒になることで、製造の効率化・コストダウンを狙える。

「ターゲットになりえるのは、大阪有機化学工業や東洋合成工業。ほかにも、ダイトーケミックスや日本カーバイド工業も対象になるだろう」。半導体材料業界に詳しい、いちよし経済研究所の大澤充周・主任研究員はそのようにみる。


各社ともフォトレジストの材料を手がけており、売上高は160億〜440億円と、4000億円を超えるJSRより小規模。JSRの非公開化が公表されてから、これらの企業の株価が上がっていることを踏まえると、株式市場は早くも再編ターゲットになることを見越しているとも言えそうだ。

これまでの「国有化」とは違う

今回発表されたJSR株のTOB価格は1株あたり4350円。TOB発表前のJSR株の終値に35%のプレミアムが上乗せされることになる。非公開化にかかる総額はおよそ9000億円。TOBを実際に行うのは、JICが出資しみずほ銀行が融資する新会社だ。

これまで政府系ファンドによる買収は、経営不振企業の「救済」という色合いが濃かった。政府系金融機関による支援もしかり。しかも政府絡みの業界再編はうまくいかない。エレクトロニクス業界では、エルピーダメモリやJOLEDなどが経営破綻し、ジャパンディスプレイは苦戦が続く。

同じ轍を踏むことにならないのか。この疑問にジョンソン社長は、「経営危機に直面し救済を求めて打ち出した施策ではない。さらなる機会を求めてのことだ」と、これまでとの違いを強調する。

確かにJSRの自己資本比率は50%で財務基盤は強固。足元の業績も堅調で、半導体材料は中長期的な拡大が見込まれる成長市場だ。日本の材料メーカーの競争力は圧倒的で、国別の世界シェアは48%。2位の台湾16%を突き放している今こそ、仕掛けるタイミングだといえる。

自ら「国策会社」という元の鞘に収まった格好になったJSR。政府系という錦の御旗を掲げた再編に賛同者は現れるのか。いずれにせよ半導体業界の台風の目にJSRがなることは間違いない。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)