日立レールピストイア工場で出荷を待つ、テストの完了した車両たち(撮影:橋爪智之)

2015年11月、日立製作所がイタリアのハイテク関連企業フィンメカニカ傘下の鉄道車両製造部門アンサルドブレダと、鉄道信号関連ヨーロッパ最大手アンサルドSTSのフィンメカニカ保有分の株式すべてを買収したとのニュースは、世界の鉄道業界に大きなインパクトをもたらした。

鉄道車両メーカーの世界的再編が進むなか、アンサルドブレダはイタリアに唯一残った車両メーカーだったが、親会社のフィンメカニカは収益が悪化していた鉄道部門を切り離し、売却を決断した。それから7年以上が経過し、日立グループとなった旧アンサルドブレダの「日立レール」は、元来イタリアが持っていた高い技術力を残しつつ、日本の技術やマネジメント力などを融合したメーカーとして存在感を発揮している。

今の主力製品は、高速列車「フレッチャロッサ・ミッレ」と、電気とバッテリー、ディーゼルエンジンを組み合わせた“トライブリッド車両”の「マサッチョ」、それに日本側の日立製作所が設計に関与した2階建て近郊用車両「カラバッジョ」である。今回、日立レールピストイア工場でこれらの製造現場を取材した。

高速列車製造中の工場内

フレッチャロッサ・ミッレは、旧ボンバルディアの開発した「V300ゼフィロ」プラットフォームをベースに、旧アンサルドブレダが製造した車両だ。ボンバルディアがアルストムに吸収合併されたことで、これらのプラットフォーム技術などすべての関連資産を日立が取得したため、現在は完全な日立製品として製造されている。


出荷前の最終チェックを行う新造車両たち。左が「マサッチョ」、右が「フレッチャロッサ・ミッレ」(撮影:橋爪智之)

ETR1000という愛称(車両形式は3桁までしか対応していないため、公式の車両形式はそれぞれ異なる)でも知られるフレッチャロッサ・ミッレは、TSI(相互運用性の技術仕様)に完全準拠し、ヨーロッパの異なる4種類すべての電化区間を走行できるほか、欧州標準信号システムERTMS/ETCSレベル2を搭載しており、対応する各国へ乗り入れ可能な万能車両だ。

現在の営業最高速度は時速300km。設計最高時速は400kmで、試運転では2016年2月26日未明にイタリア国内最高記録となる時速393.8kmを達成している。

当初はイタリアの旅客列車運行会社・トレニタリアの国内列車向けとして8両編成50本が発注された。その後、増発や同社がフランス、スペインでの運行に参入するため、数度にわたって追加発注されている。現在は84本が営業中、もしくは営業へ向けた準備中となっており、工場内ではスペイン向けの車両がまさに製造中であった。


組み立てと塗装が完了したフレッチャロッサ・ミッレ(撮影:橋爪智之)


出荷前テスト中のフレッチャロッサ・ミッレ。トレニタリアがスペインで運行する「iryo」向けの車両だ(撮影:橋爪智之)

ヨーロッパ域内における鉄道市場の成長は著しく、各国でさらなる列車の増発が期待される。トレニタリアは、現在ドイツへの乗り入れに向けて準備を進めており、具体化した段階で追加発注されることは間違いないだろう。また、現在13両編成58本が運用中の前世代の高速列車ETR500型は、最初の編成が製造された1996年から25年以上が経過しており、いずれ置き換えの話が出てくるはずだ。

一方、船に車両を積んで航送しているイタリア本土とシチリア島を結ぶルート向けとして4両編成仕様の計画もあるが、こちらは技術的な課題を克服する必要がある点と、本土とシチリア島内間の需要など各種の課題がクリアになるまで凍結されている。

現在はフランスやスペインで運行している車両も含めてトレニタリアだけが顧客だが、汎用性、運用適合性の高い同車は、理論上はヨーロッパの電化区間であればどこでも運行が可能なため、今後は他国の鉄道会社での採用が期待される。

欧州初の「トライブリッド」車両

もう一方の主力車種である「マサッチョ」は、電気・バッテリー・ディーゼルエンジンを組み合わせた“トライブリッド車両”として開発された。日立が製造するイギリスの都市間特急用800系列(Class800)車両では、電気とディーゼルを組み合わせたハイブリッド車両がすでに実用化され、これにバッテリーを組み合わせたトライブリッド仕様の開発も進められているが、マサッチョは一足先にこれを実用化した。3モードの営業運転用車両は、ヨーロッパで初めての実用化となる。

すでに3両編成・4両編成計20本がトレニタリアへ納入され、イタリア各地で営業運行を開始している。オプション契約を含めると、最大135本の大型契約となる。車体デザインは2階建て車両の「カラバッジョ」に似ているが、連接式を採用した低床構造なのが異なる。


出荷前テスト中の「マサッチョ」。欧州初の「トライブリッド車両」だ(撮影:橋爪智之)

バッテリーを動力源とした車両はJR九州のBEC819系「DENCHA」を筆頭に、日本ではすでに実用化されている技術だが、現状ではバッテリーだけでの航続距離には限界があり、比較的短区間での運用に限定されている。

マサッチョはディーゼルエンジンを搭載することで、主な動力源をバッテリーとしつつ、電力が不足したところでディーゼルエンジンに切り替えるという方法でこれを解決した。

ヨーロッパは、現在も全体の約40%が非電化路線となっていて、イタリアだけでも4000kmの非電化路線が存在する。これらの路線では毎日、ディーゼルエンジンを動力源とする車両が多数運行されている。幹線では100kmを超える路線も多数あり、バッテリーだけでの運行は現時点では不可能だ。

マサッチョは、バッテリーだけでの航続距離はおよそ10〜15kmと比較的短いが、ディーゼルエンジンを組み合わせることで、この問題を解決した。将来的な目標としては航続距離100kmを目指し、バッテリー技術の開発を進めている。


構体の組み立てと塗装が完了し艤装を待つマサッチョ(撮影:橋爪智之)

バッテリーの電力は加速時のエンジン負荷を減らすためにも使用されるため、ディーゼル車両と比較して環境のみならず、優れた加速性能も実現させている。最高時速は160kmに達し、一般的なヨーロッパの幹線で、優等列車運行の邪魔になるようなこともない。

もちろん、エンジンを使用している間は無公害ではないが、バッテリーによってエンジン使用時間を大幅に短縮することが可能となる。バッテリーを効果的に用いることで、マサッチョは従来のディーゼル車両と比較して、燃料の消費量、二酸化炭素排出量ともに約50%の軽減を実現した。

イタリア以外で採用広がるか?

今回、工場内で実際に3モードを切り替えながら動かすデモンストレーションを体験した。架線からの給電モードと非電化区間の切り替えについては、運転席にあるタッチパネル式モニターの画面、もしくはボタンを操作するだけで、瞬時にパンタグラフが上下して切り替わる。非電化区間では、バッテリーモード、ディーゼルエンジンモードへの固定が可能だが、バッテリー走行中に電力が不足すれば、自動でディーゼルエンジンモードとなる。

マサッチョ・プラットフォームは、ヨーロッパ全土での運行に適合するよう設計されており、イタリア以外のヨーロッパ諸国での運行も可能だ。具体的な話はないというものの、将来的には非電化路線が多く残るドイツやフランス、中欧などへの販路拡大が期待される。


イタリア国内を駆け抜けるフレッチャロッサ・ミッレ。他国の鉄道会社での導入は進むか(撮影:橋爪智之)

買収から約7年を経て、イタリアでは高速列車から通勤・ローカル列車までさまざまな車種で大きな存在感を示すようになった日立レールの車両。今後の成長に向けては、他国の鉄道会社での導入が広がるかどうかが大きなカギとなるだろう。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)