つるかめ算を学ぶメリットについて解説します(写真:studio-sonic/PIXTA)

「中学入試の算数には、さまざまなものの見方、数学的発想が磨けるような良問が数多くある」と語るのが、東京大学、JAXA出身で数学オリンピック出場経験もある永野数学塾塾長の永野裕之氏です。新著『おとなのための「中学受験算数」 問題解決力を最速で身につける』を上梓した永野氏が、つるかめ算などの「特殊算」を学ぶ意味について解説します。

方程式を立てれば解けるから無駄?

中学入試の算数には、つるかめ算、過不足算、差集め算、仕事算、ニュートン算、時計算、通過算、流水算……などたくさんのいわゆる「特殊算」が登場します。

「特殊算? そんなもの知らなくても方程式を立てれば解けるのだから、わざわざ勉強する意味なんてあるの? 無駄に中学入試を難しくするためにあるんでしょ?」という意見を聞くことがあります。

確かに、特殊算の基本的な問題は、未知数をxとおいて方程式を立てればだいたい解けます。しかし、私は小学生が特殊算を学ぶ意味がないとは思いません。なぜなら特殊算にはさまざまなものの見方、数学的な発想がつまっているからです。

例えば、最も有名な特殊算である「つるかめ算」には、極端な例を考えてみるという思考実験、差を考えるという相対化の力などが求められています。また、同じ考え方を広く使うためには、共通の構造を見つけるという抽象化の力が必要ですし、別解としての図解を考える中で視覚化の力をも磨くことができるでしょう。

「つるかめ算」の原型は、5 〜 6世紀ごろの中国(南北朝時代)の数学書『孫子算経』にある次の問題です

●雉兎同籠(ちとどうろう)問題

キジとウサギが同じ籠(かご)の中に入っている。上に35の頭があり、下に94の脚があるとき、キジとウサギはそれぞれ何羽いるか?

最初は鶴と亀ではなく、キジとウサギだったのですね。この問題は日本に伝わり、江戸時代には縁起の良い鶴と亀に書き換えられました。

この「雉兎同籠問題」を解いてみましょう。連立方程式を知っている大人には難しい問題ではないと思いますが、「つるかめ算」の経験がなく、方程式も知らない子どもにとっては決して簡単な問題ではありません。

まずは「思考実験」をしてみる

解決の糸口を探すために、最初にやってみるのは「思考実験」です。キジとウサギの頭数を適当に決めていろいろと試してみます。

ただし、より効率の良い思考実験を目指すなら、最初に極端な例を考えてみるといいでしょう。上の問題では「もし35羽が全部キジだったら?」と考えてみるわけです(全部ウサギだったら、と考えてもできます)。

キジの脚の本数は2本なので、35羽がもし全部キジなら脚の本数は「2×35」で70本ですね。でも、問題に与えられている脚の合計は94本ですから24本足りません。

そこで1羽だけキジをウサギに換えてみます。つまりキジが34羽、ウサギが1羽と考えるわけです。このときの脚の本数は「2×34+4×1」という計算で求めてもいいのですが、キジが35羽だったときとの差を考えると、計算が楽になります。キジが1羽減ったことで脚の本数は2本減りますが、代わりに入れたウサギの分の4本は増えています。結局、脚の本数は「4−2」で都合2本増えたことになるので72本です。

さらにもう1羽キジをウサギに換えたときも、同じように脚の本数は2本増えますので、脚の合計は74本になるでしょう。

ここまでの思考実験から、キジをウサギと差し換える度に脚の本数は2本増えることがわかりました。

35羽全部がキジであると仮定したときの脚の本数(70本)は、本当の脚の本数(94本)に24本足りなかったので、「24÷2=12」という計算によって、キジを12羽ウサギと取り換えれば脚の本数は94本になることがわかります。

答え…キジ23羽、ウサギ12羽

さらに、こうしたつるかめ算の考え方は、「1つあたりの量が異なるものをいくつかずつ足し合わせたときの合計が与えられたとき、それぞれがいくつずつあるかを求める問題」ではつねに使えるという抽象化も大切です。式で書けば、つるかめ算が使える問題には

ア+イ=〜
ア×a+イ×b=〜

という構造が共通します。余計な情報をそぎ落として、この構造を見抜くことができれば、つるかめ算を通じて得られた知見を広く活かすことにつながります。

「つるかめ算」を長方形の面積で考える

また、つるかめ算は図解によって解くこともできます。

キジの頭数×2=キジの脚の数の合計

ウサギの頭数×4=ウサギの脚の数の合計

であることから、

横×縦=長方形の面積

を連想し、それぞれの脚の数の合計を長方形の面積で考えるのです。

以下の図でABの長さはキジの頭数、BEの長さはウサギの頭数を表すことにすると、左の長方形ABCDの面積はキジの脚の合計、右の長方形BEFGの面積はウサギの脚の合計を表すことになります。

キジとウサギの脚の合計が94本であることは、この2つの長方形の面積の合計が94であることを意味します。


(出所:『おとなのための「中学受験算数」 問題解決力を最速で身につける』)

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さて、ここでDCをCの側に延長して長方形DAEHをつくると、この長方形の面積が70になることから、右上の長方形CHFGの面積は24であることがわかります。ここでCGの長さはEFとADの差ですから「2」ですね。よって、CHの長さすなわちウサギの頭数は12羽とわかります。全部で35羽ですからキジは23羽と求まるわけです。

つるかめ算を長方形を使って図解する経験は、「速さ×時間=距離」とか「濃度×食塩水の重さ=食塩の重さ」とか「平均×個数=総数」のような掛け算で表される量(2次の量)はいつも、面積を使って図解できるという学びにつながります。

特殊算の「うまい工夫」の中に多くの気づきがある

古代ギリシャのピタゴラスは、いわゆる三平方の定理(直角三角形で、直角をはさむ2辺の長さをaとb、斜辺の長さをcとすると、a2+b2=c2が成立するという定理)を証明する際、面積を使いました。三平方の定理もまた2次の量についての式だからです。


つるかめ算は、特殊算の中でもとくに学ぶべきところが多いものではありますが、他の特殊算にも同じような「うまい工夫」があり、そこには方程式を使って機械的に解いてしまうことからは見えてこないさまざまな気づきがあります。

もちろん、どんな問題でも型通りに解けてしまう方程式の力は偉大です。未知なる問題を演えき的に解くための準備として包括的な方程式の解法を学んでおくことは非常に有意義です。

しかし、それを学ぶのは中学生になってからでよいと私は考えます。ものの見方のバリエーションを増やす経験として、また、問題解決のための数学的な発想を磨く機会として、頭の柔らかい小学生のうちに特殊算に取り組むことは決して無駄にはならないのです。

(永野 裕之 : 永野数学塾塾長)