劇場版『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』(C)2023劇場版『TOKYO MER』製作委員会

2022年の映画界は、年間興行収入が2131億円(歴代最高となる2611億円だった2019年の8割まで回復)、100億円超えが4本と大いに盛り上がった1年だった。それに続く今年上半期は、すでに100億円超えが3本。1〜5月の累計興収は前年比130%ほどとまれに見る好調な推移を示している。

その内容を見ると、従来通りのアニメ大ヒットに加えて、ドラマ映画など邦画実写の20億円台ヒットが続々と生まれて興行を底上げし、“アニメ頼み”からの脱却の兆しが見られる。その一方で洋画はまだまだ厳しさが続いている。

邦画アニメ人気の勢いが洋画アニメにも及ぶ

100億円超えの3本は、『THE FIRST SLAM DUNK』(150億円)『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(145億円)『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』(140億円)。邦画アニメが強いのは例年通りだが、洋画アニメで100億円を超えたのは2019年の『アナと雪の女王2』(133.7億円)『トイ・ストーリー4』(100.9億円)以来4年ぶりだ。

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『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は、日本人になじみ深い人気キャラクターをアメリカのアニメ制作会社・イルミネーションと任天堂が共同制作した洋画アニメであり、日本との親和性の高い作品だった。

日本の洋画興行を新著『アメリカ映画に明日はあるか』で考察する映画ジャーナリストの大高宏雄氏は「邦画アニメ人気の勢いが、数年前のディズニー(ピクサー)作品以外の洋画にも出てきたことには意味がある」と語る。

今年も上半期TOP5(6作品)にアニメが4本入ったが(️うち邦画アニメ3本)。邦画アニメのような大ヒットが、洋画アニメからも毎年のように生まれることが期待される。

近年、明るい話題の乏しかった邦画実写だが、今年は違う。そのトピックの1つは連ドラを映画化するドラマ映画の明暗だ。

明となるのが、最終興収45億円超えを狙える大ヒットになっている劇場版『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』と、25億円前後まで伸ばした『Dr.コトー診療所』。

『TOKYO MER』は、かつての『海猿』のような、ある意味ベタなエンターテインメント性の高い作品だが、ドキドキワクワク感があり、かつ安心感もある救出劇を幅広い層に向けて描いた点が、観客を引き付けたポイントとなっているだろう。上半期の邦洋あわせて実写No.1の大ヒットとなった。

『Dr.コトー』は、前作のテレビ放送から16年を経た映画化。ドラマ放送時も根強い人気があったが、その久々の新作ということが昔のドラマファンを動かし、ドラマ好きの若い層の関心も引いた。

作品タイプはまったく異なるこの2作に共通するのは、医療系の人間ドラマを軸にした感動ストーリーであること。医療的な側面と、それに重なり合う感動ドラマが、映画の題材としていまの時代の観客の心をくすぐるようだ。

一方、暗となったのは『映画 イチケイのカラス』『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』など。どちらもドラマとしてはファンも多くいた。しかし、その法廷劇や謎解きドラマは、映画館に足を運ばせるまでの動機づけにはならなかった。

「映画館に観に行きたい」と思わせられるかがカギ

近年のドラマ映画に関して言えば、以前のようにテレビ視聴者がそのまま映画館に観に行くこともなくなっている。毎年何本ものドラマ映画が公開されるが、興収10億〜20億円が一般的になっている。

そうしたなか、明となった2作は、その企画性や題材、ストーリーによっては、いまの時代でもドラマ映画が一般層を動かすことを示した。

いまさら言うまでもないが、問われているのは、テレビの延長ではなく、映画館に行って観たいと思わせる、時代に即した作品性を打ち出せるか。上半期ヒットからは、テレビ局映画が初心に戻って目指すべき方向性が見えてきたとも言えるだろう。

このほかにも邦画ヒットが多く生まれている。

人気原作を目黒蓮の主演で実写化した『わたしの幸せな結婚』が30億円手前、2021年に45億円のヒットとなった『東京リベンジャーズ』の続編2部作の前編『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編』、二宮和也が主演を務めた『ラーゲリより愛を込めて』、公開前から話題になった木村拓哉主演の『レジェンド&バタフライ』、庵野秀明監督によるシン・シリーズ最新作『シン・仮面ライダー』がそれぞれ25億円前後。

昨年20億円を超えた邦画実写は7本だったが、今年は上半期だけで同本数に迫る勢いを見せており、年間でどこまで増えるのか期待がかかる。邦画実写が全体の興収を底上げしそうだ。

怪物とWBC記録映画のヒット

そんななかで、さらに注目したいポイントが2つある。20億円超えが視野に入る『怪物』(是枝裕和監督と坂元裕二氏による脚本)と、17億円に迫るWBC記録映画『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』のスマッシュヒットだ。

第76回カンヌ国際映画祭での脚本賞受賞がメディアで大きく取り上げられた『怪物』は、“人気原作を固定ファンのいるキャストで実写映画化する”といった定番化したフォーマットの大規模作品とは異なる。

その内容は、いじめや暴力などの社会問題を題材にしたいまの時代を映すもの。観客を選ぶ作品であるため、興行が難しくもある作品だ。本来の作品性としては10億円前後が見込まれるところ。それを20億円超えまで伸ばそうとしているのは、是枝監督作品の力であり、カンヌ効果がそれを後押ししている。

大高氏は『怪物』のヒットを「上半期のなかで特筆すべきこと」と語る。

「興収上位がアニメとテレビ局映画ばかりのなかで、異例のヒットになっている。ヒットの形が定番化している興行のあり方にくさびを打ち込んだ。『万引き家族』に次いで、こういうヒットが生まれる素地があることを改めて示したのは大きい。誰もが真似できることではないが、大規模な予算のない多くの邦画実写作品のお手本になるのではないか」(大高氏)

もう1つはODS(映画以外の映像コンテンツ)のヒットだ。日本中を熱狂の渦に巻き込んだWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の余韻が人々の心に残るなか、追体験のニーズを汲み取った『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』は、ふだん映画館に行くことがない大谷翔平ファンや、ライトなスポーツファンの女性層の足を動かした。

またSnow Manが主演し、和に特化した舞台を映像化した『滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie』は興収未発表だが、40億円ほどになることが推測される。こうしたODSのヒットも、この上半期の特徴的な好事例と言えるだろう。

牽引作品が生まれない洋画実写

一方、洋画は先に述べた『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の破格の大ヒットがあったほかは、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が約43億円、『ワイルド・スピード ファイヤーブースト』が約40億円、『リトル・マーメイド』は30億円以上が見込まれるが、10億円台にとどまるハリウッド大作が多かった。


『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(C)2022 Nintendo and Universal Studios

今年のアカデミー賞受賞作品『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』も10億円ほど。アカデミー賞受賞作品は一般層にまでなかなか広がらない作品ジャンルであることが多い。日本におけるアカデミー賞効果はこれまでも限定的だったが、今回も同様だ。ただし10億円まで伸ばしたというのは、健闘したと言えるだろう。

また、今年の上半期作品ではないが、昨年10月公開の『RRR』はいまだ上映中。中毒性のある作品性にリピーターが続出するなか、応援上映(ペンライトを持ち込んだり、声援が可能な特別な上映会)や日本語吹替版と、手を替え品を替え異例のロングランを続け、20億円まで伸ばしている。

注目されていたディズニーの名作アニメ実写化『リトル・マーメイド』は、30億円以上が視野に入るが、大高氏は「大ヒットではあるが微妙な数字。観客にインプットされていたディズニーのイメージが変わりつつある」と分析する。

「コロナ前であれば50億円を超えている作品。以前のディズニー名作アニメの実写版はそれくらいのインパクトがあった。一方で、コロナ禍以降の中身の方向転換や(ディズニープラスでの)配信へのシフト強化を含めて、ディズニーブランドは過渡期を迎えている。新作が30億円あたりということは、観客はその変化をどこまで受け入れるのかを見極めている最中なのではないか」(大高氏)

この上半期も『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』以外に、明るい話題がほぼなかった洋画。とくに洋画実写はシーンを牽引する作品が出てこない。ここ数年続く日本における洋画の低落傾向に今年もまだ歯止めがかからないようだ。

では、上半期としては好調だった映画界だが、下半期を含めた年間ではどうなるか。そのカギは夏興行になりそうだ。

宮崎駿作品とミッション:インポッシブルへの期待

最大のポイントは、夏休みアニメの本命である宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(7月14日公開)。“最後の宮崎アニメ”になるかもしれないという注目度が高まるなか、予告編やテレビCMを含めて映像も作品情報も一切出さない徹底した情報管理のなか公開を迎える。

本作は、宮崎アニメの系譜を引き継ぐファミリー向け冒険活劇なのか。それとも、シリアスなメッセージ性の強い作品になるのか。前者であれば100億円超えも十分期待できる。冒険ファンタジーという情報もあるが、現状は興行がまったく読めない。今年の興行がかかっている作品と言えるだろう。

もう1つは、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(7月21日公開)。これまでのシリーズ作品の興収は40億円ほどだが、そこに昨年の『トップガン』のトム効果が作用して、大きく上回っていく可能性があり、70億〜80億円ほどが期待値としてある。

この2作が夏興行の行方を左右し、それが年間興収にもつながる。冒頭で述べたように1〜5月までの累計で前年比130%ほどであり、6月も大きくは下がっていないようだ。夏までに昨年並みをキープすれば、年間では前年超えが見えてくる。

そして夏以降は、好調な今年が2019年の歴代最高興収にどこまで迫るかに注目が移りそうだ。まずは夏の明るい話題への期待が高まる。

(記事中の興収はすべて6月26日時点の最終興収推定値)

(武井 保之 : ライター)