ラーメン業界には欠かせない、豚の“背脂”の価格高騰が止まらないとニュースを賑わせています。いったい何が起こっているのでしょうか(写真:barman/PIXTA)

「昔は捨てる部位だったはずの背脂が、このままでは高級品になってしまうかもしれません……」

そう嘆くのは、豊島区巣鴨で背脂ラーメンのお店「麺浪漫」を営む店主・井上さんだ。

豚の“背脂”の価格高騰が止まらないと最近ニュースを賑わせている。ラーメン業界には欠かせない背脂だが、いったい何が起こっているのか。

価格高騰の理由は「人手不足」「輸入豚の供給量減少」など

スープにうまみや深いコクを与える背脂。かつては捨てる部位だったが、現在は供給が不足し、価格は高騰、店舗同士での奪い合いになっている現状があるという。

実際、データでも背脂の高騰はうかがえる。JA全農ミートフーズ株式会社が公表しているデータによると、豚脂の価格は、令和3年4月は80円/kg程度だったが、同年の12月には110円/kgとなり、令和4年7月には190円/kgを記録(その後は175円/kg程度で推移)。また、こだわっている店では、さらに高くなる。


80円/kg程度だったのが……(出所:JA全農ミートフーズ株式会社)


短期間で190円/kg程度まで上昇。平均値でこれなのだから、質のいい豚脂の高騰はよりすさまじいと想像できる(出所:JA全農ミートフーズ株式会社)

「麺浪漫」のように背脂を大量に使うお店にとっては死活問題だが、背景にどんな理由があるのか。


背脂ラーメンのお店「麺浪漫」を営む店主・井上さん(筆者撮影)

「いちばんの原因は人手不足と聞いています。コロナ禍で働き手が減って、背脂をさばく人がいなくなったんです。

もちろん背脂の値段だけが上がっているわけではなく、肉全体が上がっている状態ですが、肉以上に上がり幅は大きく、うちは背脂を大量に使うのでかなり厳しい状況です」(井上さん)

新潟のご当地ラーメン「燕三条背脂ラーメン」の人気店「らーめん 潤」は、1店舗当たり1日で背脂を20〜30kgほど使っている。チェーン全体では200kg以上使うとのことだが、背脂の高騰をどう受け止めているのか。店主の松本潤一さんは次のように語る。

「コロナウイルス感染症やロシア・ウクライナ間の戦争、原油価格の高騰などで、輸入豚の供給量が減少していると考えています。それらの要因により、外国産から国内産へと原料がシフトされ、それによって背脂の価格が高騰していると思われます。以前の価格には戻るとは予想しにくく、ほかの材料においても価格は高騰しており、われわれの企業努力の範疇を超えていると感じています」(松本さん)


背脂が浮かぶ、「らーめん 潤」のラーメン(筆者撮影)

寒い新潟で、スープが冷めないようにふたをするかのように大量に背脂を入れるのが特徴のラーメン。背脂が命のラーメンで、当然量を減らすわけにはいかない。

「現状が続けば、その結果として、商品の値上げも検討せざるをえないと考えています。創業以来30年間、このような状況は初めてのことで、今後の行方を大変危惧しています。肉業者さんは長年の付き合いから、今はうちをかなり優先してくれています。われわれのラーメンは背脂がなければ作れません。どんなに値段が上がろうがこれだけは仕入れ続けようと思っています」(松本さん)

苦心し、工夫するラーメン店

松本さんは上記のように企業努力を語ったが、ほかの店でも、できる限りの工夫が行われているようだ。

たとえば冒頭で紹介した「麺浪漫」では、どんぶりの上から背脂を振りかける背脂チャッチャ系にはせず、背脂をスープと先に合わせる製法を採用し、ロスを出さないように工夫している。

「背脂を上からザルで振りかけると周りに飛び散ってしまってどうしてもロスが出てしまいますが、背脂をどんぶりに先に入れることでロスは出なくなります。背脂の量を減らすわけにはいきません。少しでも無駄のないようにしないと」(井上さん)


「麺浪漫」のラーメン。個人店ということもあり、大手チェーン以上に背脂の高騰に打撃を受けているようだ(筆者撮影)

背脂には等級があり、A脂(背脂のみ)、B脂(腹脂など周りの脂もついてくる)、C脂と3種類がある。「麺浪漫」ではA脂を仕入れるようにしているそうだが「処理の問題で時折周りに肉片などがついていることがあり、それも捨てずにうまく使うようにしています。少しでも背脂をたっぷり入れられるように、できることからやっていきたいですね」(井上さん)とのこと。涙ぐましい努力が行われているのだ。

ただ、それでも、大きな流れには抗いきれない面もある。

昔は捨てるのが当たり前で、大量に買うと感謝され、値引きもされる代物だった背脂だが、供給量が低下している現在では、むしろ「大量に注文すると迷惑がられる商品」になっている。代替品もないので、現状は価格高騰と戦い続けるしかない。

背脂ラーメンのブームは1980〜1990年代の「環七ラーメン戦争」にさかのぼる。東武東上線・ときわ台駅と中板橋駅の間ぐらいにあった「土佐っ子」が大ブレーク。背脂をどんぶりの上からザルでチャッチャと振りかけるその光景から“背脂チャッチャ系”と呼ばれ、大人気になった。

そのほかにも恵比寿「らーめん香月」、千駄ヶ谷「ホープ軒」、浅草「弁慶」など、背脂ラーメンの人気店が各地に広がっていった。

そして、東京都豊島区の巣鴨エリアをはじめとする白山通り沿いは背脂ラーメンの聖地だった。1990年代から背脂ラーメンの名店3店舗「白山通り背脂御三家」が隆盛を極め、白山通り沿いには長い行列ができた。

昨年7月をもって背脂ラーメンの名店は巣鴨エリアから姿を消したが、「巣鴨から背脂ラーメンの灯を消したくない」と、今回話を聞いた「麺浪漫」が今年4月にオープンした。昭和感あふれるノスタルジックなラーメンが注目を集めるのと同時に、背脂ラーメンもリバイバルブーム的に再び注目を集めてきている。

ラーメンの歴史の中で受容され、評価を変えていった背脂。そのような状況のなかで、新型コロナや円安、人手不足などが一気に発生したのだ。

昨年春には「鶏油」でも高騰が

ところで、昨年の春ごろには「鶏油」でも高騰が起きていた。これは文字どおり、鶏から抽出される油のことで、近年ラーメン業界を牽引する横浜家系ラーメン(通称、家系ラーメン)に欠かせないものだ。

このときも筆者は複数の店主たちに取材したが「鶏油を作る人がいなくなってきている」「職人の高齢化に加え、外国人労働者がコロナで帰国してしまい、続かなくなっている現状がある」といった声を聞いた。

つまり、「鶏油」のときとまったく同じことが「背脂」でも起こっているのだ。職人の高齢化や外国人労働者頼みの経営は、多くの業界に共通する話なだけに、問題の根深さを感じさせる。

「『背脂ラーメンは安い』というイメージを払拭しないといけないですね」(井上さん)

現状では企業努力によってカバーされている面もあるが、長い目で見れば、どうしても消費者に負担がいくだろう。店側としても、背脂ラーメンのお店はもともと安価であることもウリだっただけに、厳しい展開が予想される。


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)